十二『西方魔窟戦線二』
サラギを西に向かう二人は、気まずい空気と微妙な距離感を持って馬を駆けていた。
「ねぇ、君いくつ」
ランが口火を切った。
「えと、十五です」
「ふーん、三個下か。戦えるの?」
エンジはお世辞にも戦闘に向きそうであるとは見えなかった。
「あんまり得意では・・・」
そう言う彼を見ると、なびく髪の隙間に種火のような小ささの精霊が髪を手綱にくっついていた。震えているのか揺らいでいるのか分からないが、ひどく臆病そうだった。
「だあああああっ!?」
ランの突然の大声に馬は驚き、つんのめった反動で地面へと仰向けに叩き下ろされる。
馬はぺろぺろとランの顔をなめた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あんたそれ・・・!」
「え?」
「火の精霊様じゃない!」
「え?」
え、じゃないわよとランは起き上がりながらエンジの頭を見る。しかしどこにも見当たらない。
ランは身を引いて観察する。
「あのー・・・」
なんだか分からない状況にエンジは戸惑った様子を見せる。
「気のせい・・・?」
目をこすり離れようとした時、ひょっこりと種火は姿を見せる。ランは急いで向き直った時にはまた姿を消す。
すると、見かねた風の精がランの背後から現れる。まるで女神のように美しい女性の姿をした彼女は少し呆れた様子で、手で風の流れを作り息を吹きかけた。
髪がなびく程度の穏やかな風の流れだったが、とうとう種火は正体を現さざるを得なかった。
うわー、と掴む髪と共に揺らぎながら、そこには火の精霊がいた。
「あ、あなたは・・・」
エンジの手のひらの上でモジモジと指をこすり合わせる。
火の精霊は小さな少女の姿をした、文字通り精霊然とした見かけだった。
彼女がどうというわけではなく基本的に精霊は言葉を用いない。そこに精霊がいるということは、彼女らに見初められたという証があるだけなのだ。
役目を果たした風の精が姿を消し、火の精もつられるように姿を消した。
「これって・・・」
「精霊があなたを選んだってことね。つまり火の加護が使えるってこと」
なるほど、とランは納得した。今までサラギの者に火の精に見初められた者はいない。それは部族全体の気風にあるのだ。
カジンを筆頭に、サラギの民はどこか勝気で粗野な面が目立つ。それはあの内気な火の精霊が選ぶとは思えない、彼を覗いて。
そして己が事にも気づく。
私も父さんも、『託される』者だ。何かはっきりとしたものではないが、そういう感じがする。そういう人を選ぶのかな。なんだか母さんを思い出す・・・。
「加護の扱いは道中で学ぶしかないわ。悪いけど暇を見つけて色々試してね」
「わ、分かりました。精霊様、お掴まり下さい」
声に呼応して、火の精はまたひょっこり頭部に現れる。
所は変わって、大陸中央の地下に根差す荘厳な城がある。精巧な技術で作られた目を引く造りは、だがどこか禍々しい気配を放っていた。
そんな城内の一室に優雅に紅茶を嗜む者がいた。
漆黒のスーツに身を包み、白い手袋を身に着けた姿は一見すると人に見える。しかしその頭は黒いバッタのようで、目は覆いかぶさる皮膚がフェイスガードのようだった。
貴族さながらの立ち居振る舞いで優雅にティータイムを楽しんでいる最中、ドアがノックされた。
「どうぞ」
バタン、と強く開かれた扉にピクリと、怒りなのか驚きなのか反応する。
「よぉシン!どうだ、調子は」
肩で風を切って歩き、大股開きでソファにもたれ掛かる。
白と黒の高級そうなスーツに身を包み、両手にギラギラと光る指輪をいくつもみに付けた頭部が狼の男。右目にアイパッチを付けた粗野な男がヘラヘラと彼を見つめる。
「ドグ、久しいですね。今まさにあなたが作り出した卵の様子を伺っているところですよ、私の虫たちでね」
「ああ、研究に研究を重ねた逸品だ。だがまぁ、費用対効果がいかほどかってのが重要だわな。あいつは作るのに苦労したぜぇ?しかも高ぇんだこれが」
一口、紅茶をすする。
「彼らの見立てによると、潜在能力は君の六分の一、うち引き出せるのはその半分といったところでしょか」
ドグは下あごを触った。
「はぁーん、そうか。力と制御が肝要なんだよな。今回はバランス見た方だったが、やっぱ作るより育てる方がなんつーか、うま味があんだよな」
シンはまた紅茶を一口。
「相変わらずフィーリングで生きている方というかなんというか。言わんとしていることは分かりますよ。強さの質が変わってきますからね、作る方は兵に向き、育てる方は将に向く」
それだ、と言うよにドグは指を鳴らす。
「しかし無駄ではありませんよ。魔獣の放逐は人間を適度にコントロールし、現に彼らは弱者を狩ることに慣れ、単一の強さを失いつつあります。材料と時間の割合を整えれば群を作ることも容易。素晴らしい研究でした」
「ほう、武を重んじる姿勢は王から学んだお前としては、奴らに将が生まれ難い状況は本意でないのかと思ったぜ」
少し答えに間を置く。表情は分からないが、彼なりに思う所があるようだった。
「そうですね。日々の研鑽を活かせないということに行き場のない感情はあります。しかし私たちはいまだ道半ば、これからくる大局のことを思えば、一時の思いに流されてはいけません。私たちはかの王を頂く身、個は生かせども放してはならず」
そうかいそうかい、とドグは立ち上がり、扉の前に立つ。
「また聞きに来るさ」
「経過は?」
「死んだら死んだ。実験体に手を加えれば結果に影響を及ぼすからな」
そう言い残し、ドグはその場を去った。
さて、とシンは紙とペンを取り出す。
何かをぶつぶつと呟きながら戦況を子細に記録し始める。生み出した魔獣の数を書き連ねているようだった。
「個体に練り上げる際、生じる魔力の分離が全体の二十八パーセント、それが魔獣に変換されるのはうち二十パーセント。残りは巣穴の形成と行き場を失った魔力のモヤとなるようだ・・・上々とは言い難いな」
生成プロセスも書き連ね、ペンを置く。
ここからが本番だ。人類よ、如何にする。
思惑が渦巻くその先、あれからいくらかの時が流れ道連れは三人に増えていた。
焚火を囲む四人。
「・・・」
ランは遠い目で三人を見ていた。
「聞きなさい。エンジ、魔物に情など必要ありません。すべて焼き払うイメージを持つのです。そうすれば私たちケーズの民のようにあらゆる者を寄せ付けない強き戦士となるでしょう。ですよね、火の精霊様」
「別に情があるわけでは・・・」
「いいや、エンジ!聞け!お前は誰よりも優しい男だ。お前の仲間を重んじる心は火の暖かさのようだぜ。だから周りを照らし包み込むイメージを持つべきだ。だろ?精霊様」
「うーん、そうなのかなぁ」
困り顔をするエンジの下で、これまた困り顔でおろおろと二人を見る火の精霊がいた。
四人になってから数日、いつもこんな調子だ。ランはため息をつく。
「ボット、あなたがクラの時期族長とは聞いてあきれ果ててしまいますね。西部の諸部族はどこよりも強くあらねばなりません。寛容さは時に民を殺しますよ」
まるで寝ているかのような薄目の、長い白髪をした物語のエルフを思わせる美しい女性は、ケーズ族の若手を取りまとめる戦士長を務めるジル。
「時代は移ろい強さの質は変わってきている。筋肉は裏切らねぇが、必ずしも最適とはいかねぇもんだ。防御こそ最大の攻撃、なんて日が来ることも視野に入れなきゃだぜ」
黒髪の短髪、そして実践向けに鍛え抜かれた筋肉を持つ男はクラ族の鉄砲玉こと、ボットだ。
彼らはそれぞれの部族を回った先で出会った、次の世代を担う若者たち。
ランはカジンの提案に則り彼らと今まさに魔物のねぐらへと向かっていた。
「まとめよう」ランが口を開く。「私が後衛に立ち、風の加護で対多数を担う。ジルは槍術に秀でているから少数戦を、ボットの格闘術と防衛能力は格上に有効、不安はそりゃあるけど、エンジが気負う必要はないの」
それぞれの意見が飛び交い、混線する。
まだまだ四人の長い夜は続くようだった。




