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ネバーランド

 


 ラインハルト殿下とカミドニアとの話し合いは、大国の圧力もあり順調に進んだ。第三王子は廃嫡され、アルヴィンが婚約破棄の前に、王家はもちろん誰にもエレノアを切り捨てる事を相談していなかったことも明らかになった。彼は恋人のトレエを妻に迎えるためだけにエレノアを悪者に仕立て、牢に閉じ込め、彼女がいなくなればこれ幸いと全てをなかったことにしようとしたらしい。


 どうやってエレノアの失踪を隠蔽したかについては、教会の手引き、ということも明らかになった。

 魔法を信仰の中心に据える教会は、同じように魔法を崇拝せず、聖樹のないカミドニア以外の全ての国を見下していた。当然外国には相手にされず、それを忌々しく思い、外交と友好的な関係を築こうと努める外務大臣であるクロレディア公爵を疎ましく感じていた。それゆえに彼の娘がいなくなれば、これ幸いと彼女の存在ごと、無かったことにした───ということに、今のところはなっている。

 教会はエレノアの失踪を良しとし、王家は息子の不祥事を見ないふりをした。

 彼らの行いは、これからすべて明るみに出て、裁かれることになるだろう。


 今、第三王子は自らエレノアを入れろと騒いだ懲罰室に閉じ込められている。ラインハルト様の意趣返しもあるのだろうが、図書室の地下とは違い、ベッドも本もまともな明かりもなく、ネズミが石壁を駆け回るような場所だ。素敵なお泊まりになるに違いない。



 王城の玉座の間は、本来、私のような者は入ることすら許されなかった。しかし、エレノアがあなたにも一緒にいて欲しい、と言ってくれたおかげで、素敵なドレスまで与えられた上で、その場に立っている。

 その場所は、彫刻が施された柱が立ち並び、窓から差し込む光が大理石の壁に反射していた。

 玉座の前では、この国の王とエレノアが相対していた。エレノアは豪華なドレスに身を包み、宝石で飾られた姿は驚くほど美しい。ラインハルト様は彼女の隣に立ち、この国の王族を静かに睥睨していた。

 あの夜会からしばらく経ち、ラインハルト様の騎士たちは速やかにこの国を抑え、王家にクロレディア公爵家の名誉回復を命じた。そして今、王からエレノアへの謝罪の場が設けられている。


 多くの貴族が見守る中、王冠を外した王は玉座を降り、台座を一段ずつ下りてエレノアと同じ絨毯の上に膝をついた。


「クロレディア公爵令嬢。貴女に我が息子がした仕打ちと、その後に王家が貴女にした行い。決して許されることではないと分かっている」


 重々しい、けれどはっきりした言葉だった。


「償うこともできない。ラインハルト様がいなければ、貴女を顧みることはきっとなく、この場もなかったであろうことも含めて。……けれどどうか、私と私の息子のみに責任を取らせてくれないだろうか。この国とその民は許してくれないだろうか。愚かであったのは私たちだ。私たちだけで、民は、何も知らないのだ」


 そう言って、王は床に額を擦り付けた。大広間を満たす静寂の中、誰もがエレノアの言葉を待っていた。


「───私が、許せないのは」


 彼女の声は、澄んだ水のように静かで、しかし力強かった。


「ある人へ、この国や教会がずっと強いた行いです。顔を奪い、個人であることを認めず、朝から晩まで仕事をさせて。それを良しとしていたことです。彼女と出会い、初めて私は召使の方々があんなに多くの仕事をしていると知りました。この国の法で認められていない安い報酬で休みもなく、ずっとそうだからと、それが酷いことだと誰も止めなかった。私も、あの人と出会うまで、考えもしませんでした」


「顔を上げてください。……アルヴィン殿下の罪を問えば王家の威信に関わるからと、そうしない方が楽だからと、私はあなたがたに切り捨てられました。お父様とラインハルト様がいなければ、あの婚約破棄の夜に死んでいたかもしれません。───けれど。それを許せないというなら、私はかつての私にも、同じ言葉を掛けなければいけません。暗い地下にいた私を、助けてくれた人がいました。彼女は召使で、けれどとても優しく、心ある方です。あんなに優しい人が、酷い扱いを受けていた。それを私は、知ろうともしなかった。……私とあなた方の間に、どれほどの違いがあるでしょう」


 エレノアは不意に右を見る。彼女の青い瞳が、私を捉える。


「クロレディア公爵令嬢。それは、貴女を助けたという召使のことでしょうか」


 王が、頭をあげることのないまま、尋ねた。


「ええ。……私は、この国で、今後彼女のような待遇を受ける人が二度と現れないことを望みます。元から、この国を憎んだことは一度もありません。けれど、民の為の国であると、示してください。それを守ってくださるなら、私は王家を、あなた方を許します」


「──────必ず」


 カミドニアの王は、深く頷いた。

 ───教主が唇を噛むのを、横目で見た。




 ∮




「あれで、本当によかったの?」


 生活できるだけの給料を渡せ、とか休みを取らせろ、とか人を売り買いするなとか。この国にも一応、労働に関係する法はある。王家より権力を持つ教会が守らなかったゆえにほとんど形骸化していたけれど、カミドニアは直ちにその法を国中に広め、従わせ、アルドゥールはそれを監視する、という協約が結ばれた。特に彼女が王家を許す条件にした召使の待遇改善は、迅速に実行された。道具扱いされていた数十人を人間扱いすることにこの国の命運が掛かっているのだから、当然だろう。


 あの大広間での謝罪から、三日が経っていた。私に与えられた部屋を訪れたエレノアは、紅茶のカップをソーサーに戻して、静かに微笑んだ。窓の外では夕陽が空を琥珀色に染め、テーブルの上に置かれた花瓶がその光を受ける。エレノアの銀髪も夕陽に照らされ、金糸のように美しかった。



「ええ。……これくらいでは、とてもあなたのくれたものに釣り合わないのは分かっていますが」


 釣り合うなんて大げさな、と呟く。見返りを求めたことは一度もないのに。


「ふふ、ミラはそういうと思いました。───私、ラインハルト様とアルドゥールに行くことにしました。お父様もその方がいい、すぐにでも行くべきと、仰って下さって」


「そうね。その方が、絶対にいいと思うわ」


「ねえ、ミラ。………私があの国に行くとき、一緒に、アルドゥールに来てくれませんか?急な話と分かっています。 あなたのご家族のこととか、すぐには返事ができないことも。けれど、あなたにもらった恩を少しでも返したいんです。王城であなたと一緒に食事をしたり、服や髪飾りを選んでもらったり。そんな日々は、とても楽しかった。仕えて欲しい訳じゃないんです。けれど、あなたがしたいことがあるならなんでも手伝いたいし、あなたが一緒にいてくれると、それだけですごく嬉しいんです」


「…………告白みたいね」


 ラインハルト様より先に、こんな熱烈な言葉をもらうなんて。


 ふふ、と笑みが溢れる。

 彼女の言葉に、返事はもう、決まっていた。




「ごめんなさい。………私、この国を離れたくないの」



 

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