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六『嵐を呼ぶ女一』

「本当にここで良いんだな?」

レドは小首をかしげる。

そこは平々凡々としか言いようがない貧しい村と、あまりにも似つかわしい慎ましやかな村人たちが暮らす姿があった。

名をイール村。言葉にするのもはばかられるほどありふれた産業を生業とするごく普通の村だった。

「嘘はつかねぇ。ここにいる」

「確認する。名は?」

「ラン、だ」

ラン。その噂は大陸西部に限られるも、武名は確かと言う。

西部は気性の荒い部族が数多く点在し、それらは決して交わらず小競り合いを繰り返しながら奇妙なバランスで停滞の歴史を積み上げてきた。

その西部にあって唯一商業の門戸を開く穏やかな村があるという。まさしくこのイール村のことであり、住み着くイール族は村を体現するように穏やかであるという。

集落を転々とする諸部族と異なり居を据えた、それも穏やかな部族がなぜこうも長らく存続を成しているのか、その答えは言い伝えにある。

イーラ族の信仰する精霊、イーラ・テクラは部族の中で一人を選ぶ。選ばれた部族の者は類まれな精霊の加護を得て、その生涯を村の存続に尽くす命を託される。

『風の精』の名を持つその精霊の強力な力により何度も襲撃を防ぎ、それは魔物に対しても同様に猛威を揮った。

今代の『守り人』こそが、そのランという女性である。

「それで、レドはなんでまた彼女を探しに?・・・嫁探し?」

「会ったこともない奴となんで・・・」

「会ったことがあれば言い訳?」

声に振り返ると、うす黄緑色をした髪を靡かせた少女が立っていた。

身軽な軽装具にセミロングの髪、歳の頃は十八といったところ。鋭い目はその性格と芯の強さを表しているかのようだった。

「ボロ布に・・・黒髪で顔はぼちぼちだけど少し歳いってるわね。そっちのあんたは白髪の短髪、顔は・・・詐欺師みたい。どっちも好みじゃないけど。で、どっちが求婚相手なの?」

ズカズカとにじり寄ったかと思えば堂々と値踏みをする。

「はぁ、フラれると分かって『はい俺です』なんて言う奴があるか。それと求婚じゃない」

「あら、あなたなのね」

「は?」

「今そう言ったじゃない。そんな言い回しするのは本人ってことの証明」

おい、違うって言ったのにこのプロポーズの話をまだ続けるつもりなのかこいつは。

「俺は―」

「知ってる。別の要件でしょ?」

ああ、こいつ嫌いだ。

「いや、結構だ。悪いがあえて輪を乱すような者に背中は預けられない。この件は忘れてくれ」

サジの肩を軽く叩く。

「あてが外れたみたいだ。次に―」言いかけてレドはムシャクシャして頭を掻いた。

深くため息をついた後レドは少女へと向き直る。

「検討は付くが名前を聞かせて欲しい。俺はレドリック、こっちはサジ」

「ランよ」

「ラン、先ほどの非礼を詫びよう。冗談とは言え誤解を招く発言を聞かせた上に逆上とは大人気無かった。すまない」

「・・・私も言い過ぎた。悪かったわ」

レドは頭を下げ、「風の当たる場所に行く」とサジに告げた。サジは飄々とした様子で少しランとやり取りをし、レドを追った。

草花のゆれる平原と横たわる岩々。レドはそこに座し、空に目を向けていた。

後からやってきたサジが、反対の岩肌に背をもたれ座る。二人の間にしばしの静寂が流れた。

「意外な事だらけだ。案外癇癪持ちな所も語気が乱れる所も、その割にすぐ謝れるって所も」

その問いかけにレドはしばらく答えあぐねた。それでもサジは悠々と待った。

「俺は・・・俺は案外癇癪持ちだし、語気は乱れる」

サジは、「だな」とだけ呟く。

「だが俺はそうあってはならないし、そうなった時に謝れないとならない」

「どうして?」

「・・・悪いことではないだろう」

「だな、だけど本質じゃない」

レドは頭を掻いた。

「そうすべきと俺が決めたからだ。おとぎ話の騎士のような男になるべきとな」

サジは、それ以上は聞くまいと立ち上がり、ズボンを払った。

「実入りがいるな」

「ああ、だな」

そして村へと帰る。この村もまた、なんでも屋のように掲示板が置かれていた。

そして幸か不幸か、先ほどの少女、ランと出くわした。

「・・・」

「・・・」

「あのさ、お二人さん?」

沈黙に耐えかねたサジが口を開く。

「私はこの村の守り人、こういう面倒事は積極的にやらなきゃいけない義務がある。ここに来れば出くわすのは必然。それと、私は謝ったしあんたらも謝った。引きずったりするの嫌なの。だから、聞かせてよ。話、あるんでしょ?」

ランは不敵に笑う。二人は敵わないなと顔を見合わせた。

「実入りがいる。道中話そう」

レドは適当な魔獣の討伐依頼を手に取り、村長のもとへと向かった。

平原を三人は歩いていた。

「ふーん、強者を集めて周ってるねぇ。何の為に?」

「それは俺も聞きたいね」

二人がレドの顔を覗く。

「暗黒の時代を終わらせる。その為に人手が必要だ」

「現実味が湧かないなぁ」

「ええ、そうね。勇者パーティでも組みたいわけ?」

「さしずめ俺は英雄レガリアか?」

ランはぽかんとした。「本気?」

ランの問いにレドは頷いた。

「でしょうね。ならこっちも誠意を持って答えないと。二つ、一つは私はここを離れるわけにはいかない」

「だろうな。だが解決策はある」

「へぇ、なら二つ、私たちには受けた恩には相応の礼儀を持ってお返しをするって掟がある。これは教育じゃなくて掟」

「何をすれば?」

「話早いのね。それはにはまず―」

ランの指す方を見る。少し遠くに果実の実った木々がいくらか生えていた。そしてそこにはゴブリンが三匹。

「まずあれを倒してから、ね」

サジは素早く獣を構える。そして二人に目配せをすると、ランは右手にレドは左手に分かれてゴブリンを取り囲むように配置に着いた。

サジは標的を逃さぬように銃口でターゲットを捉えつつ、二人の位置を確認する。

ダン、と鳴り響いた次の瞬間にはゴブリンが一体倒れる。慌てふためいた二体をそれぞれが一体ずつ息の根を止める。

まるで初めてではないかのように息の合った連携は、それぞれの潜り抜けてきた修羅場の数を表していた。

手際よく討伐証明となる素材をはぎ取るレドの姿をランは見ていた。

「これ」

ランが短刀で指し示すゴブリンの瞳は禍々しい赤をしていた。レドが見ていると、それはゆっくり黄色く色を変える。

「・・・サジ、この辺りに魔物を操る能力を持つやつはいるか?」

「いーや、聞かないね。それが恩ってやつ?」

ランはにやりと笑う。

「ゴブリンネクロマンサー、変異種よ」

二人は目を合わせ小首をかしげる。

「聞かない名だ」

「ええ、暫定的にそう名付けた。見かけはゴブリンだけど村の若い狩人を何人も殺しているし、他の部族も同様の被害が出てる。姿形はそっくりなのに戦闘力は並のゴブリンとは非にならない。それに」

「蘇生と使役も兼ねた個体ねぇ」

「正直持て余しているの。部族間で協力を仰げればなんとかって感じだけど手間だし、何より成功確率もギリ」

それにゴブリンは残忍性故に罠に優れた生物、数が多ければ多いほど被害者も増える可能性を高める。なるほど、道理だな。

「サジ」

「構わねぇよ?」

「なら引き受けよう」

三人が協定を結んでいる同時刻。暗い洞窟の奥底で一体のゴブリンが異変に気付いていた。

白いローブを身にまとっている以外に同種と違いがないそれは、遠くで二度目の死を迎えた兵を察知する。

「グギ・・ギ」

少々の沈黙の後、詳細な洞窟の地図を描き、何かを描き加え始めた。


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