第二話【ちょっと変わった日常の奥にあるもの】
「今日も学校か~めんどうだな~」
眠気眼を擦りながら発した何気ない呟きに陽介がすかさず反応した。
「でもよ、今日頑張れば明日は休みだろ?気合い入れていこうぜ!」
朝から全開の陽介に、蓮が呆れたように呟く。
「明日を糧に現実から目を逸らすより、今日をどう乗り切るかを考える方が建設的だ」
蓮の冷静な指摘に、陽介は不満そうに眉をしかめて肩をすくめる。
「俺はただ元気付けようとしただけ!空気読めって!なっ!」
「うるさい。思考が乱れる」
険悪になりかけた空気を、椿がぽつりと止める。
「仲良くが一番だよ」
その静かな一言に、二人はすぐに沈静化した。
普段ほとんど喋らない椿の言葉には、特別な重みがあった。これが、椿の強さだ。
「だよな!突っかかって悪かった蓮!」
「すまんな陽介。俺が冷静になれていないとは…まぁ寝不足の影響もあるが」
こんな3人が一緒にいてくれるだけで毎日がとても楽しい。
ああ俺はなんて幸せ者なんだろうか。
――ズキン。
心に差し込んだ、鈍く小さな痛み。
見ないふりをして、僕は意識を三人だけに向けた。
本当は“他の誰か”と笑い合いたかったのかもしれない。
でも、それを認めるのが怖かった。
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一限目の授業。
僕は窓際の席で、机に突っ伏していた。
教科書とノートは乱雑に散らばり、まるで頭の中をそのまま映したようだった。
「この問題、難しいな……蓮、手伝ってくれないか?」
周囲に聞こえないよう、小さな声で呼びかける。
「お前に解けない問題が俺に解けるわけがない。俺はお前だ」
そのあまりに正論な返答に、僕は言い返す気力もなく頷く。
すると蓮はちらりと隣の席を指差した。
「正解を導けそうな人間なら、そこにいるが」
僕はその言葉を無視して、モヤモヤとした心を教科書の文字で塗りつぶそうとした。
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昼休みの教室。
斜め前の席から、男子生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「昨日の《破滅の刃》観たか?ヤバすぎだろ!」
「あのラスト三分、マジ神作画だった。もう別アニメレベル」
「わかるって!でも言い過ぎ!」
そんな話題を横耳に聞きながら、僕は購買へ向かおうと立ち上がる。
その拍子に筆箱が机から落ち、文房具がカランと音を立てて散った。
その音に気づいた一人が僕に近づいてくる。
「それ、破滅のストラップじゃん!お前も観てんの?」
僕は文房具をかき集めながら、ぶっきらぼうに答えた。
「……家族にもらっただけ」
「あ、そっか。悪い、邪魔したな」
彼はそう言って戻っていった。
陽介が悔しそうに肩を叩く。
「話せばいいのによ!」
わかってる。話せたら、どれほど楽か。
でも、「何か変なことを言ってしまったら」「相手が困った顔をしたら」「誰かに聞かれたら」――そんな不安が喉を塞いで、言葉が出てこないんだ。
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その夜、夕食後の居間。
テレビの音がやけにうるさく響いていた。
父がふと口にした言葉が、胸に鋭く突き刺さる。
「またボソボソ喋って……気持ち悪いぞ」
思わず手が止まり、目線を床に落とした。
言い返すこともできず、ただ黙っていた。
「言い方は悪かったな。でも、お前のためを思って言ってるんだ」
昔から言われ続けていた。「もっと人と関わりなさい」「このままだと一人のままだぞ」と。
その一言一言が、胸に小さな針のように刺さってくる。
そんな風に生きたいわけじゃない。けど、どうすればいいのか分からない。
誰かと話すことが、こんなにも難しいなんて、誰が教えてくれた?
「俺らと話せてるんだからそれでいいだろ!気にすんな!」
「自分を客観視すれば、落ち着きも見えてくる」
「……負けないで」
三人は変わらず、僕のそばにいてくれた。
けれど、本当は分かっていた。
――それだけでは足りないってこと。
涙が込み上げそうになったそのとき、椿がそっと僕の手を握ってくれた気がした。
もちろん、そんな“気がした”だけだ。