82.魔の蔓延る島
「あれが──」
海上。帝都から出発した“巨竜”リヴァイアサンの背に乗るジーク達は、ドラゴニアの中心に浮かぶ……ひとつの“島”へと向かっていた。
騎士団長、冒険者、竜の姉妹、それぞれがそれぞれの思いを胸にし、自らの意思を再度確認したところで……その“島”の姿が見えてきた。
「……禍々しいですわね。さすが──魔物の本拠地。見ているだけで心が汚れそうですわ」
思わず、そんな言葉を呟くティアマト。彼女がそう言う理由ももっともで……。
その“島”の上空には真っ黒な雲が浮かんでおり、周囲の海域から光を奪っている。
島の陸地も、自然などといったものは存在せず……ただ広がる荒野と……そびえ立つ巨大な山脈。 確かに……“魔物の居城”と言われてもおかしくはない光景が、冒険者達の目の前に広がっていた。
ドラゴニアは四つの大陸から成る場所であり、その大半は大陸を囲う海であるため、海運が発達していないわけではない。
しかし、ヴァリア大陸の港湾都市リーベのような場所に入港する船は、そもそも大陸に近い安全な航路を使うので……結果的に、この“居城”は見つからなかった、ということなのだろう。
「……あそこに、竜娘が……」
ジークは、“魔島”を見ながら手のひらをぐっと握る……と。
そんな風に力を入れすぎるジークの肩を……小柄な少女……“ファフ”が叩いた。
冒険者は、自分の体に背伸びしながら触れる緑髪の少女の姿を見ると、少しかがんでファフと目線を合わせた。
「……何だよ、ファフ」
「……ちから、もっと抜いた方が……いいよ」
「……そうは言っても、な」
ジークは心配するファフの顔を見て、ばつの悪そうな表情をしながら頬をかく。
そんな……ある意味で不器用な冒険者に対して、ファフは言葉を紡ぎ出す。
「こんどは絶対に助けるから──わたしたち、全員で」
小さな竜の片割れが冒険者にそう告げる。ふとジークが周りを見ると、ティアマトやアーサーも首を縦に振っていた。あるいは……リヴァイアサンも。
その少女は、普段の引っ込み思案な態度からは想像も付かないほどに……“バハムート”を助けるという硬い意思を持っていた。
そして……そんなファフなりの励ましを受けたジークは、“ふっ”と笑うと、その場から立ち上がる。
「分かったよ。俺も信じる──この場に居る、お前らを」
「……ふふ」
そう言うジークの顔は、どこか肩の荷が降りたような顔で、その表情を見たファフも安堵しているようだった──と。
「──」
そんな雰囲気が流れたのも束の間──遠方を見るリヴァイアサンが低いうなり声を上げた。
ジークやアーサーにはその“うなり声”がどのような意味であるのかは分からなかったが、他の竜の姉妹達はそうではなかったようで……。
「……来るよ、みんなっ!」
普段は冷静な片割れのニールが声を荒げる。彼の視線の先にあるのは──禍々しい島からこちらめがけて飛んでくる……無数の翼を有する魔物の群れ。
“魔島”との距離はまだあるものの、その距離からでも分かるほどに、魔物の量は多い。
「……できれば……“力”は温存したかったのですが──」
魔物の群れを見て力強く告げるティアマト。その、華奢ながらも強い腕力を持つ腕を掲げたかと思うと──。
今にもティアが竜へと姿を変えようとしていたとき……リヴァイアサンがその巨体を大きく揺らした。
まるで地震のような“揺れ”感じたジーク達は、竜の背で大きくバランスを崩す。
「うお……っ──お、おい、リヴァイアサン!」
「皆さん、何かに掴まってください!」
「お、落ちそう……っ!」
体の小さなファフは、ニールに掴まり何とか耐えている。冒険者ジークやファフニール、あるいはアーサーは竜の姉妹の四女が何を考えているのか分かっていない。
しかし──竜への“変身”を中断されたこの者だけが、その竜が“何”を行おうとしているのかを理解していた。……驚いたような表情をしながら。
「“リーヴァ”、あなたまさか──」
ティアマトがそう言った瞬間──微かにその“巨竜”が笑ったかと思うと──。
「──!」
その巨大な体を揺らしながら──リヴァイアサンの体は、海中へと消えていった。
・
・
・
「──っ! ──っ!」
水中に姿を隠したリヴァイアサン。ということは……その竜の背にのる“彼ら”もまた、水の中へと入った、ということ。
あいにく、冒険者は“リーヴァ”のように水中で呼吸する術を知らず……もがき苦しむような動作をするが……。
「……って……ん?」
ジークはふと、自分の肺が地上と同じように動いていることに気づく。それは周囲に居る者たちも同様で、竜の姉妹達はもちろんのこと、アーサーも息が出来ているようだった。
「……これは……一体」
他にも不思議なことはある。リヴァイアサンは海中に姿を隠すことで、魔物達の目を欺き、一気に“魔の島”へと近づいていた。
それはすなわち、それ相応のスピードが出ており、体の揺れも半端ではない……はずなのだが。
「“加護”、ですわ」
「……加護?」
聞き慣れない言葉に対して、ジークよりも先にアーサーが言葉を返した。
「この娘──リヴァイアサンの力を、少しの間分け与える……それが“加護”ですわ。ジーク、貴方は経験があるでしょう?」
そう言われて──ジークは脳内にあることを思い浮かべた。“メタル大陸”における、武具に与えられる……竜の加護とやらだ。
「……じゃあ、俺達がこうして無事なのも」
「えぇ。彼女が力を分けてくれたおかげでしょう。……相談ぐらいはして欲しかったですけれど」
「みんな、見て──」
ジークとティアマトがそんなやり取りをしていると──ファフが海中を指差して口を開いた。それが指しているのは……今まで以上にリヴァイアサンの速度が上がり、周囲の景色が残像となっている様子。
「……何か速くなってないか? コイツの泳ぎ」
「……構えなさい。ジーク、アーサー。すぐに──」
ティアはファフの言葉を受け、すぐに目つきを鋭くさせた。だが……冒険者と元騎士団長は何が何だか分かっていない様子。
困惑する彼らに対して……ティアマトは、簡潔かつ単純に答える。
「リーヴァが──島に乗り出しますわっ!」
そうティアが言い放った瞬間──冒険者の視界は水しぶきで埋め尽くされた。と、同時に彼らを襲う強い衝撃。
“リーヴァ”の加護を受けながらも、なおよろめいてしまうジーク達は──。
「──」
雄叫びを上げながら、天高く跳び上がるリヴァイアサン。太陽を喰らう蛇のごとく、その長い体躯を伸ばし──空に向かって叫ぶ。
幻想的な光景。まるで神話の中の一ページ。だがそんな風に感傷に浸れる時間はすぐに終わり──。
「うおぁ──ッ!」
天高くその身体を“跳ね上がらせた”リヴァイアサンは……その勢いのまま──“魔島”にそびえる巨大な山へと“突撃”していく。
叫ぶジーク。腕で顔を覆いながら前を見るアーサー。構えるティアにファフとニール。
島を守る魔物達は姿を消し……もぬけの殻となった空を巨竜が通る……と。
「……っ。……これは」
「……ティアマト姉さんも感じた? これは──」
「これは──姉様の、鼓動」
竜の姉妹達は左胸を抑える。一瞬、そこの部分が赤く光り輝き……“それ”は、あることを知らせるサインとなった。
それは──まさに彼女彼らが向かおうとしているその“山”に──探し求める少女が──。
バハムートが、居る証拠だった。




