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あと7日



エレノアが地下に入った為視点もミラに戻ります。





 




 彼の臣下と合流するために外に出たラインハルト様は、私が最低限、この部屋の埃を払い終わったころに戻ってきて、私たちに状況を説明してくれた。


「王都に広がった聖樹の根は、エレノアが地下室に入ってしばらくすると、動きを穏やかにしたらしい。王都の被害は甚大だが、樹は屋内まで侵入したり、人間を害する様子はない。怪我人は多いものの、今のところ死者はいないそうだ」


「そう、ですか。良かった……!」


 死者がいないという言葉に、胸を撫で下ろす。隣にいたエレノアも、ほっとしたように椅子に座り込み、安堵の声を漏らした。


「ただ……カミドニアの国境に配備した各地の兵から、異常事態を示す狼煙が上がっている。詳細は早馬で届くとのことだから、すぐに報告があるだろう」


「狼煙の方角は?……なるほど」


 掃いたもののまだまだ埃っぽい部屋で、ラインハルト様はカミドニアの地図を広げ、複数箇所に印を付けた。兄さまがその地図を覗き込む。


「……恐らく、聖樹がこの国を囲むように何かしらを起こしたのでしょう。国外へ出ようとすると異常が起きるか、あるいは幹や根がまるで塀のように立ちはだかっているか」


「そんなことがあり得るのか?」


「王都の光景をご覧になったでしょう。居場所が分からなくなっても、あれはクロレディア公爵令嬢を決して諦めない。まず国外に逃げられないようにするとは、あれにしてはなかなか頭が働くらしい」


 少し時間が経ち、早馬による報告が届いた。やはり、聖樹はこの国を囲むように木々を生やしていた。


「地面が盛り上がり、瞬く間に家屋よりも高い、まるで砦のようなものが現れました……! しかもその木々が蠢くせいで、乗り越えることすらできません!」


「そうか……。これで、アルドゥールからの追加の兵は望めなくなったな。カミドニア王家にも情報を共有する。俺が直接話そう」


 王城に行くがすぐに戻る、と彼は言った。冷静に指揮を執る姿に、凄い男だと思う。こんな異常な状況でも落ち着いて振る舞えるなんて、さすが大国の王太子、といったところだろうか。それとも、これくらい優秀でなければアルドゥール王太子として務まらないとか?失礼ながら、そんなことを思ってしまう。


 ラインハルト様は優秀で、エレノアをとても大切にしている。

 ――だからこそ、こんな事態になる前に、エレノアを連れてこの国を離れてほしかった。


「ミラ? どうかしましたか?」


「……なんでもないわ、エレノア」


 視線に気づいたのだろう。首を傾げるエレノアに、無理やり笑みを作った。



 兄さまが生きていて、とりあえずここを出よう、と手を引かれて。呆然としながら王都の外れで夜を明かした。ぽつぽつと今までの話をして、やっとこれが現実であると、彼が生きている、と理解した頃に、地響きと共に、地面から根が生えた。

 教会からだ、と誰かが叫んでいた。叩きつけるように宿屋に金を払って馬を借りて、今に至る。


 息を吐く。本当に、ふざけていると思う。

―――1日だ。たった1日である。彼女との再会がこんなに早いものになるとは、ほんの少しも思っていなかった。あの魔物、何もかもふざけた真似をしやがって。

 2度と会うことはないと思っていた。それでいいと考えていた。だから、急にいなくなるような真似をしたこの子と、何を話せばいいのか悩んでいる。兄さまに視線を向けると、ぽんと頭に手を置かれる。


 ラインハルト様が王都に向かう、その姿を見送った。大量の埃を部屋から出して、騎士の人が手当てのための道具をくれたから、エレノアに火傷など、怪我がないか確認する。いくつか雑談や起こったことについて話して、けれどごめんなさいとはまだ言い出せなくて。あとはこの部屋に見落とした催惑樹の資料がないか、探したりして。そうしているうちに外は夕暮れに染まり、ようやくラインハルト様が城から戻ってきた。


「戻った。……国王と話してきた。樹の暴走の原因と、国民の避難についてを主にな。うちの騎士を王都の人間の避難に使うほか、国の食糧庫を開放するそうだ。ただ、王都にある倉庫は蔦が這って扉が開かなくなったから、俺が焼き切ってきた。ある程度なら、あの蔦を斬っても聖樹は気が付かないらしい。……とはいえ途中で蔦も蠢くようになった。大暴れもできなさそうだ」


「それは随分と無茶を……」


 彼の炎でちょんっと触れただけで、催惑樹が大暴れする危険もあったのに。

 それからいくつかの話をした。主に、彼の剣とその炎について。

 ―――アルドゥ―ルの国宝である剣から出る炎は、炎自体が魔力を持ち催惑樹を燃やすことが出来るが、人が触れても熱く、火傷をする。そうして普通の草など燃えるものが周囲にあれば燃え広がりもするが、燃え広がった分の炎は、催惑樹を燃やす魔法の力を持たないらしい。


「教会で剣を振った時から、そんな気はしていた。……まあいい。一度剣を振って樹の全てを燃やし尽くせるならそれに越したことはないが、出来ないことを惜しんでもどうしようもない」


 催惑樹に有効であることには変わらないしな、と独り言ちながら、剣の柄をなぞる。そうして不意に、彼はこちらを見た。


「ミラ、少し話せないか?」




 ∮




 階段を上がり、小屋の中、板のささくれが目立つ壁にもたれかかりながら、私はラインハルト様と向き合った。


「この国の王に、聖樹の正体が魔物であることを伝えた。……顔を青ざめさせていたよ。国王は聖樹がいとし子を食らうこと知っていたが、それは樹がこの国を庇護するための必要な犠牲で、それによってこの国は守られていると思っていたらしい。そうしなければ国が亡ぶと。だが、樹への信仰よりもいま脅かされている民を救いたい、そのためなら兵を出すとのことだ」


「そうですか」


「ああ。……状況が悪いことは変わらないがな」


 ラインハルト様は一瞬、遠くを見るような目をした。


「……あれは俺に、興味も持たなかった。けれど教会にいた時、エレノアが居なければ、俺は樹に潰され、殺されていただろう」


「樹が手加減をした、ということですか? エレノアを潰さないように」


「ああ。あの時聖樹は建物の中で、いくらでも俺たちを押しつぶせた。だがあれは、自らの枝の繊細なコントロールができないのだろう。だから万が一にも彼女を潰さないよう、俺たちを見逃した。けれど、流石に俺が1人で中庭の樹を燃やそうとするなら、迷わず枝を振り下ろすだろうな。しかも、いつまでも枝の使い方が不得手であるとは限らない」


「聖樹がエレノアを手に入れるために、知恵を身につけるかもしれない……と?」


 声は思わず硬くなった。ラインハルト様は静かに頷く。


「時間をかけることで生やした蔦の扱いが上手くなるのはもちろん、かつてトレエの皮を被っていた頃、聖樹は今よりも知恵が働いていたように思う。エレノアを手に入れるために必要と判断すれば、顔や魔法を利用できたように、今まで吸収した人間の頭脳も身につけられる可能性もある。例えば、エレノアの家族を人質にすれば、彼女は言うことを聞くだろう、とかな」


「頭があるなら、逆に樹を騙すのは……無理でしょうね。あれはエレノア以外の言葉を聞いてなんていなかった。種を差し出させるのも、あなたの持つ剣が種を燃やせると分かる程度の頭があるなら、のこのこと差し出しはしないでしょう」


 言いながら否定する。エレノア以外の言葉なんて、聖樹にとっては羽虫の羽ばたきのようなものにすぎないのだろう。ラインハルト様も小さく頷いた。


「彼女がこの国を出るのは難しく、時間が経つほど状況は不利になる。……もう1人のいとし子である、君と違ってな」


 淡々とした声だった。その言葉に息を呑む。彼の薄い唇がゆっくりと動いた。


「なぁ、ミラ。君はエレノアを憎んでいないのか?」


 どくんと、心臓が跳ねた。


「君とゼノン・コウンについて、こちらでも調べさせてもらっていた。君がいとし子だったゆえにコウン子爵家に引き取られたこと、本当に仲のいい兄妹だったことも。……君は、エレノアを妬ましく思わないのか? 君と彼女、2人ともいとし子だったのに、彼女が公爵家の人間だったから、孤児だった君が樹に捧げられることになった。エレノアが聖樹に望まれたのは結果論だ。君は家族まで奪われた」


「……それ、本気で言っているんですか?」


 自分でも驚くほど低い声が出た。ラインハルト様の表情は変わらない。


「ああ。君の兄は生きていた。なら、この状態の国に居続ける理由はないのではないか? ……隅から隅まで探せば、この国を出られる抜け穴があるかもしれない。樹も増殖するとしても、その範囲はこの国で満足するかもしれない。君は君の家族と、日常に戻れる」


 重石を飲み込んだようだ。彼は本気で、私がエレノアを憎むと思っているのか。あんなに優しい子を。


「君が逃げても、家族を選んでも。誰も君を責めない。それだけは伝えておきたくてな」


ーーーふざけるな。


「……………そんなわけないでしょう。あの子を見捨てて、それであぁ良かった、これで幸せになれるって?そんなの、なんの価値があるの。エレノアを犠牲にするくらいなら、死んだ方がマシだわ。恨むですって?ふざけないで!」


 使えそうなら誰だろうが使うくらい言いなさいよ、あなたもエレノアを想っているのに、そうしてそんなことを言うの。感情が抑えきれず、声は震えた。



「そうか。悪かったな、変なことを言って」


「はぁ?あなた……わっ」


 突然、後ろから誰かに抱きしめられた。震える腕。すぐに誰か分かった。


「エレノア……」


「ミラ……ありがとうございます。でも、私は、あなたが。あなたこそ、幸せになってほしい」


 肩が熱い。落ちる滴が、私の服を濡らしていた。


「……駄目でしょう、地下から出たら」


 その言葉に、エレノアは小さく首を振る。


「小屋自体にも魔物除けが掛かっているから問題はないよ。……とはいえ殿下。あまり俺の妹を、いじめないでもらえますか?」


 兄さまが床の蓋を開けて姿を現し、ラインハルト様に苦言を呈した。


「……聞こえてたの?」


 呆れたように聞くと、苦笑される。


「図書室と違って、ここの蓋はただの板だからね」


 ……つまり、この王太子様は、今の私と彼の会話を、エレノアに聞こえるように仕向けたということか。じとりとラインハルト様を睨んだが、彼はひょいと肩をすくめただけだった。


「すまないな。どう考えても積もる話があったのに、お互い視線をやるばかりで、なかなか口を開こうとしないようだから」


 ……確かに、言えないことだらけだった。あの夜だって、何も言えなかったから、勝手にエレノアから離れてしまったのだ。だとしてもこの王太子様、城から帰ってきて30分も経っていないのに、いきなり私の腹を割ろうとするとはあまりにも話が早すぎる。これが大国のスピード感?

 大きく、本当に大きくため息をついた。


「エレノア……何も言わず、いなくなってごめんね。あなたに言わなきゃならないことが、たくさんあるの」


「謝らないでください。あなたが謝ることなんて、なにもないんです。……けれど、全部教えてください。あなたに頼るばかりなのは、もう嫌なんです」


 肩に乗るエレノアの頭にそっと触れると、彼女の細い腕が、私を強く抱きしめ返した。


 さて、と、ラインハルト様が呟き、私たちを見た。


「それでは、これからの話をしようか」




 ∮




「やはり、重要なのは聖樹を滅ぼす手段だろう。あれは魔法以外の攻撃が効かない。そして今、魔法による攻撃手段はこの剣しかない。……ゼノン。魔物除けのように、君の持っている知識で催惑樹に有効なものはないか?」


 ラインハルト様の声に、兄さまは少し考え込むように答え始めた。


「……まず、あなたの持つ剣のような魔道具は持っていません。有用であろう魔法の知識はありますが、所詮俺は魔法を使えないただの人間です。理屈は分かっても、魔法を発現出来ない。使い物になるかは、魔法を使えるミラとエレノア様に試してもらいながら検証するしかありません。ただ、あれと戦うなら夜が良いかと。聖樹は夜、大きくその力が削がれる。そうして、特に新月が一番弱い」


 ミラも知っているだろう、と問われ、頷いた。

 図書室の地下にそう記されていたし、だからこそかつて、エレノアを夜だけ連れ出していたのだ。


「そうか。なら一番早い新月は、7日後か。……それまでに、樹を滅ぼす方法を見つけよう」


 ラインハルト様は、ぐるりと取り囲む本棚や地図を見ながら呟いた。


「まず、エレノアはこの部屋か、出ても小屋の中にいてくれ。その上で魔法について検証を頼む。ゼノンはこの国にある、他の資料庫の位置をーーー」


 彼が指揮を執ろうとした瞬間、私は手を挙げる。



「ラインハルト殿下。―――試したいことと、ご提案があるのですが」






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