76.竜を倒す力
“魔都”と化した帝都の周囲を取り囲む巨竜……リヴァイアサン。それこそ……一つの山に匹敵するほど、大きな体を持つ彼女は──今や魔物の手に落ち、冒険者達と敵対する関係にあった。
では、その冒険者──ジークはというと──“ファフニール”の背に乗り……空を駆けていた。彼が乗っているのは──“ファフ”の方だ。右へ左へと活発に動き回る分……リヴァイアサンの攻撃をよく躱している、
そもそも、ティアマトの半分ほどの大きさしか無い彼ら彼女らへ、リヴァイアサンが攻撃を当てるのも難しいだろう。
あまりに標的の大きさが小さければ、速度において“巨体”は不利となる。
「そのまま頼む、二人とも!」
ファフニールは、その顎を縦に振り……言葉を語りかけないまでも……ジークの恣意に同意した。
その“竜”達はいま……リヴァイアサンの周りを飛び交っている。……いや、回っていると表現した方が正確だろうか?
とにかく……リヴァイアサンの体はうねり……まるで絡まった紐のようにねじれていく。だが──魔物によって平静を失っているその“リーヴァ”にとっては……目の前の得物がすべて。
リヴァイアサンは、自身の体が絡まっていくことも知らず──ただ、自身の周囲を飛び回るファフニールにかみつこうと、その頭で追いかけている状況だ。
“ファフ”の背から全体の状況を俯瞰しているジークは──少しずつながらも、リヴァイアサンの巨体の動きが封じられていることを確認する……と。
「──ファフニール、今だっ!」
そのジークのかけ声が空に響き渡ったかと思うと──それまでリヴァイアサンの周囲を旋回していたファフとニールが──一気に速度を上げて“上空”へと飛び上がる。
もちろん、リヴァイアサンもそれに追随するが──しかし一定の地点までその“巨体”が到達すると、それ以上は上へと進むことが出来なくなった。
ファフとニール、そしてジークは、しばらくリーヴァの頭から離れたあと──大地に座する彼女の体を目にする。
まさに“がんじがらめ”といった状態の──“巨竜”の体。簡単には解けないほどに絡まった紐のような姿。
強引に体を動かせば……自分で自分の体を傷つけてしまうことになるだろう。
「──成功……したのか……?」
その様子を見た冒険者はほっと胸を撫で下ろす──が。
しかしリヴァイアサンも、それで止まるほど──柔では無かった。あるいは、魔物は既に、この事態を想定していたのかもしれない。
ファフニールは、空に顔を向けたまま──その大きな口を開いた。
「何だ──っ、これは──」
ジークは……リヴァイアサンの口を見て──そう叫びに近い声を上げる。なぜなら──その“巨竜”の口からは──遠目から見ても分かるほどに……“光”が漏れ出していた──からだ。
『ニール兄さん、まずいよ』
『ファフ、急いで回避をっ!』
竜と冒険者の脳内に、そのような声が伝達される。だが──間に合わない。
確かにリヴァイアサンの体は身動きが取れない。しかし……首は動かせる。これほどまでに体がメチャクチャな状態でありながら──リヴァイアサンは体内に“炎”を生み出し──それを放とうとしていたのだ。
“ファフニール”は急いでリヴァイアサンの死角に潜り込もうとするが──そんな彼らの体に──リヴァイアサンの口が向く。
まるで大砲のように“照準”を合わせるその竜だが──。
今にも“リーヴァ”が“炎”を発しようとしていた瞬間──その巨体が地震に襲われたかのごとく……激しく揺れた。
「──やりなさい、ファフニールッ!」
竜達の脳内に響くは──激しい叫び声。ジークはふと下を見る。そこにあったのは──自らの鋭い“爪”でリヴァイアサンを殴る──ティアマトの姿と、同じく拳を武器に竜を殴るバハムートの姿。
竜の姉妹の一撃によって──リヴァイアサンに隙が生まれた。一瞬動揺する“巨竜”の影を──ファフニール達は逃がさない。
──ジークを背に乗せたファフとニールが交差しながら──“リヴァイアサン”の頭へと飛ぶ。何よりも早く……風すらを置いて。
『──ッ!』
ファフニールの雄叫び。それと共に決まる──リヴァイアサンへの“アッパーカット”。
“ファフニール”一体分の力が直撃したリヴァイアサンの頭は、一瞬震えたかと思うと──小刻みに震えて──大地へと落ちてゆく。
……と同時にその“巨体”は光に包まれて──姿を“人”の小さな姿へと変えた。
「急げ、ファフ!」
その言葉を聞き……ファフニールは“リヴァイアサン”の元へ急ぐ。ティアマトやバハムートも同じように……“変身”の解けた竜の元へと集まった。
二匹の竜が降り立ち──周囲に土煙が舞う。顔を覆いながら向かうジークが見たのは──地面に横たわる──“姫”とでも言うべき、可憐な少女の姿。
少女と言っても、見た目はジークと同年代にしか見えない。水晶のように透き通る、青色の髪を持ち……閉じた口からは八重歯がのぞいていた。
「こいつが──リヴァイアサンなのか──」
そうジークが呟いた瞬間──辺りに轟音が響いた。竜の変身を解いたファフが肩をびくっ、と震わせ……ニールがそれをなだめる。
ティアマトは変身を解いた後であるにもかかわらず──既に剣を手に取って周囲を警戒していた。 バハムートは、ジークの隣へと来て……互いに“音”のした方へと武器を向ける。
「……あやつらは」
轟音と共に現れた“煙”が晴れ──この場に現れた“何者”かの姿が露わになった。
それは……アーサーとランスロット……その姿にしか見えない。
だが……両者ともに傷つき……至るところから血を流している。むしろ……なぜ未だ立てているのかが不思議なほどに。
「──おや、どうやらそちらは……終わったようですね。であればこちらを──」
荒い呼吸と共にそうジーク達へ語りかけるアーサーへ──“赤色”の斬撃が飛ぶ。
形を伴う“それ”を……アーサーは自身の“聖剣”を持ってして切り払った。
そんな──アーサー達の前方から……声がする。
「……雑兵ばかりがぞろぞろと。鬱陶しいものだな」
ガシャ、ガシャ、という……鎧が軋む音が……次第に大きくなっていく。そして──その姿が──露わになった。
「……我はアルディート。深淵から来たりし──最も強き“魔”である」
真っ黒で、刺々しい鎧に身を包む……人型の魔物。もはやその姿は……“悪魔”に近しいものがある。
この“魔都”を統べる、最後の魔軍の長──アルディート。
いよいよジーク達の戦いも──佳境を迎えていた。




