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96.エリュシオン

 魔島(まとう)に浮かぶ空中宮殿。その周囲で、魔軍の長と手を組んだリヴァイアサンが激闘を繰り広げるなかで……“宮殿”へ乗り込んだ冒険者達は──“それ”と出会った。


「……あんたの目的は……何だ」


 ジークはそれ──バハムートの炎で焦げた黒装束を身に纏った……エリュシオンへ剣を向けながら……そう呟く。

 バハムート……もとい竜の巫女が“黒装束”を見る目も……敵意に満ちている。そこに、情けも、優しさも……情というものは一切合切含まれていない。


「おや、言ったでしょう? 私の目的は──ただ一つ。それは今も……変わっていません」


 そう高らかに宣言するエリュシオンは──その“手”の平を少女へと向ける。次第に、その手に光りが集まりだし……バハムートへ向けて“魔法陣”が生まれるが──。


「──させないッ!」


 エリュシオンの背後。おそらく──彼自身が想定もしていなかった……“背後”から、黒装束へ向けて二本一対の雷撃が飛ぶ。

 それに続いて、宮殿……その祭壇跡に、新たに二つの影が現れた。


「……ほう、ファフニールですか」

「──ご名答、です」


 ファフが小さな、けれど冷たい声色でそう告げると──ジーク達の前に飛び出してた“ファフニール”が、再度雷撃を放つ。しかし──エリュシオンは自らの体を隠し……それを躱した。

 再度、同じ位置に姿を現し……祭壇の上に“浮遊”しているエリュシオン。“竜の雷撃”が直撃したにもかかわらず……少しその装束に傷がついている程度で、血を流した様子は無い。


「いやはや──思い違いをしていたのですよ、私は。それこそ……取り返しのつかないほどのものを、ね」

「……そうかい」


 警戒を解かない冒険者。それはバハムートら竜の姉妹(ドラゴン・シスター)も同様であったようだ。

 膠着状態。罠を恐れ手を出せないジーク達と……エリュシオンのにらみ合いが続く。その男……黒装束の“語り”が流れる中で。


「思ったのですよ。なぜ──ティアマトさん達が居てもなお……アジ・ダハーカ……あるいはヴリトラ様が顕現されなかったのかと」

「知らないし、知りたくも無いね。お前さえ倒せば──“滅びの竜”とやらも大人しくなるんだろ? じゃあ、やるべきことは決まってる」


 強い語気でそう告げるジーク。かつて──ヴァリアを旅立った頃と比べると……格段に力も、心も……強くなった。そんな冒険者の姿を見て……少女……バハムートも、力を入れ直す。


「ここまでじゃ。あいにく……そやつを蘇らせることは叶わぬ」

「“叶わぬ”、ですって? ……ははっ。どうやらあなた方は──何も知らずにここへ来たようですね……くくっ」


 バハムートの言葉を聞いたエリュシオンは、それまでの態度とは打って変わって急に口角を上げ──笑い出した。ジーク達は、そのあまりの様子の変わりぶりに驚く。


「……何がおかしい」

「……いやはや……運命とは数奇なもの。運否天賦、あぁ──竜に感謝しようではありませんか。何も知らない──無垢な彼らをここに巡らせた──竜神(りゅうじん)に」


 ──高らかに告げるエリュシオンが、その両手を天に向けて掲げると……空気が震え……“空間”が揺れる。

 空中に浮かぶ宮殿の周囲を飛ぶティアマトも……更に遠い場所で魔物と戦うリュートやリヴァイアサン、アリアも……その“振動”の影響を受けていた。


「……な……っんだ……これはっ……」


 ジークは、精一杯力を振り絞り、その手を動かそうとする。だが……脚も体も頭も……その全てが、冒険者の意思とは反対に……岩のように動かない。


 それは、魔島(まとう)周辺の全ての生命体も同様だったようで──空を飛んでいる魔物ですら……その動きを止めていた。


「さぁ──ご覧に入れましょう。これが、これこそが──」


 高笑いをしながら、エリュシオンは更に手を高く上げる。それに応じて──冒険者達を拘束する揺れも……次第に強くなっていた。


「──竜の、力なのですッ!」


 エリュシオン……黒色の装束が、巻き起こる突風に揺れる。それの高笑いする声が……歪む。

 ジークの視界は……ぐるぐると螺旋を描く。失われていく平衡感覚に……冒険者は思わずえづく。

「……頭が……割れそうじゃ」


 だが、そんなバハムートの声も、冒険者の聴覚には歪んで聞こえ……内容を判別することができなくなってしまっている。ティアマトの咆哮も……魔物の叫びも……全てが歪み、溶けていく。


「う……ぐっ」


 しかし、どれだけ苦しくても……体が動かないのでは、その場に倒れ込むことすら許されない。ジークは思う。これが──エリュシオンの持つ……力。


「……く、クソッ……」


 どれだけジークが力を込めようと……指一つすら動かない。このまま──エリュシオンの術中に囚われるのか。


 そう考える冒険者の横を──。


「……え」


 “影”。それは、一筋の影。

 ジークの横をかすめたその素早い“影”は、エリュシオンが対処をする前に──黒装束へ斬りかかる──が。


「……ふん」


 その“影”の剣は……黒装束の体を貫通するどころか……切り傷ひとつつけることすら……叶わなかった。しかしそれでも……冒険者達を襲っていた、“空間の揺れ”は止まったようだ。


 息を切らしながら……その場に崩れ落ちるジーク。かろうじて片膝で立っている冒険者は……その“影”の姿を見て……驚いた。


「……なぜ、あんたが」


 黒色の鎧。まるで生物のようにうねる剣。それは──魔軍の長……アルディートの姿。


「……こちらが聞きたいものだ。貴様ら……“魔島(まとう)”へ|行ったのでは無かったのか《・・・・・・・・・・・・》」

「……は?」


 アルディートの言葉に、思わず困惑するジークだったが……。


「……信じられぬが……信じるしか無いのじゃろう」


 バハムートの言葉を聞いて……冒険者は、少女が向いている方向へと向き直る。そこに見えたのは……堅牢な城郭の姿。だがその姿を……ジークは知っている。


「嘘だろ、あれは──」


 目を見開く冒険者。ジークは、これまでの事で……超常的な事であったり、あるいは非常識的な事柄に慣れていた……つもりだった。

 しかし……冒険者は……信じることが出来なかった。先ほどまで自分が立っていた魔島(まとう)が……。


「──ヴァリア。世界再誕の場としては最適、でしょう?」


 ヴァリア王国の見える位置。すなわち……ヴァリア大陸の目と鼻の先に……魔島(まとう)が移動していた……ということを。

 エリュシオンは告げる。力強い声で。まるで……雄叫びのような声を上げながら。


「さぁ──アジ・ダハーカよ。この者──」


 その黒装束の指が動く。示す先は──。


「“巫女”に通じ、顕現せよッ!」


 たじろぐバハムート。手を伸ばしたジークは急いで地面を蹴るが──その手が掴んだのは……ただの虚空(・・)であった。

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