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84.語られる真実

 ドラゴニアの“中心”に位置する島……“魔島(まとう)”。世界に蔓延る魔物達の真の居城であるこの場所にある、宮殿。

 廃墟と化した宮殿は宙に浮いており……そのなかにある祭壇に──魔物と、“竜”の影があった。

 もちろん……そこには、“人間”の影もある。


「っ!」


 ジークが剣を持ってアルディートへと突撃していく。対して……“甲冑の魔物”も冒険者へ向けて、血肉のような見た目をしている“剣”を構えた。


 魔物と人間の剣がぶつかり──いよいよ決戦が始まる。この場に居る誰もが──あるいは魔物さえも──そう思った瞬間のこと。


「──」


 今にも剣を交えようとしている両者を止める“姿”がひとつ。ジークは“それ”を見て……息を呑んだ。


 突然起こった“異常事態”に対して、ジークもアルディートも一歩退く。ともすれば、魔物も人間も……更に強く警戒の姿勢を取っている。


「……お前は」

「……貴様は」


 そんな風に、冒険者と“魔物の長”の言葉が被る。その“正体”を問われた乱入者は……手のひらから出している“魔法陣”を消した。


 全身真っ黒の“装束”に、顔を全て覆っているベール。表情も分からない、不気味なその姿を、ジークだけでなく……アルディートも知っているようだった。


「お久しぶりです、皆さん」


 その乱入者──“黒装束”エリュシオンは……自分に向けられた視線を気にせず……深々と頭を下げて礼をしてみせた。


「……久しぶり、なのはいいが。あいにく、こっちもやることがあるんでな」


 そう言う冒険者の後ろに、竜の姉妹(ドラゴン・シスター)達やアーサーも続く。ジークの瞳は、まるで“どけ”とでも言わんばかりの鋭い視線をエリュシオンへ送っていた。

 だが──それに怯むことも無く、“黒装束”は続ける。


「それは──“彼女”に関わることでしょうか?」

「……っ」


 そう言うエリュシオンは……手を開いて動かす。すると──崩れかけの宮殿の中から……横たわった状態のまま……“竜娘”が出てきた。空に、浮かびながら。


「……おや、そんなに睨まないでくださいよ。なにも……殺そうってわけじゃないんですから──」


 ──瞬間、まさに目にも止まらぬ速さでエリュシオンへ斬りかかるティアマト。しかし、その一撃を……“黒装束”は簡単に止めてみせる。


「……姉様を……離しなさいッ!」


 語気を強めるティアマトは、敵に自分の攻撃が通用していないことを知りながらも……何度も何度も“剣”をエリュシオンへ打ち付ける。

 その衝撃で空気が揺れ、大地すら動きそうなほどだが……しかしそれでも、“黒装束”は表情ひとつ崩すこと無く、ただそこに立っている。


「……案外しつこいですね、あなたは──」


 口角を上げてそう言ってのけるエリュシオンは……自らの手のひらに展開されている“魔法陣”を弾けさせた。それと同時に──ティアマトが胃勢いよく後方へ吹っ飛ぶ。


「っ──」

「ティアマト!」


 ジークは、竜の姉妹(ドラゴン・シスター)達と同じく急いで彼女に駆け寄り……代わりにアーサーが前に出た。


「……美しいものですね。だが私には……いささか眩しすぎる」

「……くっ」


 アーサーは自らの聖なる剣を構えるが……これまでの戦いを見る限りでは、エリュシオンには簡単には歯が立たないだろう。


「……?」


 その時……“黒装束”は、ふと自分の身体を見た。それは、身体に起こっているある“事柄”に気づいたからだ。

 その男の脇腹に刺さる……赤色の小さな“剣”。

「──ボクたちの得物を奪っておいて、こっちは無視? 悲しいね、まったく」

「……ほう」


 “魔物少女”の一撃。だが、彼女を見るエリュシオンの目つきは──竜達を見るそれとは違った。

「あなた方はまるで……飼い主にかみつく“犬”だ。まるで躾がなってない」

「……はぁ? 何? 聞き直してあげる。もう一回言ってみれば? 根暗のおじさん(・・・・)

「……では、遠慮無く。使えない駒、ですね」


 ──瞬間、無数にエリュシオンに向けて放たれる、無数の“剣”。そしてそれに続けて……“影”も男へ襲いかかる。


「……くだらない。邪魔、ですよ」


 エリュシオンは……“それ”を一瞥すると……つまらなそうにため息を吐いた。何もしない彼に到達した“魔物”の攻撃は……かき消える。


「……ッ!」


 続いて、最後の一撃とばかりにアルディートが剣を振るう。ティアマト相手ですら、対等に渡り合うことができるであろう一撃。


 だがそれすらも……エリュシオンは無力化した。

「……貴様……何者だ?」


 ただ事ではない“力”を感じて……後方へと飛び退く“魔物”達。それを遠目から見ているジーク達も……驚いている様子だった。


「……何者かどうかは、あなた達の方がよく知っていると思いますが?」

「……詭弁を聞くために問うたわけではない」

「詭弁ではありません。ただひとつ、唯一の“真実”、ですよ」


 不気味なまでに冷静で、取り乱した様子もないエリュシオン。いつもなら居る彼の仲間も居ない。にも関わらず……男は余裕を見せている。


「あなた方の役割は──かの“竜”らをここに集めた時点で終わっています。なので、消えていただけると助かるのですが……?」

「……生意気なヤツ。ボク、そういうの……嫌いだからさぁっ!」


 魔物少女リュートは……更に腕から血を流し……武器を作る。だがその“少女”を……アルディートが止めた。


「な、なにするのさ」

「……よせ。何か……変だ」

「……何がだよ、アルディート」


 その“甲冑の魔物”に続くようにして、アリアもリュートの前に出る。


「……あなた……“こちら側”の存在よねぇ?」「……は? ……どういうこと?」


 アルディートとアリアとは対照的に、困惑している様子のリュート。だが──その“影”の魔物の言葉を聞いた瞬間……エリュシオンが大きな声を出して笑い始めた。


 その様子に……この場に居る全員が驚愕する。そして……すぐにその“黒装束”は言葉を紡ぐ。


「面白い! 全くもって面白いことを言う。私があなた方の“同類”ですって? ──まったくもって──腹立たしい」


 言葉を強めたエリュシオンは──その場に浮き上がった。宙に浮きながらも……バハムートの身体をしっかりと制御しているようだ。


「……あなた方、自分たちがなぜ“魔物”と呼ばれているのか、考えたことは?」

「……何の話だ?」

「おかしいとは思いませんか? 一体誰があなたたちを“魔物”と名付けたのでしょうね?」


 芝居がかったジェスチャーを交えるエリュシオンと……ジーク達が見たことも内ほどに困惑している魔物達。


「答えは簡単。今は滅びた知恵の大陸──“ケントニス”の大魔道士達が名付けたのです。……自分たちの生み出した、“魔法生物”にね」

「……は?」


 あまりにも、荒唐無稽な話だ。だが同時に……実際に魔物達が疑問に思っていた事の……答えにもなっていた。

 その証拠に……アルディートも、アリアも……言葉を失い固まっている。


「……つまりあなた方は“私たち”の作り出した偽物の命。残念ながらもう──」

「──なっ」


 エリュシオンは……“魔力”を右手に集め……天高くそれを振り上げ──。


「──用済み、です」


 氾濫する“光”。エリュシオンの“魔法”が……魔物達へ向けて一瞬で解き放たれた。

 だが──放心するアルディートとアリアを──間一髪のところでリュートが突き飛ばし……自らも身体を投げ出す。


 先ほどまで“魔物”が居た場所が爆発する。その衝撃で更に吹き飛ばされる……リュート達。

 “空中宮殿”から落ちる寸前──“赤色の刃”を飛ばそうとしたリュートだったが、それがエリュシオンに通るはずも無く──。


「──ちくしょう、クソ野郎」


 ──そんな少女の叫びと共に──魔物達は”宮殿”から真っ逆さまに落ちていく。


「残念です。ここから落ちれば、命はない。ですがまぁ……また、“作れば”いいのです」


 ……そう言ったエリュシオンは……再びジーク達の方へ振り返った。すると……。


「ろくでなし野郎だな、お前」

「ろくでなしです……」


 ジークのその言葉を反復するファフ。ティアも何とか起き上がり……エリュシオンへ向けて剣を向けていた。


「二度しか言わないわよ。……姉様を、離して」

「……いやはや、ままなりませんねぇ。“姉様”ですか? “コレ”が?」


 肩をすくめるエリュシオン。男は……ベールの下で薄気味悪い笑顔を浮かべながら……続ける。


「あなた方は──“これ”が竜に見えていると?」


 エリュシオンは……そんな真偽の分からないことを言いながら……続ける。

 しかしそれは……ジークやティアが抱き続けてきた疑問の答えとなる──。


 バハムートの秘密を語る、言葉だった。

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