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90.変貌した世界

「……おぬし、まさか……」

「……」


 ケントニスの“崖の村”。かつて冒険者達が“古代村”で出会ったマーリンの姿を見て……バハムートは、思わず困惑の言葉を口にした。

 対して、老婆の姿の上に黒い装束(・・・・)を纏ったマーリンは……神妙な面持ちで口を開いた。


「かつて存在した……“魔道士”の生き残り。それが……私たち“竜の信徒”の正体です」


 そう言って、“村長”は、胸の前に手のひらを差し出した。すると……その甲から、淡い紋様が浮き上がり……そしてそれは、竜の頭の形を模していた。


「……エリュシオンが言ってたヤツか」


 ジークは、自分の記憶を思い起こす。“魔物”という存在を作り出した張本人であり、かつ異常なまでに竜に固執する強力な存在。

 エリュシオンがその“力”をもってして、アルディートやアリアを“複製”してみせたことは、冒険者の記憶にも新しい。


「……はい」

「……なぁ、教えてくれ。エリュシオンは……いや──魔道士は……一体何者なんだ」


 強く……切実な表情で訴えるジーク。その男の隣に居る少女……バハムートも、黙って首を縦に振った。

 マーリンは、二人の決意が固いことを察すると……ジークとバハムートを椅子に座らせ、言葉を紡ぎ出した。



 ──かつて。まだドラゴニアに竜が居た頃の……遠い昔の話。空も大地も海さえも……世界の全てが竜の“炎”によって燃えていた時代。


 人間は竜を信仰の対象とし……竜も人間を庇護の対象とし……互いに共存の道を歩んだ。それは……両者が全力でぶつかれば、世界が終わってしまうことを理解していたからだ。


 共に同じ世界に住む生命。ゆえに、種として手を取り合う。まさに平和な時代だったが──。

 全ての人間が……竜と共存の道を歩んだわけでは無かった。


 時に竜は、その強大な力をもってして奇跡を起こして見せた。凶作を豊作に変え、人を脅かす獣を力によって威嚇し、竜の威光によって、世界は調和を保っていたのだ。


 だが……人間の中から、その強大な“竜の力”を求める者達が現れた。彼らは部分的にその“力”を利用する術を生み出し、それを──“魔道”と名付けた。


 そうして誕生したのが……魔道を操り……力を手にした人間……“魔道士”だった──。



「……欲深いものじゃ、まったく」


 マーリンの話を聞いて……バハムートはそう言った。ここで“知っている”と言わなかった辺り……彼女が竜でないということは、真実なのだろう……。

 対してジークは……更に疑問が生まれたようで……訝しげな表情でマーリンへ問う。


「……それじゃあ……あんたは」

「……はい。お察しの通り……“魔道士”の子孫にあたる者……それが私です」


 その言葉を聞いた冒険者は……それほど驚いてはいないようで……。


「……なるほど、な」


 今まで謎だったマーリンの素性。やけに“竜”に詳しかった古代村の村長の正体としては……納得がいくうえ、不自然では無い。

 ティアマトがそれに気づいていたのかは……定かでは無いが。


「……のう。わらわは……」

「……気づいております。おそらく……エリュシオンが、あなたに何を言ったのか、も」

「……」


 椅子に座りながら……俯く少女。かつてマーリンと会った時とは、まるで異なる様子に……ジークは少し、心を痛める。

 エリュシオンが彼女に見せた光景は……自分のアイデンティティを根底から崩壊させるもの。自分が“竜”でない……その真相を知ったときの少女の感情は……容易に理解できるものではないだろう。


「……ですが──“希望”を捨ててはなりません。あなたの中には──確かに“バハムート”様の力を感じます。……“竜の巫女”よ」

「……じゃが、あやつは……」

「……エリュシオンが求めるのは純粋な竜の力。であればあなたを……あの場から遠ざける為に嘘をついた……そう考えることもできましょう」


 マーリンは……黒い装束を身に纏う姿で……彼女なりに、バハムートの“巫女”を元気づける。 実際、今まで少女が見せてきた力の片鱗……それは紛れもなく、人知を超えた強力なものだった。であるならば……マーリンの言葉も、嘘では無い。

「……あなた方に、託したいのです。……この世界……ドラゴニアを。ドラゴニアの、平和を」

「……あの卵の話か」

「えぇ。あれは……まさしく“滅びの竜”──アジ・ダハーカ。エリュシオンはその力を使って……竜を蘇らせるつもりなのです」


 エリュシオンが言っていたことと同じことを、マーリンも言う。だがその口調には……どこか怒りの感情が含まれているようだった。


「……どこへ行けばいい。あいつを……あの魔道士野郎をブン殴るには」


 ジークは力強くその場から立ち上がった。バハムート……“巫女”も、それに呼応するかのように……男の隣に立つ。

 そんな二人の……“覚悟”に満ちた表情を見て……口角を上げながら、マーリンは言う。


「……ヴァリア王国。そこに──竜達がおられます。彼女たちの力を借り──」


 がちゃん、と扉を閉じる音。三人は外へと出て……マーリンが指差す先を見つめる。


「あの空の彼方──ドラゴニアの中心に浮かぶ“魔島”。そこに……彼は居ます」

「あの場所に──って」


 かつての“村長”がそこまで言うと……突如、冒険者と少女の足元に……淡い光が浮き出てきた。 その光に照らされた少女達の体は青白く光るが……その理由を問いただす前に──その姿を消す。

「……頼みましたよ、ジークさん。……巫女様」


 その“青白い光”は天高く昇ってゆき──始まりの場所……ヴァリア王国の方角へと──飛んでいった。

 マーリンの……魔道士の思いを託されながら。 

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