七『嵐を呼ぶ女二』
件の洞窟の前に立つ。そこには異臭と時折、洞窟内を反響するゴブリンどもの声が響く異様な場所だった。
「思ってるより深そうだ」
サジが自らの銃に弾を込めながら呟く。
コン・・・コン・・・コン。
反響する音が近づき、洞窟外へと人骨の一部が飛び出す。三人はそれを見るも、表情ひとつ変えることは無かった。明確な挑発だ。
「・・・行くよ」
ランが二人に目配せをする。そして二人が頷くと、ランは手のひらに小さな風の球体を作り出した。ゆっくり、視界の見えない洞窟へと空を転がるように送り出す。風の玉が距離を離れていくにつれ、抑え込むようにランの拳が力強く握り込まれる。
「・・・!」
数秒の後、その拳が勢いよく開かれると、洞窟内から風の巻き起こる轟音が鳴り響き、そして引き抜くように拳を握り固め、前から後へと下げた。
「グゲー」
数匹のゴブリンが風に巻き込まれながら洞窟の外へと投げ出される。奴らは入り口近くで挑発に乗った者たちを袋叩きにしようとしていたのだ。
無様にも尻から地面へと転げ落ちるゴブリンの首を、レドが鎌で片っ端から落とした。
三人は絶命を確認し、中へと進む。
サジが松明に火を灯すと、眼前には小高い崖のような段差が仕掛けられ、そこにはかつて三人が彼らにしたように高所を利用した殲滅を行おうとしていたことが見受けられた。
入り口脇にはかつての討伐隊と思しき者たちの人骨が無造作に捨て置かれていた。不必要なまでに傷や穴の目立つそれは、生前の彼らへの苛烈なまでの仕打ちか、はたまた肉を削がれた時に生まれたものか。いずれにせよ知りようがないことだった。
段差を登ると、目の前には先が二股に分かれた道が続いていた。
サジが警戒しながら前へと進み、地面に手を当て様子を伺う。
「意味の無い分かれ道だな、おそらくかく乱目的の。それぞれに罠が仕掛けられ、死体を運ぶ為に合流する作りだろう。どちらかに固まって進んだ方が良い」
「任せて」
ランが前へと出て、双方に緩やかな風を飛ばした。それは暖かく、緩やかに下っていく。
「左の道に落とし穴がある。右から行こう」
三人が右の道を進んで少し経った頃、レドは二人を制止した。
前方は松明では先まで見えない。しかし彼にはその存在の禍々しさを捉えることなど造作も無かった。
暗くデコボコな洞窟では視認することが難しいが、そこには不自然な空洞がいくつもある。
レドは立ち尽くしたまま、目を閉じる。
「擬身」
揺らめく灰色の魔力が、これからの動作を真似るように立ち止まるレドを残して前へと進み続ける。
数メートル先へと進んだ時、穴から槍が飛び出し、魔力の塊へと突き刺さる。しかしそれは幽霊のように何事も無く進み続ける。
「ギ・・ギ・・?」
困惑の声が聞こえる中、本体であるレドの存在が揺らぎ始める。そしてやがて、その存在は消え、いつしか通り過ぎた影が本体に成り代わっていた。
「・・・何あれ」
呆気に取られるランに、自身も初めて見たサジは身振りで困惑を示す。
明かりで微かに見えるレドは右に、そして次に左にと向かい、横穴に潜むゴブリンを次々に始末した。
「もう大丈夫だ」
二人はレドのもとへと向かう。
その先もいくつかの罠があった。どれも卑劣極まるもので、並の戦士なら確実に殲滅されているものであったが、三人の能力を活かして危なげなく進めた。
こんなモノか・・・本当に?
三人は安全な場所で一息ついていた。
レドは水を飲みながら考える。たしかにこれまでの罠は恐ろしいものだが、それはあれらとの戦闘に秀でた者ではないが故に通じるものであり、つまり通常のゴブリンと違いは無い。
「先日討伐したあのゴブリン集団、あれはなんだと考える」
「うーん、この穴の構造を考えると撒き餌かな」
「ああ、なるほど」
サジの言葉にレドは頷く。
「どういうこと?」
「守り人のランの思考は偏りがあって然るべきだ。しかし君はたどり着いたんだ」
「回りくどいわね」
「・・・すまない。前職の癖だ。つまり、慣れない君が、人が考えてようやく辿り着く戦略を奴は取った」
基本的にゴブリンという種族は狡猾で知られている。しかしそれはあくまで『狩り』という行動の上での狡猾さに限る。
奴らは『養殖』をしない。するのは『狩り』だけなのだ。
しかし、変異種は撒き餌をした。それは短期的な狩りの為では無く、定期的に得物を洞窟へ招く為の土壌作り。これは一般的なゴブリンの知能から大きく飛躍した発想だった。
「問題なのは」サジが口を開く。「それなのに今までの罠は通常個体と同レベルってことだよな」
つまり、とサジは来た道を見る。すると奥からこれまで倒してきたゴブリンが死体のままこちらに向かってきていた。
これは蛸壺と同じ。不慣れな侵入者は道中でその命を沈め、手練れは侵入させて退路を塞ぐ。
奴はその場に居なくても力を行使できるのか・・・!
「こんな狭い場所じゃ火は命取りだ!レド、策はあるか!」
「操れないほど切り刻むか、行動を封じる他あるまい!」
「それなら私の風で―」
背後を見やり、ランが両手を構えた瞬間、反対から矢がそれぞれに飛ばされる。
反応が出来たレドとサジは弾けたが、ランは肩に矢を掠める。
「くッ!」
それでもランは風の刃で背後の四肢を切り裂き、行動を不能にする。
「ラン!・・・サジ!」
サジは手元の小さな玉を前方に投げると、それは炸裂し光を放つ。
「グゲッ!」
目を隠しながら敵前へと向かったレドは素早く敵の四肢を切り落とす。
「サジ、容体は」
見ると、矢を掠めたのみにも関わらずランは顔色を悪くし、意識も朦朧としていた。
「毒だ。包帯巻いて薬飲ませたが即効性は無い。このまま進むのは危険だ」
「退くぞ!俺が警戒しながらランを背負って行く。サジは前後方からの襲撃の対応を頼む!」
通常と違い、今回のゴブリンは来た道が安全とは限らない。二人は張り詰めた空気の中、来た道を引き返す。
そして二股の場所へと辿りついた時、眼前に広がる光景に二人の表情は険しくなる。
やられた。
入り口前の広がった空間には大量のゴブリン兵と、最奥にローブを纏ったゴブリンがいた。
奴の策は奥へと招き入れることでは無く、行かなかったもう一方の道から兵士を入り口へと向かわせ、毒矢を受けた者たちが引き返すタイミングで強襲を仕掛けることだった。
中には何か肉片を抱えたゴブリンが数体いた。それらは不気味に縫合を始め、二体の巨大なオークが作り出される。
こんな洞窟では大技は撃てない・・・。
殲滅能力を削がれたレド、そして援護射撃を得意とするサジ。常に背後からの奇襲を警戒しなければならないサジに余裕はない。
対多数を得意とするランを失った最悪の状況での戦いにレドはこれまで見せた事の無い険しい表情を浮かべていた。
「・・・サ―」
「レド!」
レドは目を見開く。
「こっちは意地でもなんとかする!だから」
「・・・ああ、こっちも意地でなんとかしよう!」
奴の能力はこれまでの経験上、半自動制御の使役と意思の統一化。奴らの刃物には同士討ちを避けて毒が塗られていない。それはつまり動かぬ体は動かせないという当たり前の事実。であればこちらもやりようはある。
レドは段差を降りながら下に待つゴブリンを数匹蹴散らした。
「ヒヒッ」
まるで面白い物を見つけたように、ゴブリンネクロマンサーは目を見開き不敵な笑みをこぼす。
「レーヴ流刀術、震刀-シヴ・アラッド-」
魔力を鎌に流し込むと、刀身が目視で分からないほど高速で震え始める。
魔物であふれかえっているのに、死体だからか嫌に静かな洞窟内で、その微かな音は奴の耳にも聞こえた。
「ギ?・・・ゲヒヒ」
理解したようにあざ笑う。
「その薄ら笑いのまま死ぬが良い」