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四『擬龍グラスローディオ一』

大陸の南に位置する小さな村、『エルバルトーレ』。ここで採れる特殊な植物、ポレを生業とする農家と近隣に位置する鉱山が資本であるこの村に男は来ていた。

ギルドと呼ばれるには施設そのものが無く、案内板に貼られた依頼書を手に可能な人間が対応するという独特な体系に冒険者はそれを『なんでも屋』システムと呼んでいた。

依頼されたクエストのほとんどが村の手すきで行われるが、稀に流れ者の旅人たちがその何でも屋になり、日銭を稼ぐ足しにしている。

男は案内板の前に立ち、村の細かな連絡に紛れた一枚の紙を手に取る。

『昨日深夜に小さな地震がありました。鉱山労働者は本日の作業は中止。』と。

男は紙を再び案内板に戻し、すぐ近くの村長宅へと向かい、ノックした。

「失礼、レドリックと言う。鉱山についての話を伺いたい」

「はいはい」と奥の方から聞こえ、扉が開けられると小さな老人が姿を現した。

手には杖が弱弱しく握られ、歩くのもなんとかといったところだった。

「歩かせてしまいすまない、ご老体。名を伺っても?」

老人はゆっくりと屋外のベンチへと腰かける。

「へぇへぇ、流れの方ですな。私はこの村の村長をさせてもらっとります、ギグナと言います」

「ギグナ殿、案内板のことについて聞きたい。鉱山について」

「へぇ、あれは昨日の三時頃でしたかな、恥ずかしい話ですが、この歳になると勝手に目が覚めるもんでして、少し水を飲もうとしていたところ、突然揺れを感じましてな。その後、鉱山の方でゴロゴロと音がしたんです。

「なるほど、それで鉱山の状況が落ち着くまで状況を待とうと」

「ええ、それにあそこの森には小型ですが魔獣も出ます。落石などによって縄張りが少々荒れる可能性もある。あれらのほとぼりが冷めるまで、というのもありますな」

「ふむ、私自身気になることがある。村人であれば慎重を喫しよう。しかしよそ者であれば話は別だろう。鉱山への侵入を許してくれないか。戻らなければそれでも良い」

「はぁ、それは構いませんが・・・護衛はよろしいので?」

「結構。気持ちだけで十分だ」

レドリックはそのまま去った。

そして森の入り口。奥には高くそびえ立つ山が見え、所々くぼみがあった。おそらくその下で落石があったのだろう。

目を閉じるとほのかにいくつかの気配があった。おそらく村長の言っていた小型の魔獣なのだろう。しかし気になるのはそこでは無かった。山の頂上付近に感じる気配。これは魔物の発する特有のものではない。禍々しさの中に眠る混沌とした複雑な気配。

「・・・そうか、そうなったか」

レドリックの発する何かに呼応するように、山の頂上に眠るそれは体を震わせる。それは山を揺らし、大地まで震わせる。

ゴトゴトと大小様々な岩が山肌を転げ落ちる。そして、森の各所から魔獣の雄たけびや足音が鳴り響く。

「少し間引いておくか」

あれから数刻が過ぎ、森の入り口へとレドリックが戻ると、そこには村の若者が数人集まっていた。

「あんただな?村長が言ってた流れ者は」

「いかにも」

「心配してたんだ。あんたが向かってしばらくしてからまた地震があったろ?」

「そうそう、様子だけでも見て来いって」

そうか、とレドリックは一言漏らした後、下げていた袋を取り、中身を見せた。

「これは」

中には様々な魔獣の討伐を示す戦利品が入っており、それは、三十は下らない数だった。

「なんて数だ・・・」

「これで魔獣の心配は当面解決されただろう。しかし鉱山の問題、あれは今日一日待った程度では解決されない。あれは・・・」

村の若者たちが固唾をのむ。

「あれは、俺の因縁・・・の忘れ形見のようなものだ」

若者たちはそれ以上、彼の事情を問うことは出来なかった。それほどに彼の放つ気迫と成さねばならないという意思が固いものであることが伝わった。

しかし、一人の若者が他の者たちをかき分け詰め寄る。

「事情は分かった。でもここは俺たちの村だ。何か出来ることをさせて欲しい!」

意外な反応だった。それは若者たちではなくレドリックのものだった。彼はどことも言えぬ虚空を見ていたが、若者の言葉に瞳孔を開いてしまうほどに目を見開いた。そして瞼を震わせたかと思えば、強く瞼を閉じる。

「・・・」

俺は今までいくつ、彼のような、太陽の輝きを持つ仲間たちの瞳を閉ざしてしまったのだろう。もう二度とそんな思いはご免だ。しかしこれは過去を生きた俺の思い上がり。今を生きる彼らの思いを、これからの時代を明るく照らさんとする彼らの願いを潰す結果になる。それではだめなんだ、俺一人が救うのでは無く、この暗黒の時代を、人の世代そのもので討ち勝たなくてはならないんだ。

「・・・少し手を借りよう」

若者たちはぱっと顔が緩んだ。

それからしばらく、男たちは森と平地の境にて暖を取り、話をした。

「それで彼の者というのは」

「ああ、奴はな。俺ではないのだが、遠い昔に因縁がある。名をグラスローディオという」

グラスローディオ。それは記述によれば五十年以上も前、かのレガリア卿が通罰せし魔龍の名。空を駆け、地を這い、暗黒に潜むその姿は滅多に拝むことの出来ない空想とされていたモノ。しかしてその正体は魔王の配下の一体であり、闇を統べる孤高の龍である。北の王龍が表を統べる光龍であるのに対し、南を統べるは闇龍のグラスローディオ。しかし奴は話によれば討伐されたと言う。

「これは俺とごく一部の者しか知らないことだが、奴は討伐されてはいない。いや、国によってそうさせられた存在だ。卿は封印のみをせざるを得なかった。その強力な生命力は今代にて討伐は成しえぬと」

「ではあなたはそれを討伐に?」

「様子を見に来たんだがな。事態はそう簡単では無かった」

レドリックは山を見やる。彼の視線には村人たちでは見えぬ魔力の流れが見えている。その視界に見えるのは黒く禍々しい魔力と灰色の無機質な力の混流。

「やつの元来の魔力と、それに吸い寄せられた魔獣たちの幾千の屍、それらが複雑に混ざり合い、やがて自我をも存在しえぬ、形のみを龍と成すものと成った」

「それは・・・」

「擬龍。残り香をもってして龍を成すだけのかけ離れた有象無象だ」

「しかしあなたの話を聞くにそれは闇龍の魔力を有しているのでは」

「ああ、故に俺のみで討伐をと思っていたが・・・退くなら今だ。止める者は許さん」

その言葉に退く者などいなかった。

「昔の俺なら、喜んで肩を組んでいたろうな。だが本音は変わらん」

レドリックは枝を取り、地面に刺した。

「作戦はこうだ―」

明朝。レドリックは付近の水場で顔を洗っていた。ひどい顔だ。目の下にはクマが出来、その目は嬉しさとのしかかるプレッシャーに押しつぶされそうな感情がごちゃ混ぜになっていた。とてもこれから悪龍を討伐せんとする者の顔ではない。

目を閉じ、もう一度水で顔を洗う。

「隊長!タオルを」

「ああ、すまない」

顔を拭く途中で我に返る。

「・・・お前」

そこには笑顔で立つ村の若者がいた。

「ハハ、すみません。でもあなたにはなぜかそう呼びたくなる感じが」

「・・・」

「ところで何でさっき―」

言いかけたところでタオルを渡される。

「お前も顔を洗っておけ」そう言い残しレドリックは去った。

数刻、そこには誇らしさや恐怖、覚悟を決めた者などが混ぜ合わさった村人たち、そしてそれらすべてを超越せしボロ布の男が山を前に立っていた。

深く深呼吸をする。手で村人たちを退かせ、男は山に近づく。

大気が震える。過去から呼び覚ました深く深い怨恨孕みし魔力が、その重さによって大地を這うように侵略を開始する。目を持つ者にしか見えない魔力が、凡人ですら視認出来るほど濃く編まれた魔力の塊が待機を歪ませ、地に根を張る。

「ッ!」

目を見開くと、巨木が引き抜かれるように、大地に絡まった魔力が地面を引き裂き、震わせる。

身震いをする若者たち、そしてそれは山の頂にて眠る擬龍をも震わせる。

「オオオオオオオッ!!」

鳴り響く轟音に再び若者たちは身を震わせる。

「さぁ、暗黒時代を終わらせるとしよう」


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