91.人類最後の砦、ヴァリア
「──敵多数確認ッ! 防御陣形を取れぇッ!」
太い声が辺りに響いた。真っ黒な空の下──無数の“魔物”を前に叫ぶのは……騎士団を追い出されたはずの、ランスロットの姿。
そう──ここはヴァリア王国。かつて魔物が最も少なく平和であった大陸は……今では、安息の地を求める人々で溢れていた。
そして──人がそこに集まっているということは……エネルギーを求める“魔物”が集まってくる、ということ。
「で、ですがランスロット副団長! これ以上は防壁が……!」
「弱音を吐くなッ! 我々は──民を守る“盾”だッ! その身朽ちようとも死ぬ気で“王国”を死守せよッ!」
力強いランスロットの言葉が辺りに響き……さっきまでの兵士は再び“敵”へ向き直った。
その者だけではない……多くの兵士が勇気づけられたようで……ヴァリアを襲う無数の魔物に対峙しようとしている。
その指揮を取るランスロットの後方──ヴァリア王国の城門前に急造された防壁……その指揮所から戦場を見る……アーサーの姿。
そして、その指揮所には……“竜”の姿もあった。
「では──わたくしは行きます。皆さんは、ここを守って下さいまし」
「ま、待ちなよ……ティア姉さん──」
ファフニールの片割れであるニールが“ティア”を呼び止めたが……竜の姉妹の次女である彼女は、そのまま外へ飛び出していき……兵士の隊列の最前線へ位置取った。
「……アイツ、姉貴が消えて焦ってんなぁ」
「……こら。お姉ちゃん、でしょ?」
「るせーよ、ファフ姉──」
ガツン、という鈍い音が響いた。……珍しく、ファフがリヴァイアサンを叱る音だ。末っ子である“リーヴァ”の頭には真っ赤なたんこぶができている。
「……良いのですか? お姉さんを探しに行かなくて」
「……さてね。ティアがどう考えてるかによるが……な」
頭を抑えながら……しかし冷静な声色でそう言って見せたリヴァイアサン。ファフニールも互いに顔を合わせ……ばつの悪そうな表情でアーサーを見る。
「……いずれにせよ……今、あなた方が力を課してくれるというのなら、心強い。“竜の信徒”が消えたヴァリアを守るには……僕一人だけでは心許ない。……それに、です」
アーサーは、指揮所の椅子から立ち上がって、防壁の上の部屋から出た。そのまま……“元騎士団長”は、急ごしらえの“壁”を崩そうとする魔物達を見る。
獣のような叫び声は以前と同じ。しかし……その魔物の姿は……かつての様相とは全く異なる見た目をしていた。
“影”のように真っ黒な見た目に……竜のようなトカゲの姿。
“卵”の出現と共に世界中に現れた“新たな”魔物は……みな、この姿をしていた。それはまるで……“まがいものの竜”のように。
「……“アレ”のことを知りたい……そう思うのは、あなた方も同様でしょうしね」
アーサーは……竜のような見た目の魔物を見てそう言った。今にも崩れ落ちそうな防壁を守るため……残りの竜の姉妹達も飛び出していった。
それとほぼ同じ瞬間に──爆発音のような轟音と共に──“壁”が、崩れる。
まだ正面を守る“急ごしらえ”の部分だけだが……おそらく、ここだけでは止まらないだろう。
雪崩のように押し寄せる、黒い魔物の軍勢。それに対峙するは……新・ヴァリア騎士団の大きな盾を持つ兵士達の列。
兵士達もかなりの数……その隊列がまるで“鉄の塊”に見えてしまうほどの数が居るが……しかし、“黒の濁流”となって襲いかかる魔物達に対しては……あまりに無力。だがそれは……この場に“人”しか居ないと仮定すれば、だ。
「──来ましたのね、あなた達。まぁ……こうなるとは思っていましたが」
動乱。辺りに漂う……血の匂い。まさに“なだれ込んできた”魔物達を──竜の姉妹が迎え撃つ。
その長女であるティアマト……彼女が振るう大剣が、あまたの魔物を斬り伏せた。華奢な腕から放たれたとは思えない“力”が魔物達へ向かうが──しかしそれでも……“黒い竜”の数は減らない。
「姉さんだけだと無茶をするだろうし……ねっ!」
「あぁ、何より……姉貴だけに“手柄”は譲らねぇ──」
そこまで言って、ファフがリーヴァの頭を叩く。末っ子であるリヴァイアサンの普段の態度からすれば反抗しそうなものだが……意外にも、ファフに怒られた少女は……ティアを一瞥して“敵”へ向き直る。
「……」
対してファフは──自分へ近づく魔物──ひいては城壁を崩そうとする存在に向けて──手のひらを大きく開いてその方向へ向けた。
すると──一瞬のうちに、その“手”から雷がほとばしり……周囲の魔物をなぎ倒す。
ニールもリヴァイアサンもそれに続いて──“ファフニールの片割れ”は雷を、“生意気な青髪の少女”は水の渦を生み出す。
そのコンビネーション──水と雷の相乗効果によって──魔物は数を減らしていく。とはいえ……前線に出てきた魔物が死ねば、今度は奥から新たな“竜のまがいもの”が補充されていく。
「……キリが無いね……これじゃ」
半ば吐き捨てるようにニールがそう呟く。実際──新たに現れた“黒い魔物”の力は増している。無論、耐久性も同様に、である。
“竜と言えども限界がある”──そう竜の姉妹達が思った瞬間のことだった。
空から──真っ黒な空から……まばゆい“光”がヴァリアの城門へ降り注ぐ。
「──な、何だよ、こりゃあッ!」
「わかりません。ですが──警戒を──」
そこで……ティアマトの言葉は途切れる。何事か……そう思い、ファフニールとリヴァイアサンはティアマトを見て……長女と同じ光景を目にした。
「姉……さま」
ティアマトは見た。その視界におさめた。淡い光の中──見知った顔の冒険者の横に立つ──。
かつて別れた、姉の姿を。




