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86.破滅の叫び

「……あれは……何、だ」


 暗闇の中、目を細めながら“それ”を視界に収めるジーク。ヒトの何倍……というスケールではない。

 “魔島(まとう)”に並び立つ山脈を優に超え……雲すらも突き抜ける大きさの……“卵”。


「……嫌になりますわ。……ここに至るまで思い出せなかった事を……ようやく記憶の底から拾い出すことができましたわ」


 ティアマトは、どさくさに紛れて……ジークの拘束を解きながらそう呟く。彼女の表情は……今までも見せたことも無いような戸惑いと、驚き、と……後悔の表情。


「……ヴリトラ。その竜を止めるため……わたくしたちは眠りに就いていました。滅びた竜族の負の遺産を……後生に残さないために」

「──負の遺産とは、また失礼な言い方だ」


 ……恍惚とした表情のエリュシオンが……会話に割り込んでくる。


「“彼女”は全ての希望であり、象徴だ。ヴリトラ様が蘇れば……竜族が再び地上を支配する。それが私たちの願いです」

「……それを阻止するために、僕たちが来た」

「……来ました」


 ジークを守るようにして、エリュシオンへ立ちはだかるファフニール……と。


「──あぁ。姉貴達もたまにはいいこと言うじゃねェか。オレもそうさ。いや……竜の姉妹(ドラゴン・シスター)がそうさ」


 いつの間にか……ヒトへ戻ったリヴァイアサンも加わっていた。ジークは思わず……その光景に圧倒されそうになるが……すぐに、ティアマトから“それ”を託されていることに気づく。


 重くも無く、軽くも無い物体。気を失っているバハムートが、ジークの腕の中で眠っていた。


「ま、待ってくれ!」

「待ちませんわ。姉様が選んだのは──あなたなのです。冒険者のジークよ」

「……どういう、意味だよ」


 その冒険者の問いに……何も答えずエリュシオンの元へ向かう竜達。ジークは彼女たちを呼び止めようとするが……拘束されていた影響か、上手く脚が動いていない。


「ま、待て! どうしろっていうんだ! 俺は──」


 そこまで言って……ジークは“何か”の力に引っ張られているのを感じた。そのまま……“力”によって、ジークとバハムートは……宮殿から“落とされる”。


「──っ!」


 “ランスロットによろしく”──そんな言葉を最後に──ジーク達は落ちていく。暗闇の中を……ずっと、ずっと。


 そして……意識を失う直前に彼は聞いた。冒険者は耳にした。


 世界中に響き渡るほどの──甲高い、“何か”の雄叫びを。



 ──世界が終わる。そんな言葉は、魔物が蔓延る世の中にあってさえ……“世迷い言”として扱われていた。

 もちろん……そんな物騒な言葉が現実味を帯びる事態になど、なるべきではないし、するべきではない。──けれど。


 この世界に突然現れた──巨大な“卵”。メタル大陸の端からヴァリアまで、どこに居てもみることが出来る、その禍々しい真っ黒な球体。


 極めつけは、時折その卵から聞こえる“産声”だった。人間の耳をつんざくような……耳だけでなく脳さえを侵してしまうような“狂気の叫び”が……世界中に響き続けている。


 蔓延る魔物の数は更に増え──街道沿いであろうとお構いなし。人間の図体の数倍はあるような強大な魔物が姿を現し……人々は迂闊に外にも出れない状態だ。


 まさに──“世界が終わる”。それはあまりも唐突で、けれど現実味のある……非現実的な事象。 この世界に生きる誰もが……“終焉”を感じていた。どこまでも広がる黒い空に淀んだ空気。


 世界に訪れた“終末”を前に──しかし未だ、諦めていない者がひとり。


 ──ケントニス。その荒れ果てた大地に残る“村”で眠る男。名は──ジーク。


「……っ!」


 冒険者はばっと寝具から起き上がり……周囲を見渡す。


「……ここは……どこだ?」


 ジークの目に入ったのは……見覚えの無い部屋。宿屋のような内装ではなく……むしろ民家のような雰囲気だ。

 おまけに……そこらかしこがボロボロ。まるで何かの襲撃を受けたようだ……と。


「──おや、目が覚めたのかい」

「……あ、あんた……どこか、で──ッ!」


 周囲を見渡していたジークは……突然部屋に乱入してきたその女性を見る。少しふくよかな体型に……白髪交じりの銀髪。


 記憶の中から“彼女”の姿を引き出したジークは──傍らに置かれていた剣をすぐに取り、刃を抜いた。


「……古代村に、竜信仰だったか。……その“信仰”とやらのせいで……俺達は……ッ!」

「……」


 その女性……かつての古代村の“村長”であったマーリンは、何も喋らずに……ただ、顔を俯ける。


「……会ったのでしょう? ……エリュシオンに」

「……はっ、知り合いかよ。じゃあ話は早い──」


 怒りに身を任せ……今にもマーリンへ斬りかかろうとしているジークだったが……。


「……何のマネだ」


 マーリンは……ジークへ向けて手のひらを差し出す。そしてそのまま……穏やかな表情で続けた。

「せめて、聞いてください。──我ら“竜の信徒”が何者であるか──そして“竜”が何者であるのか──を」


 その言葉を聞いた冒険者の脳内に浮かぶのは……バハムートの苦しむ姿。それに加えて、エリュシオンの謎の言葉の数々。


 “自分は竜のことをあまりにも知らない”──そう感じたジークは──マーリンの話に耳を傾ける。


 それは──竜の滅びの話であった。

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