表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

その後の話

 




「せ、聖樹の暴走はアルドゥールが仕組んだことだ! そこにいる男が、ラインハルトがカミドニアを訪れ、その後すぐにこんなことが起こったのが、何よりの証拠だろう! なにをしているのだ、この国の誇りを、カミドニアは祝福された神の国であると忘れたのか?! 聖樹に守られて、だからこの国は今まで続くことができたのだろう、どうして……どうしてどいつもこいつも、そのような目でわしを見るのだ!」


 王城の広間で、カミドニアの国教の教主だった男が叫ぶ。全身包帯だらけの無様な姿は、聖樹の暴走で根に押しつぶされ、骨を折ったためだ。

 貴族たちの鋭い視線が教主を貫き、ざわめきが広がった。


「……バルドル卿よ、それをもう、誰も信じまい。アルドゥールは聖樹など使わずとも、簡単にこの国を滅ぼすことができる。なにより、聖樹は我々が守るべきであった、魔力を持つ人間を喰らう。それをもう、我々も国民も、知ってしまったのだから」


 玉座に座ったまま、この国の王は淡々と言葉を放つ。


「…………私が戴冠したとき、洗礼の儀の真実を知った。しかし、それによって聖樹は国を守っているのだと、絶対に必要な犠牲であると聞いて、私もまた、罪に手を染めることに決めた。樹は目に見えずとも、我々を保護してくれているのだと……。しかしまさか、聖樹がただの魔物であったとは。そうして我々はただ、罪のない命を奪い続けていたのだとは」


「ち、違う! 聖樹は確かに、我々を庇護していたのだ! 現に今もこの国があることが、聖樹が、そうして聖樹に尽くす我々がこの国を庇護していた、何よりの証明だろう?!」


「いいや。あれの正体は化け物だ。あれは我が国を、愛してなどおらぬ。……王都を飲み込んだ、あの樹。死人がでなかったのは、ただの幸運だった。あの悍ましさを、何もかもを飲み込む姿を、我々も民も忘れはしない。あれが国を守るものであると、誰が信じるものか」


 カミドニアに根を張った魔物はクロレディア公爵令嬢を食らおうとし、彼女は危機に陥って、かねてより親交のあったアルドゥール王太子、ラインハルト殿下を頼った。彼は炎の剣で樹を滅ぼし、彼女を救ってくださった。


「そなた達は樹を唆し、暴走させ、偽りの信仰を言い訳に、この国を転覆しようとしたのだ。心当たりがあるだろう?」


「ち、違う! どうしてそんなことを言うのだ、お前はずっと、わしの言いなりだっただろうが! 裏切りおって……!」


「………安心しろ。罪人であるのは私も変わらぬ。この国における魔法の価値を知っておきながら、何より優先して庇護すべき魔法を持った人間を、犠牲にしようとした。全て終わったその時、等しく裁きを受けよう。―――けれどまずは、そなたらだ。バルドル卿を、牢へ連れて行け」


「ふざけるな、こんなことをして許されると思っているのか、許さぬ、許さぬ!」


 でっぷりとした男は、叫びながら城の兵に連れていかれた。許さないのは我らだ、処刑しろ!と、貴族の声が飛ぶ。聖樹で領地が被害を受けた者、魔法を心から信じていた者にとって、教主は決して許せない存在なのだろう。教主も、教会で同じように悪事に手を染めていたものも、処刑はまぬがれない。


 ざわめきが収まり、国王はラインハルト様に目を向けた。


「アルドゥール王太子、ラインハルト様。魔物に糧を与え続け、その信仰によって滅びようとしていたこの国を救ってくれたこと、心よりお礼申し上げる。貴方がいなければ、我々は今も樹に囚われ、何もかもを奪われ続けていただろう」


 構わない、と彼は国王に応えた。


「催惑樹はカミドニアだけではなく、大陸を飲み込む可能性すらあった。世界の危機であるならば、剣を抜くのは、アルドゥールの王家の当然の務めだ。この国を愛する、エレノアの願いでもある。……けれどひとつ、この国のために託すものがある」


 視線一つで、臣下がラインハルト様にナイフを手渡す。美しい装飾の鞘に収められたそれを彼は手に取り、国王に視線を向ける。


「これは我が剣から分たれたもので、これを催惑樹の種に突き立てたことで、我々はあの魔物を滅ぼした。……この魔道具はこれから、必ずやこの国を守るだろう」


「ありがたく。……カミドニアは、貴方とアルドゥール王国への感謝を、決して忘れませぬ」


 国王は跪き、両手でナイフを受け取った。




 ∮




 この一件をどう貴族や国民に説明するか、教主はどうするか。騒動の後のあれそれは、ラインハルト様とエレノア、国王とかが話し合ったらしい。私は兄さまと国中を巡って、彼がかつて過ごしていた地下室を巡っては資料をまとめて持ち出したり、かつての時代の道具を魔力持ちなら使えるかなど試していたから、ラインハルト様とエレノアに催惑樹を滅ぼした功労者として名前をあげても良いかと聞かれて、絶対にやめてと首を振ったこと以外はよく知らない。


「本当にいいんですか? ミラがいたからこの国は救われて、なのに名前が残らないなんて……」


「お貴族様達に名前を知られるなんて、考えただけでお腹痛くなるもの。この国を救ったのはあなたとラインハルト様でしょう」


 そんなこと絶対にないです、ミラがいなければ私は死んでいたかもしれませんし、あなたの魔法がなければこの国は燃えていました、と彼女が言い募るのに笑みを浮かべる。私は正義も世界もどうでもよくて、あなた達を助けたかっただけ。カミドニアが救われたかどうかより、エレノアの未来の方が大事だ。


 不満げなエレノアと違って、君が望むなら無理強いはしないが、の言葉でこの話を終わらせて、ラインハルト様は剣の破片についての話を振る。


「君に渡したナイフのことだが、君が良ければ、あれをカミドニアに渡したいんだ。魔道具としては君以上に使える人間はいないだろうが、あれにはそれ以外の価値と、使い道がある。……根によってひび割れた道路など、これから樹による物的な被害は復興が進むだろうが、それ以上にこの国は荒れるだろう。生まれた時からある信仰の、柱を失ったのだから。拠り所なくして、人は生きられない。神と思い込んでいた樹を失った人々にとって、この国を救った魔道具があれば、それは支えになる。ナイフを与えることで、カミドニアとアルドゥールの繋がりにもなる」


「もちろんです。あなたとあなたの国の宝ですもの、もとより私に口が出す権利がないのは、充分承知していますが」


「そうか。……この国を覆った壁は燃え落ちて、アルドゥールとも連絡は取れた。ただ、今回の騒動は諸外国も注目しているところでもある。とっくの昔に失われていたはずの魔法が、一国を支配するような形で残っていたのだから、当然だがな。これから、忙しくなる」


 また積もる話をしよう、と彼は去っていった。樹によって失われた諸々の支援とか、王都の復興とか、臣下の人達ともども、本当に、あり得ないくらい忙しいらしい。


 それからは、時折王都に戻ってはエレノアとお茶をしつつ、この国についての話を聞く毎日だった。

 ―――国王はラインハルト様からの要求に、ほとんど頷いた。教主の罪を問い、自身も騒動が落ち着けば責任を取って、玉座を降りるらしい。


「長男と次男は、聖樹の真実を知りません。そうして私に似ない、正しい者たちです。私如きよりずっと、王に相応しい。―――アルドゥールとカミドニアは、かつてその国の力は等しかったと言います。魔法が失われるなか、新しいものに目を向け発展したアルドゥールと、過去に縋ったカミドニア。大きく差がついたのは当然のことだったのでしょう。この国も変わらなくてはいけない。そうしてそこに、私はいるべきではないのです。……クロレディア公爵令嬢。あなたに民のための国であれ、と言われた時、目が覚めるような心地でした。その言葉を頂けたことに、心からの感謝を。あなたのこれからが光多きことを、心より願っております」


 そう、深く頭を下げたそうだ。


 彼は玉座を下りるだけでは済まないだろうと、私にも分かる。

 魔法を信仰すると一言でいっても、聖樹を信じていたゆえに樹が失われて不満を持つもの、魔法そのものを信仰するゆえにいとし子を殺し続けた国に憤るもの、そもそも信仰などなく、催惑樹に家や領地が脅かされたもの。

 この国の人間の中でも様々な立場と考えがあり、樹の暴走と喪失はこれからこの国の、大きな禍根になるだろう。首を吊って終わりを迎える教会の人間と違い、真実を知っていながら隠し、生きている国王には今も不満の声が集まっているし、非難はこれからも続く。

 けれど彼は、死ぬまでこの国に出来ることを考えます、と話したそうだ。


 私を樹に差し出して、兄さまにあの六年を過ごさせたこの国の王に、何も思わないと言えば嘘になる。だが、あの樹がなくなって、誰かを憎む理由がなくなったのも事実だった。




 ∮




 それから、一月位。諸々は落ち着きはしないけれどひと段落ついて、ラインハルト様たちの帰国の日も決まった。

 十日ぶりにエレノアとお茶をしていたとき、ふいにこれからの話が出た。


「この国との話し合いも済んだのでしょう? なら、あなたもラインハルト様についていくのよね、エレノア」


「ええ。…………今回の件で、アルドゥールへの感謝の証として、関税や交易においてアルドゥールに有利ないくつかの協約が結ばれたほか、この国の地下にあった魔法に関わる資料の多くが、アルドゥールに渡されることに決まりました。そこでラインハルト様はミラのお兄さんに、共にアルドゥールに来ないか、誘ったらしいです。資料が有るなら読み解ける人も必要で、あれほど魔法に関する知識を持っている人は、他にいませんから。……ゼノンさんは、ミラがどうしたいかによると言っていました」


「……聞いてなかったわ」


 兄さまとは、毎日顔を合わせているのに。


「ふふ。二人はずいぶん仲良くなったみたいで、お互いそう言い出すことも、そう返事するだろうことも分かっていたんだと思います。そうして私に、今あなたに伝える役目を、譲ってもらえたんです。

 ねぇ、ミラ。………わたしがアルドゥールに行く時、一緒に来てくれませんか? あなたにもらった恩を、少しでも返したいんです」


 彼女は微笑んだ。かつてと同じ言葉。



「………私、貴方に、たくさんのことを隠していたわ」


「知っています。その秘密がどれだけあなたにとって大切だったかも」


「アルドゥールの王太子様の恋人で、お妃様になるんでしょう? 得体の知れない元孤児なんて連れていって、馬鹿にされたらどうするの」


「私だってラインハルト様に比べれば、ただの小国の貴族の小娘ですよ」


「……後悔しない?」


「絶対に」


 穏やかに、迷わず、彼女は言い切った。

 そう、と呟く。


「……………あのね、エレノア。いま、恩を返すって言ってくれたけど。お礼とか、そんなものは本当にいらないの。そんなことのために、ここにいるんじゃないの。ただ、あなたがアルドゥールで、ラインハルト様と共に生きて、幸せになって。そういうのを、近くで見られるのなら。ーーーそれは、とても素敵なことだと、思うわ」


 私の声は、震えていた。


「ええ。私も、あなたがいてくれたら、とても素敵だと思います」



 晴れやかに、美しい少女は笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ