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95.黒色の要塞、“魔島”

 ──駆ける。駆ける……駆ける。黒に染まる空を、これまた“黒い鱗”を持つ巨体が、“魔島(まとう)”目がけて空を駆けていく。

 ジークらを乗せたその“巨体”……ティアマトが降下していくにつれて……冒険者の視界に……明らかに異質な物体が、一瞬だけ目に入った。


「──あれ、は……」


 風よけとして額に手を当てるジークは……目を細めながら“それ”を見た。まるで“壁”のようにして立つそれは──アジ・ダハーカ……あるいはヴリトラの卵。

 冒険者は、その姿を遠目からみてなお……悪寒を感じていた。その“卵”の周辺は、どんよりとした灰色の雲に覆われていて……ジークの見てきたどんな光景よりも、まがまがしいものだった。


 だが、ティアマトの降下する速度の前では……そんなことは一瞬の間の出来事に過ぎない。なぜなら──。


「……マジかよ」


 ジークが思考を巡らせているその……わずかな間に、既にティアマトは雲を抜け……魔島(まとう)の近くへその姿を現していた。

 とはいえ、冒険者が驚いたのは、その事実ではない。彼はティアマトの素早い速度に驚いたわけではなく……。


「……まさか、これほど(・・・・)だとは」


 ──魔島(まとう)。ドラゴニアの中心に位置し、かつては“魔軍(まぐん)”の根城になっていた島。いずれにせよ……冒険者や竜の姉妹(ドラゴン・シスター)達にとっては、因縁深い場所であったのだが──。


 今では、その島の上空では竜と“魔軍の長”が、魔島(まとう)を守る“竜もどき”の魔物をひっかき回し……まるで戦争のような絵面を呈している。

 リヴァイアサンは、その巨体に物を言わせ……竜の形を模した魔物をひと思いになぎ払う。対して魔軍の長──リュートやアリア達は──“影”と“血”の力を駆使して──魔物を蹴散らしている。その証拠というわけではないが……空を縦横無尽に動いてる……“影”の姿があった。


「──」


 まさに地獄。そんな──あまりに衝撃的な光景のなかを──ティアマトの翼が突っ切ってゆく。 その、魔物達と竜が戦っている向こう側……アジ・ダハーカの眠る卵の傍に浮く……“空中宮殿”へと。


「行けるか、竜娘(りゅうむすめ)

「誰に聞いておる? ──当然じゃ」


 ジークに問いかけられた少女──バハムートは、自信ありげに微笑んで見せた。その赤色の髪を持つ竜の少女は、以前のような自信を取り戻したのかもしれない。あるいは……妹たちの存在が、彼女を強くしているとも考えられるだろう。


 いずれにしろ──既にバハムートは、その拳に燃えたぎるほどの赤い“炎”を宿している。ともすれば……いつでも魔物を退けられるように──エリュシオンを殴り飛ばせるように、臨戦態勢をとっていた。


 ジークも、その少女の姿を見て、自らの腰に収めている剣の柄に触れる。そんな……冒険者の震える手を……ファフが握った。


「……大丈夫です……きっと」


 その言葉に、ニールも無言で頷く。そんなやり取りをしている内に──ティアマトは、魔物の群れを突破して……空中宮殿の目の前まで来ていた。 その翼を上下に動かして……その場に留まっている。


「……あいつのことだ……何か罠を仕掛けているに違いない」

「同意見じゃな。なにせ、あれほどいけ好かぬ輩じゃ。なにをしようと不思議ではなかろうて」

「どうする、ティアマト──」


 ジークが“足元”の竜にそう問いかけると……竜は言葉の代わりに……“行動”で返答して見せた。つまり、だ。


「おいおい──」


 ティアマトは雄叫びを上げたかと思うと──そのまま、“宮殿”へと突っ込んでいく。ジークは剣を抜き……バハムートは拳を構えたが……しかし、彼らの予想に反して、何も起こることは無かった。


 拍子抜けしつつも、決して警戒は解かずに……ジーク達は宮殿へと降りる。ティアマトは、すぐに逃げることが出来るように……竜の姿のまま、

“宮殿”の周りを旋回していた。


「……相変わらず、不気味な場所だ」


 ジークの目に映るのは、以前よりもさらに不気味になった宮殿の景色。廃墟であるところは変わって居らず、祭壇も壊れたまま。……この黒い空と濁った空気がそうさせるのだろうか……。


 冒険者達は、そのまま人気の無い広間……彼らの降りた場所を進み、以前訪れた“祭壇”へと辿り着いた。しかし……変わらず、エリュシオンの姿はない。聞こえるのは、竜と魔物が戦う激しい音と……リヴァイアサンのうなり声……リュートの高笑いぐらいだろう。


 ジークはふと、バハムートが“卵”を見ていることに気づいた。冒険者も……思わずそれを見上げる。

 天高くそびえる……巨大な“卵”。リヴァイアサンも大きな体を持っているが……その何十倍もの大きさがある。その中に眠る“破滅”の竜は……しかしティアマト達と同族の、竜であるのだ。


 ファフニール達は別の場所を調べているが……彼らにとって“同族”であるアジ・ダハーカと……戦わせたくは無い……というのがジークの思いだ。


「……なぁ」

「何じゃ。言いたいことがあるならはよう言え。あやつを探さなければならんからの」


 ジークは……少し離れた場所に居る少女……瓦礫の上に立って空を見上げていバハムートへ、声を投げかける。


「……巫女……について、何か思い出せたのか?」

「……」


 冒険者の問いに対して……少女は黙ったままだ。返事が無いことを“聞かれたくないこと”であると捉えたジークは、そのままエリュシオンの捜索に戻ろうとするが……。


「──巫女。わらわは、確かに、そうじゃった。バハムート……その竜に捧げられし……ヒト」

「……それは」

「わらわは、バハムートの力を借り、人々に豊かさをもたらした。繁栄を作り出した。じゃが……」


 少女は、空へ向けていた顔を、下へ向けて……手のひらを握る。


「……それを恐れた人間や……竜の力を快く思わなかった者たちによって……わらわは祭壇へ捧げられた。ま、竜の去った時代の話じゃし、無理も無いとは思うがの……」

「……竜娘」


 そこまで言った少女はというと、それまでの暗く重い声色が嘘であるかのように……冒険者へ満面の笑みで向き直り……続ける。


「じゃが……それでも、こんなわらわを……ティア達は“姉”だと言ってくれた。それが……嬉しかったのじゃ……どうしようもなくの」


 少女の表情は嬉しそうなものだった。思えば──自分の存在を否定され、自分のルーツが不確かになってもなお……それを受け入れ、“竜の姉妹(ドラゴン・シスター)”という居場所がある……それが、どれほど素晴らしいことなのか……バハムート、もとい“巫女”は、まさにその身を通じて理解したのだろう。


「──なるほど、なるほど。涙が溢れそうになるほど──素晴らしいお話ですよ」


 ──冒険者達の聴覚が訴える。“危険信号”が、冒険者と少女の体内を駆け巡る。瓦礫の上から飛び退いた少女は……ジークと体を密着させて……その拳を構えた。

 ジークも鞘から剣を抜いて……真っ直ぐに構える。その刀身に刻まれた紋様からは……仄かに赤い光が出ていた。


「……エリュシオンっ!」


 ジークが叫ぶ。すると──拍手の音と共に……崩れた“祭壇”の上に、それは姿を現した。以前冒険者達が見た時と、全く変わっていない服装。全身を黒に包んだ──エリュシオンの姿。


「お久しぶりと言うべきでしょうか? ジークさんに──」


 ──消えた。“黒装束”の姿はかき消え……その所在を隠す。ジークは──辺りを警戒する。“影”か──“魔法”か、あるいは──。


「──“竜の巫女”よ」


 ──上だ。ジークの頭が判断を下す。考えるよりも速く──冒険者の腕が動く。剣を持った手は──少女を守るような軌道を描きながら──エリュシオンの“手”を、受け止めた。


「──っ」


 エリュシオンの動きが一瞬停止する。だが──少女……バハムートにとっては、その一瞬で十分すぎるほどの時間だったのだ。

 少女の素早い拳が、炎を伴って“黒装束”に放たれる。その攻撃を喰らったエリュシオンは……先ほどの位置に戻っていた。


「……これは」


 黒装束は、自らの手を見て……軽く驚く。手のひらから流れる血と……自らの装束を焦がした炎の跡。

 ジークは……そのエリュシオンへ、剣の鋒を向け──。


「もう──やらせはしねぇよ、エリュシオン」

「……ほう」


 打って変わって、鋭い目つきで冒険者達を見る黒装束。バハムートと並び立つ冒険者の腕は──。

もう──震えていなかった。

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