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94.いざ、空へ

 ──空。かつては、どこまでも青色が広がっていたその場所も……今となっては黒一色に染められている。

 そんな……“黒い空”を抜けて……飛び立つ翼が一つ。その翼を持つ存在も、この“空”と同じく──体の表面を黒い“鱗”で覆われている。


「へぇ、けっこーいい景色じゃん」

「……ちゃっかり乗って来やがって」


 その竜の“背”……空を駆ける“ティアマト”の背中には、ジークら冒険者と……一時休戦状態となった“魔軍の長”……リュートの姿があった。 魔物少女は……嘘偽り無くこの光景に驚いているようで……その顔は、ジーク達も見たことの無い表情をしている。まるで……新しいおもちゃを買い与えられた“子供”のように。


「で、力を貸すのはお前だけか? 包帯野郎」

「んん? そろそろ来るはずだよ──おチビちゃん」

「……あぁ?」


 リュートにからかわれた“リヴァイアサン”は……魔物少女へと近寄っていく。先に煽ったのは彼女……リーヴァの方ではあるのだが……しかし、リュート以上に青髪の竜が腹を立てているようだ。 リヴァイアサンはリュートが気にくわないのか……魔物少女の腕を掴もうとするが──。


「ほら──来たみたいだよ」


 その“リーヴァ”の手は……リュートの周囲に現れた“黒い影”に呑まれる。青髪の竜は、すぐさまその場から飛び退いて……自分の手の感覚を確認した。


「遅かったじゃん──アリア」


 そう呟く魔物少女の周囲の“影”が集まり……次第に人の形を成していく。そこに現れた姿は……ジークらも見知ったものだ。


「……あなたが、空を飛ぶと言えばいいものを」「えぇ~? ボクのせいにする気? ま、いいけどさ」


 “影”から姿を現したアリア。ジークは……そんな魔軍の長達の姿を見て……疑問が浮かんだ。


「……あの魔物は……お前らが生み出したのか?」

「……あら、そう見えるなら腹立たしいわねぇ。あいにく──“アイツら”は私たちにさえ襲いかかる……となれば、“誰”によって生み出されたのかは明白でしょう?」


 エリュシオンか、とジークは思った。冒険者がふと……アリアの体を見ると、腕や脚には切り傷がついており……服もところどころ破けている。

 戦闘の跡と思われるその傷跡たちは……今となっては魔軍の長ですら、魔物に襲われる身となったことを示していた。


 ジークは思う。仮にエリュシオンを倒せたとして……彼女たちはどこへ行くのだろうか……と。

 今まで魔物を率いて冒険者達の前に立ちはだかったのも……全てエリュシオンがそう“作った”……のだとしたら。


 目的を失い……意味を喪失した彼女たちに……行くべき所があるとは考えられない。

 冒険者は……自分がいかに甘い事を考えているかも理解している。しかし、それでも彼は思うのだ。


 自分の目の前で、互いに文句を言いながらも“戦い”に備える魔軍の長の姿は……ともすれば、人間と同じように見える。それは……ティアマト達が人の姿を模しているのと、何の違いがあるのだろうか──そんな考えが冒険者の頭の中で逡巡しているとき……。


「……そろそろ、だよ。この雲を抜ければ……魔物が山のように押し寄せてくる」


 ファフニールの“片割れ”であるニールが、冷静に告げた。それを聞いた“魔軍の長”たちは、その場から移動して……ティアマトの背の端へと動いた。

 だが、そこに立つ影は……三つ。


「──俺もいくぜ」


 リヴァイアサンが……リュートの横へと、いつの間にか移動していた。アリアは表情一つ変えず……リュートはリーヴァを笑う。


「えぇ? なんでキミが──」

「──お前らの監視だ。それに……そのにやけ面が信用に値するのか……俺の目で見極めてやる」「……好きにしなよ。ま、生きようが死のうがボクの知った事じゃ──」


 そこまで言って──リュートは自分よりほんの少し小さいリヴァイアサンの頭の上に手を置いたかと思うと──。


「──ないってね」


 次の瞬間──華奢な魔物少女の体は──空の下へと真っ逆さまに落ちていく。重力に囚われた

その小さな体を追いかけるようにして……ため息をつきながらも……アリアが飛び込んだ。


「お、おい、お前ら──」


 ティアマトの背から下を覗くジーク。だが既に、魔軍の長たちの姿は……雲の中へと消えていた。 そんななか。突如、冒険者や──ティアマトの姿までもが──“何か”の影の中に落ちる。


「……何だ?」


 自分の足元が暗くなっている……いや、周囲すべてが暗がりの中に入っていることに気づいた冒険者は……ふと上空を見上げる。

 すると──。


「──」


 胎動する巨体。巻き起こる突風。ティアマトの横を通るようにして“落ちていく”その巨体──リヴァイアサンは、その体を蛇のようにしならせて……また雲の中へと消えていった。


「っ! 相変わらずむちゃくちゃだ」


 体が吹き飛びそうになるところを耐えた冒険者は……思わずそう呟く。

 だが……そんなジークの手を、ニールがすかさず掴んだ。


「離さないで下さいね、ジークさん」

「……え?」


 突然のニールの言葉に困惑するジーク。ふとその後ろを見ると……ファフが“頑張れ”とでも言いたげな表情で冒険者を見ていた。


「──ティア姉さん! お願いします!」


 ニールの叫びが、空の彼方までこだまする。その声を耳にしたティアマトは──漆黒の鱗を身に纏いながら──甲高い雄叫びを上げ──。


「おいおい、嘘だろ──」


 たじろぐ冒険者をよそにして……その体を、雲の中へと真っ逆さまに“落下”させる。

 その厚い“黒”の下に待つ──エリュシオンの居城を目指して。

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