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樹の種

 



 「おかえりなさい。公爵家に手紙を届けてくださいましたか?」


 地下室の扉を開けると、エレノアの声が明るく響く。彼女の銀髪が光に照らされて、ほのかに輝いていた。青い瞳がこちらを見つめ、期待と不安が混じった表情が浮かぶ。


「届けたわ。……でもエレノア、ごめんなさい。あなたのお父様を、教会で見た。なにか、誤解があるのかもしれない。それでも彼はあなたについて、……呪われた娘だと、だから、もういいって言っていたの」


 言葉を吐き出すと、胸が締め付けられるような苦しさが広がる。彼女の瞳が大きく見開かれ、唇がわなないた。


「そ、んな。……お父様が、私を見捨てるはずがありません!」


「そう思うの。……そう思えるような、お父様なの?」


「はい。お父様はこの国の外務大臣で、お母様は私が幼い頃に亡くなりました。でも不自由がないようにと、忙しい中でも一緒にいてくれて。お母様が亡くなった今、世界で一番大切なのは私だと言ってくださいます。私が12歳のころ、お父様は外交のため、アルドゥール王国に滞在することになりました。それでも私が寂しいといえば、国王陛下の反対を押し切ってでも、ともにアルドゥールに連れて行ってくださったんです。それくらい、大切にされていました」


「アルドゥールって、あのとんでもなく大きい国の?」


「ええ。……家族だから分かるんです。絶対にお父様は、私を見捨てるなんて……!」


 彼女はそう言って、服の裾を握りしめた。


「そう。……そうなの。ねえ、聞いてもいい? もちろん嫌なら答えなくていいけれど。『呪われた娘』って何?」


 私の言葉にエレノアはうつむき、銀髪が顔を隠すように落ちる。静寂が地下室を包み、遠くで梟の鳴き声だけが響いた。


「いいえ。嫌ではありません。あなたにもお伝えしなければ……。この国の子が五歳になると受ける、聖樹を握る洗礼。ミラ、あなたも受けましたか?」


「……ええ」


「私もです。貴族は魔力が強いほど良いとされますから、殿下の婚約者である私も強い魔力を期待されていました。お父様も、亡くなったお母様も、枝を強く光らせたと聞きます。でも、私が握った枝は光りませんでした。それどころか、枝から蔦が伸びて、私の手に絡みついて。指先に、植物の葉が、芽吹いたんです」


 驚いて咄嗟に手を払ったら、すぐにポロリと落ちて、痕も残りませんでしたが。間違いなく、私の手から若芽が生えました。


「ーーーーーーは?」


 ガタッと音がして、お土産に買っていた果物を、床に落としたと気が付いた。驚きで息が止まる、なんて初めての経験だった。

 そんな、この子が。どうして。


 ーーーこの世界にもう、魔法を自在に操れるものははいない。だが、その残滓を持つものは存在する。

 十数年、あるいは数十年に一度、洗礼の際に、枝を光らせるだけではなく、魔法を発現させる者が現れる。彼らは「樹のいとし子」などと呼ばれ、その者が聖樹に祈れば樹に種を与えられ、魔法を操れるようになる。

 いとし子は貴族に多いわけでもなく、孤児でも発現した例がある。枝が揺れる程度の風が吹く、髪の色が変わるなど発現させる魔法は様々だが、彼らは教会に保護され、国民の信仰のために利用される。「魔法はまだ存在する、聖樹は我々を見捨てていない」と、教会が寄付と信仰を集める道具になるのだ。

 だが、その対極にいる者もいる。いとし子ではなく、枝を握っても光るだけに終わる者が、いとし子が祈ったことで授けられた聖樹の種を飲み込んだとき。その者は身体中から枝が生え、魔法を使うどころか体は樹に変わる。聖樹の奇跡を奪った罪人として、木が生えることはこの国で最も重い罪とされる。


「不吉だからと、アルヴィン様との婚約を破棄する話も出ました。でも、アルヴィン様の婿入り先として公爵家以上に相応しい家はなく、私は種を飲み込んではいない、罪人ではないと教主様が仰ったことで、婚約は続けられました。……こんな形になるなら、あの時解消されていればよかったと、今は思います」


「……そう。言いづらいことを、話してくれてありがとう」


 自分の声に、かすかな震えが混じっていた気がした。

 指先は、冷え切っている。




 ∮




 エレノアと話すのは楽しいけれど、いつまでも地下室にいるわけにはいかない。彼女が眠りに落ちると、私は自室に戻り、冷たいベッドに潜り込む。そうして夜明け前に召使いの寮から出て、あてがわれた仕事をこなす。そんな日々。


「あぁ、おはようミラ。聞いた? アルドゥール王国の王太子が来るって。王太子はうちの第三王子と2つしか年が違わないから学園にも顔を出すけど、ものすっごい大きな国の偉い人だから、決して失礼がないように、だって。これから、死ぬほど忙しくなりそう。……嫌になっちゃう。とにかく、そんなわけであなたに振る仕事も増えるわ」


 教会に行った日から数日経って、寮の食堂で、隣の召使にそう言われて頷いた。拒否権なんて、もともとないのだけれど。

 ああでも、食堂に配属されればいい、とちらりと考える。厨房の片隅で残った果物でも拝借できれば、彼女は喜ぶだろう。庭の掃除を任されるなら、剪定された花とかでもいいかもしれない。そう考えながら、固いパンをかじった。






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