79.魔都
──静寂。鮮血の流れる魔都──この場所にあっても……一切の物音が停止する空間が存在していた。
かつての帝都の正面──瓦解した門の破片が辺り一面に散らばっている戦場。そこに立つのは……険しい顔をした冒険者──ジーク。
その傍らには、ヴァリア王国を追われる身となった“元”騎士団長……アーサーの姿があった。
「……っ」
張り詰める空気。彼らの視線の先に立つのは──一匹の魔物。見てくれは人間と同じように見えるが……しかし、“それ”の持つ特異な力や細かい身体的特徴を見ると、全く人と異なる存在であることが分かる。
なぜ冒険者達が手を出せないのか──それは“魔物”の周囲に転がっている……気絶した“流の姉妹”の姿にあった。
「……時間が無い」
そうぽつりと呟くアーサー。彼の表情には、明らかに焦りが浮かんでいる。というのも……先ほど姿を現した“影のアリア”をランスロットが何とか食い止めているのだが……そう長くは持たないだろう、というのが彼の見立てだ。
幸いにもリュートは魔都を奪還しようとする兵士達が引きつけている。だが、それもランスロットと同様……そう長くは続かないだろう。
“竜の姉妹”達を一瞬で屈服させてみせたアルディートの実力は恐ろしいものだが……だからといって、アリアやリュートがそれに劣るほど弱いわけではない。
かたや影を操る神出鬼没の魔物。もう一方は、何をしでかすか分からない、“血”を操る狂った魔物。
「──ッ」
瞬間──アーサーは地面を蹴り飛ばし、自分の体を宙に浮かせながら……アルディートの元へ“飛んだ”。
しかし──“元騎士団長”の持つ剣の鋒は──ただ虚空を切り裂くのみ。
「なっ──」
少し遅れて聞こえる……ジークの驚く声。そして──その“人間”が反応する前に──ジークの目前へと姿を現したアルディートは、掌の中の剣を振り下ろした。
ブウンッ、という風を切る鈍い音。
「次は──受け止めさせんぞ──っ」
先ほどよりも数倍力を込められた刃がジークの腕を切り落とそうとしたその時だった──。
バチィッ! という、何かがぶつかった音が周囲に響いたかと思うと──今にも冒険者の腕を切り落とそうとしていたアルディートの剣が……元の位置へと押し戻されていた。
「……何だ、これは」
魔物にしては珍しく動揺の表情を見せるアルディート。その隙を逃さないと──魔物の背後からアーサーが剣を押しつけた。アルディートの……首へと。
「……動かない方が賢明ですよ」
冷たい声でそう言い放ったアーサー。だが……アルディートは、自分を狙う“刃”に目もくれず……弾き飛ばされた剣を握る“自分の手”をただ見ていた……かと思うと──。
「……くく、そういうことか。……面白いでは無いか、人間」
「な、何を──」
何かに合点したアルディートは──首に刃を向けられている中で再び姿を消し──高笑いをしながら、竜達が倒れる場所へ移動した。
「人間……いやジークと言ったか。貴様……自分の“力”に気づいていないのか?」
「……何の話だ」
「……くく、はははッ! お笑いだな、冒険者」
剣を構えながら困惑の表情を見せるジークへ……高笑いをしてみせるアルディート……と。
「……ジー……ク?」
今にも消えてしまいそうなほど、微かな声が冒険者の耳に入る。冒険者は忘れもしない、この声は──。
「──バハムートっ!」
“竜の姉妹”の長女である“竜娘”は……重い瞼を開きながら、おぼろげな視界の中に……冒険者の姿を捉えた。
だが、その視界はすぐに暗転する。それは……“魔物”が竜娘の体を腕で抱えたためだった。
「……そいつを離せッ! 魔物野郎ッ!」
「残念だが──断る。もっと面白い“催し”を思いついたからな──」
そう言って“アルディート”は──バハムートを抱えたまま、背中から魔族の“黒い翼”を生やし……中に浮かんだ。
「この勝負は預けさせてもらう。この小娘の命が惜しくば──」
アルディートは──腕を真横に倒し、指である“場所”を指し示した。
ドラゴニアにある四つの大陸。その海に浮かぶ……絶海の孤島。世界の中心にある……島。
「我らが──真の居城まで辿り着いてみせよ」
「ま、待て──ッ!」
ジークは叫び、駆け出そうとするが……その肩をアーサーが止めた。
「……既にここは“アリア”の術中の中。下手に動けば……彼女の命が危険に晒されます」
「……くッ」
魔物はたじろぐ冒険者と騎士団長を一瞥すると──。
「──」
宙を飛んでいたアルディートの姿は……影の中へと溶け込み、かき消えてしまった。
ジークは……その場に俯きながら立ち尽くす。
「俺は……俺はまた……何も」
声帯を振り絞るような声で口を開くジーク。その手は怒りか……自分への責めか……爪が食い込むほど力を込めて握られていた。
そんな冒険者を尻目に……アーサーは倒れる竜達を担ぐ。背中にリヴァイアサンを、両腕に軽いファフとニールを。
そして……騎士団長は、冒険者に見せたことの無いほど力強い声で……告げる。
「……まさか諦めるとは言いませんよね? 僕たちはまだ──負けていませんよ」
竜達を担ぐアーサーが振り向く。ジークはその“瞳”を見て──思わず目を見開いてしまう。
こんな状況にありながら……決して消えることの無い“希望”と“闘志”を宿した……真っ直ぐなアーサーの瞳を見て。
「……」
ジークは何も言葉を発さない。だが──彼もティアマト腕を首に回し……何とか彼女を連れていこうとする。
騎士団長と冒険者は帰路につく。必ず──必ず
、アルディートの元へ辿り着く……その決意を胸に抱いて。




