75.山のように大きな竜
「──っ!」
“魔都”──魔物の居城と化した……かつての“帝国”。その周囲で──耳をつんざくほどの轟音が鳴り響いている。
──リヴァイアサン。そう呼ばれる竜の巨体によって──地面は抉れ、木はなぎ倒され、周辺に影が落ちる。
冒険者達……ジークらの作戦は……ある意味で上手く進んでいた。彼らが“リヴァイアサン”との戦闘を開始した後、アーサーらは急遽“突入隊”を率いて帝都へと侵入していった。
少なくとも──魔都の外側に居た魔物は、“リヴァイアサン”の戦闘に注意を引かれていたためか……突入隊が攻撃を受けることは無かった。
だが。ある意味で言えば、ジークの作戦が想定していたよりも──“リーヴァ”の力は強力だったのだ。
魔物ですら巻き込むその巨体は──ティアマトの“翼”を持ってしても逃げ切れない。なんとか攻撃を躱すぐらいだ。
「……くそっ! どうすればいい……考えろ……」
ジークは……ティアマトの手のひらの中で揺れながら……思考をフル回転させて……どうにかしてリヴァイアサンを鎮める方法を考える。
竜……いや“彼女”が、もしバハムートと同じように“人の体”を持つ存在であるならば……無闇にその体に攻撃を加えるのは避けるべきだろう。
となれば……ジーク達に出来ることは限られている。それは……単純ながら、最も難しいこと。すなわち……リヴァイアサンから逃げ続け、その体力の消耗を待つことだ。
同じ竜の姉妹であるティアマトが、力の消耗と共に竜への変身が解ける……ことを考えると、その姉妹であるリヴァイアサンも同様である可能性が高いだろう。
とはいえ、言うは容易し、行うは難し。この山のように大きな“巨体”から逃げ続けるのは──簡単なことでは無い。
「ティアっ!」
『っ……』
バハムートが叫ぶ。今のティアマトには──姉の言葉に耳を傾ける余裕も無い。ただ目前の──蛇のようにうなる、リヴァイアサンの体を……どのように避けるかを必死に思案しながら飛行している最中だ。
さながら……三次元の迷路といったところ。リヴァイアサンの蛇のような体が絡み、その間をティアマトが縫うようにして飛行していく。
──“リーヴァ”の咆哮がけたたましく鳴り響く。空気が震えるほどの轟音に──ティアマトは一瞬体勢を崩した。
「──ティアマトッ!」
ジークは叫ぶが──遅かった。深い青色の鱗に覆われた“巨体”が──ティアマトの体を打ち払った。
重い打撃音と共に──ティアマトは空中に投げ出される。
その竜の姉妹の次女は──帝国付近の地面に叩き付けられた。それでも、何とかジーク達の体は守ったが……冒険者達は、ティアマトの手の中から放り出される。
そして──リヴァイアサンはその瞬間を逃さなかった。地面にぐったりと倒れるティアマトの周囲を取り囲む……長いリヴァイアサンの巨体。
ティアは体の内部にダメージを負ったのか……その場から動けずに居る。
「ティアっ!」
バハムートは……自分の妹の痛々しい姿を見て……その“頭”に駆け寄る。角の生えている頭……その瞳は……閉じている。
バハムートは、気絶しているティアマトの頭を撫で……“妹”へ励ましの言葉をかけ出した。
対してジーク達は──自身の前に立ち塞がる、竜の姿を見上げている。
「……おいおい」
「……まさか……リーヴァが……ここまで大きいとは……」
ジークは剣を構えているが……リヴァイアサンの巨体を考慮すれば、それは猛獣に対して木の枝で対抗しようとするに等しい。
この“巨竜”の前に……人は、あまりにも無力だ。だがそれは──“力”での対抗に限った話。
絶望的な状況にあってもなお──ジークの瞳から光は消えていない。人間の持つ最も強い力──物理的な力が弱くとも……彼には、“知恵”がある。
「ニール、ファフ。俺の作戦に……乗ってくれないか」
「……聞かせてもらっても?」
「あぁ──」
ジークはその場で──リヴァイアサンを見上げながら、自分の考えついた作戦を口にした。
それはあまりに荒唐無稽で──メチャクチャな策。だがそれゆえに──敵を出し抜けるかもしれない。
正攻法ではリヴァイアサンに勝てないだろう。となれば……搦め手で行くしか無い。それが、ジークの至った結論だった。
「……や、やってみる価値は……ありそうですね」
「……うん。僕もファフと同じ意見だ。それに──」
そこまで言って──冒険者の伝えた“作戦”の通りに……ファフとニールがジークの前方へと移動した。
その姿を……リヴァイアサンは鋭い瞳で睨み付けている。だが──“ファフニール”はそれに怯むこと無く──。
「ティアマト姉さんだけに──負担を強いるわけにはいかない」
──ニールとファフが……その手を高く掲げた。リヴァイアサンは、自らの尾を持ってして彼らを潰そうとするが──寸前の所で──竜ですら目を覆ってしまうほどの閃光が辺りを包む。
同様し、体を揺らすリヴァイアサン。ジークは──その“光”の発せられた元へと一目散に走り出した。
そして冒険者は──光の中にある“それ”に飛び乗る。“それ”は甲高い雄叫びを発して──。
「行くぞ! ファフ! ニール!」
“光”の中から──二匹の竜が飛び出してきた。一対の角、一対の尻尾、一対の体。ファフとニールは……それぞれの姿を小柄な“竜”の姿に変え──リヴァイアサンの元へ飛び出す。
「さぁ──反撃開始だッ!」
ジークのそのかけ声と共に──羽根を大きく開いた“ファフニール”達が──リヴァイアサンの周囲を周りだす。
一見すると今までの作戦と同じように見えるが──しかし既に──ジークの考えだした“反撃”は始まっていたのだ──。




