99.滅亡に抗う者たち
「どうも。お久しぶりです……というほど、時間は経っていませんが」
その声の主……“騎士団長”アーサーは、ヴァリアへ降り立った竜へそう声を掛ける。対してその“竜”……竜の姉妹の次女であるティアマトは、その長い首をアーサーへ一瞬だけ向けると、すぐに“アジ・ダハーカ”の方へと向き直る。
いつものように笑顔を見せているアーサーの前へ、ジーク達がティアマトの背から降りてきた。流石にみな疲れているようだが……それでも、戦う意思は消えていない。
「そちらの方々も。しばらく顔を見ませんでしたが」
「いーっ、だ」
相変わらず……と言うべきか、リュートはアーサーとは手を結び気は無いようで……騎士団著の言葉に挑発的な表情をしてみせる。……ただ、それでアーサーの態度が変わるかと言えば変わらないのだが。
そんな騎士団長の姿を見て、アルディートが甲冑の下から声を出す。
「……あいにくだが」
「えぇ。分かっています。今は──争っている場合じゃない。“敵の敵は味方”、という言葉もありますし」
魔物達が想定したよりもアーサーは冷静で、この状況を正しく認識しているようだった。“聖剣”を持つ騎士団長の存在は、未だアルディートやリュート、アリアにとって脅威であることに変わりは無いようだ……と。
「アーサー、なぜここに?」
「それは──」
ティアマトから降りたジークが、他の竜の姉妹達を背景に、騎士団長へと話しかけた瞬間のこと──。
「──」
辺り一帯──いや、ドラゴニア中に響き渡る深いな音。聞くだけで精神がおかしくなりそうな轟音。それは……高くもあり低くもある……竜の咆哮。
「クソッ、またか──」
ジークやアーサー、魔物達はその耳障りな音に思わず耳を塞ぐ。その“咆哮”が竜達に与える影響は人のそれより大きいようで、リヴァイアサンやファフニールは……その場にうずくまる。
「……苦しい」
「……ちくしょ、動けねぇ……っ!」
か細い声で竜達がそう告げるなか……ジーク達に更に“揺れ”が襲いかかる。
「何が起こって──」
困惑するジーク。だが──冒険者は、すぐに“何が起こっているのか”を理解する。
ジークらを呑み込む……巨大な“影”。いや……ジーク達どころか、ヴァリア王国すら呑み込むほどの巨大な影が、冒険者の視界に入った。
「──ドラゴニアの皆さん、ごきげんよう!」
続いて……轟音と共に響く、男の声。
「これが運命、これが奇跡、これが竜なのですッ!」
「……エリュシオン……ッ!」
ヴァリア大陸──かつて最も平和だった大陸に……その“影”が降り立った。
巨大な竜……アジ・ダハーカの脚が大地にめり込み、地面を激しく隆起させる。ちょうどその場所は……ヴァリア王国の真正面……かつてフォル村があった位置だった。
「さぁ始めようではありませんか──新たな世界を──竜の時代をッ! 今、ここからッ!」
アジ・ダハーカの咆哮に乗せるようにして、ドラゴニア中に流れているエリュシオンの声が、宝に宣言すると同時に──真っ黒な体を持つ“竜”は──山よりも大きな翼を広げ、空へ向けて叫んだ。
その“咆哮”に影響されるようにして──アジ・ダハーカの上空の空が“裂ける”。文字通り、空に亀裂が入ったような状態で……その“裂け目”からは、紫色の怪しげな光が漏れていた。
「……あれは」
“裂けた空”を見て……立ち尽くすジーク達。いや……冒険者だけでは無い。ドラゴニアに生きるあらゆる存在が……その“空”を見ている。
空に空いた裂け目から漏れる光。その空から──“何か”が虫のように沸いてくる。
真っ白な体に、大きな翼。アジ・ダハーカと比べれば羽虫のような大きさだが……人間の体の数倍はありそうな肉体を持つ……存在。
「……気味の悪ぃモンを出しやがる」
「ジーク。あなたは見たことがあるでしょう? かつてヴァリアで討伐した……」
「“竜もどき”か? だがあいつは……」
ティアマトが一歩前に出て……裂け目から現れる白色の竜達を見る。
「えぇ。とても、竜には見えない姿でしたわ。けれど──ヴリトラ……彼女の力で、竜の力が与えられた、と考えたらどう?」
確かに──ティアマトの言っている事は道理が通っているだろう。アジ・ダハーカは、紛れもない竜ではある。
ただ。その仮説が正しいとしたならば。ジークの脳内には……恐ろしい考えが浮かぶ。
「……あの一匹一匹が……本当に……“竜”だとしたら──」
ジーク達の視線の先にある“裂け目”からは、既に無数の“白色の竜”が沸いて出てきている。 ジークは……竜の姉妹の近くに居たからこそ……理解している。竜の強さや、あるいは竜の怖さを。
もし、アジ・ダハーカの上空を羽虫のように飛んでいる、無数の“竜”がティアマトらと同等の力を有しているとするならば。
冒険者は……思わずたじろぐ。いくら竜の姉妹が居ると言っても……あれだけの数には敵わないだろう。
「……どう、すれば」
圧倒的な状況を前に、思考の回転が鈍るジーク。そんな冒険者の肩を……アーサーがぽんと叩く。
「ご安心を。こちらも、策を講じていないわけではありませんよ」
「……策ったって……流石にこれは……」
騎士団長の言葉に、半信半疑なジーク。しかし、そのアーサーの顔は……絶望どころか、希望に満ちた表情をしている。
「……ジーク、あれを」
冒険者の横に立つティアマトが……何かに気づいたようにヴァリア王国の方を指差す。その竜の姉妹の次女が見ていたものを……すぐにジークも確認した。
「……アーサー、まさか……」
「えぇ。その──まさかです」
ヴァリア王国……その正面に築かれた、堅牢な要塞。そこに設けられた“門”から……無数の人影が隊列を組んで動いている。
その“人影”の姿を多種多様。ヴァリア騎士団の者も居れば、ドワーフも居れば……帝国の兵士も居る。
「苦労しましたよ。利害の異なる方々を一つの指揮系統の元に置くのはね」
アーサーは腰に付けた鞘から“聖剣”を抜いて……アジ・ダハーカ……もといエリュシオンの方向へ向ける。
「魔物を倒し、世界を救う。反撃の時です──人間の底力を、見せつけようではありませんか」




