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八『嵐を呼ぶ女三』

あれからどれほどの時が流れたのだろう。夢うつつの意識の中で過去と現在が行ったり来たりだ。

ぼんやりとした中でもはっきりと思い出される過去の情景。他の大人たちと話す父と、その傍らで裾を掴み立ち尽くすことしか出来ない幼い日の私。

「―では、北と西の部族が一時の協定を組んだということか」

父が険しい面持ちで問う。

「ああ、ウィン、お主の力を頼る他ない状況だ」

まだ今よりも若い時の村長が村人たちを背に父と話している。幼い時分では理解出来なかったことだが、今となってはその事態の深刻さが理解出来た。

ただでさえ野蛮で日頃から小競り合いの絶えないこの地で、格部族はその頂点を目指している。故に力関係は対等であったが、私たちイーラ族を共通の敵として二族が徒党を組むことを決めた。

本来は太古の昔、村の若者の尊い志に感銘を受けた精霊によって得られた守りの力、脈々と受け継がれてもその意思は確かに受け継がれてきた。故に覇を目指す為にあらず。彼らにはそれが分からないのだ。

「分かった。村長たちは先の洞窟で避難していてくれ。後は俺がやる」

「感謝する。さぁ、ラン、我らと行くぞ」

その言葉にランはウィンの裾をより強く掴んだ。

「・・・」

「ラン」ウィンは腰を下ろす。そして頭を優しく撫でた。

「心配すんな。父ちゃんは必ず帰ってくる」

父の悪癖を知っていた。

父は誰かに頼られれば断ることが出来ない。そんな父を心配に思っていつも間を取り成していたのが母だった。それぞれがそれぞれに出来ることを全力で向き合う。そうしてどうにも出来ない時に初めて助けを乞うべきだと母は言った。

父の弱さを知っていた。

母が病に伏し、この世を去ったあの日から父の悪癖は悪魔のように舞い戻る。辛く、険しい仕事を終えた後、父は私に分からないように一人墓へと向かい涙した。母に謝罪をした。

怒りと誇らしさ、そんな感情が複雑に絡み合う心に私は拳を握りしめる他無かった。

洞窟で帰りを待つ中で、自身の心に竜巻の如き乱流が渦巻き、心を掻き立てる何かが湧き出る感覚があった。

少女は何かを察するように、血が出るほど強く拳を握り固める。

村人の制止も効かず、少女は走る。その先には何十と倒れる他の部族と、中央で横たわる父の姿だった。

抑えきれない感情の乱流に止めどなく目から流れる涙と叫び。

まるであの日の自分に体を揺さぶられているようだった。

「起きて!置いてかないで!」

はっと目を覚ますと、そこにはそばで見守るサジと、最前線で一人戦うレドの姿があった。

敵の集団を駆けまわり、突き立てられる攻撃に身を削りながら一人、また一人と切り刻んでいった。

流れる血でローブに赤黒いシミをいくつも作り、倒れそうになりながらもその足を止めない。

「サジ!」

「起きたか!」

「ええ、礼は後でする」目を閉じ、風が敵は背後にいないことを確認する。

サジは風を感じ、理解する。前方に銃を構え、レドの死角の敵を次々と屠った。

レドは不意に笑みがこぼれる。

「今は全力が出せない。タイミングは一度きりと思って!」

「ああ」

素早く銃に弾を込め、構える。

「いと尊き風の精霊よ―」

ランは言葉を紡ぎ始める。体内の魔力が地上に吹く風と混ざり合い、より大きな流れとなる。

サジは一体のオークの膝目掛けて数発弾丸を放つ。オークはよろめき、体制を崩した。

レドがゴブリンを踏み抜き、よろめくオークの体を駆けあがっていく。そして飛び上がった先を見抜いていたように、もう一体のオークが斧を振り下ろしていた。

刃先がレドを切り裂かんとする刹那。

「空を駆けるその加護をここに!」

弾き飛ばすかのように、レドの体を強風が押し込む。ゴブリンネクロマンサーが知覚する間も与えないほどの加速。

「ギ・・・!」

そこには己が絶望を体現する、鬼の如き眼光と、悪魔のような嘲笑があった。

振りかぶる小さな鎌が、死神の大鎌のように思えた刃が喉元に達したと理解した時にはすでに首は地面へと転がっていた。

奴の支配が解け、次々と倒れる敵の中、最奥に見えるあの男は立っていた。

血だらけになりながら、今にも倒れそうなほどふらつきながらでも彼は立っていた。

あの日に見たかったその姿。

無力な村人たちでは、無力なあの日の自分では全力を賭しても支えることが出来なかった無念を晴らすように、男は立っていた。

そんなことを知る由もない男は振り返り、またふらふらと歩きながらこちらに近づく。

サジに肩を貸してもらい、ランは歩いた。

「よっ、起きたか。助けられたな」

「・・・へへ、当然」

少女のように笑みを零す。そしてつられるようにレドも笑った。

三人は洞窟を出る。

「お前何もしなかったな」

「なっ、お前なぁ・・・」

「はっ、冗談だ冗談」

レドとサジがそんなやり取りをしながら集落へと向かう。

それから数日が経った。それぞれの療養の為に体を休めた。

そして、その日の夜。酒場で三人は晩飯を喰らいながらテーブルで談笑していた。

「あんたら」

ランが思い出したように言う。

「一つ目の条件、レドは大丈夫だって言っていたけど詳しく聞いて無かったわね」

「俺もそれは気になってた」

サジも興味深そうにレドを見る。

「ああ」

ごそごそと、麻袋を漁って取り出したそれは不格好に彫られた女神の彫像だった。

木で作られたそれは僅かに光を放つ。

「これは?」

「これは俺が作ったものでな。魔力を込めると互いの声を飛ばしたり、俺が持つ同じものに自らをも飛ばすことが出来る」

二人は呆気に取られた。この世界においてそんなものは見た事も聞いた事もない。

「あんたそんな貴重なもの・・・」

「なぁレド、これで俺と商売を―」レドがサジの頭に手刀を喰らわす。「いてっ」

「俺たちにはそれぞれの成すべき目的と、意思がある。それは今を生きる者たちが失ってはいけないものだ。その人生を賭して立ち向かう道の半ばで、ほんの少しでいい、俺の助けをして欲しいんだ」

レドが真剣な面持ちで伝えた。

「あんたの成すべき目的。その一助を、ってこと?」

「ああ」

「ふーん・・・へっ、あんたにそれが出来んのぉ?」

レドが不意に笑みを零した

「ああ、俺が暗黒の時代を終わらせる」

彼には彼の意思で世界中の人々の願いを背負い、それでも悲しみをひた隠すでもなく笑って皆に言うのだ、助けてくれと。

それは母と自身の理想があった。

それぞれが全力を尽くし、それでもだめな時は周りに助けを求める。そうして互いが互いを助け、助けられる。

「あっ、あんたねぇ。・・・んで、サジは?同じなわけ?」

「俺?俺は、俺が良ければそれで良い」

そう言うと、サジはレドの肉を一切れ取って口に入れた。

「ただ俺が良い世界に誰かの良いが含まれるんなら、それは全力で協力してやらないとな。それが暗黒の時代を終わらす、ってんなら、まぁ仕方ないわな」

言いながら自身の皿から野菜を取り、レドの皿へと移した。

「俺はべつにこれ好きじゃないんだが」

ふてくされながら置かれた野菜を食べる。

ひねくれながらもサジの理想もまた、自身と道を同じくしていた。

彼らには背中を預ける価値がある。それにこれは誰かに頼まれたり強制されたものじゃない。それぞれが成したいことなのだ。

「うん、分かった。良いよ、協力する」

「助かる。ありがとう」

「まずはここらの問題を解決しなきゃね。きっと大変なことだから時間は掛かると思う。だからあんたらの旅にはついて行くことは簡単じゃないだろうけど、やると決めたら全力を賭さないとね」

そう言うと、ランはレドの肉を一切れ取って食べた。

「それにこれは私のやりたいことだから」

そしてサジと同じように野菜をレドの皿に乗せた。

「お前らな・・・」


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