74.出撃の日─Ⅱ
「──みなさん、いよいよこの時が来ました」
帝国の領地の奥深くにある……生き残り達の集まる野営地。その広場を埋め尽くすほどの──重武装の兵士達。
どの兵士もみな、先日ランスロットが冒険者へ見せたような“魔法の剣”を装備しており……その鎧についても、対魔物用の“結界”がかけられているようだった。
ある兵士は鼓動の早い胸を押さえ、あるいはある兵士は気持ちを高ぶらせ、ある兵士は敵討ちのためにその拳を握りしめている。
その兵士達の前……簡易的にこしらえられた高台に登って演説を行っているのは……ヴァリアを追われた騎士団長、アーサー。
「──敵に奪われた都を、あなた方の手に取り戻す時がついに来たのです──ッ!」
兵士達の中から歓声が沸く。どうやらアーサーの演説は士気の向上に上手く作用しているようだ──“彼女”はそう考える。
「……さすが、騎士団長と言うべきですわね」
兵士達が“塊”となって動く広場から……少し離れた天幕。その中に──冒険者達は居た。
ティアマトは、そのテントの中から外の様子を伺い、そう呟く。
「……ティアマト姉さん、あの人と面識が?」
「まぁ、少しだけですわ」
ティアの様子を気にしたニールが声を掛けるが……“竜の片割れ”である少年の問いに対する答えは、どこか歯切れの悪いものだった。
そんな──天幕の出入り口から外を覗く二人の間に、少女が割って入ってくる。
「お、お兄ちゃん、準備できたよ……?」
「ありがとう、ファフ。じゃあティア姉さん、また後で」
「ええ」
……と。そう言い残して……“ファフニール”は天幕の外へと姿を消す。だが──本来の手はずならば、帝都へ突入するのは全員の予定だったはずだ。
これは……ジークが独自に立てた“予備計画”の為の物だ。
「……のう、本当にやるのか?」
「何だよ、元はお前が言い出したことだろ?」
「……むう、そう言われたら何も言い返せぬの」
この“独断専行”とも取れる行動にも、理由はある。それは……リヴァイアサンという不確定要素の存在だ。
バハムートによれば──その巨体の通り、“巨竜”の持つ力も強大。魔物が制御していなければ、“帝都”が崩壊しているだろう……という少女の言葉に嘘偽りは無い。
アーサーやランスロットは──先の作戦説明を鑑みるに──竜達にリヴァイアサンを任せたいようだった。無論、“竜の姉妹”を探す冒険者達にとっては好都合な話だろう。
とはいえ……そう簡単に竜が突破できるわけでもない。ゆえにバハムートとジークは──“プランB”とでも言うべき作戦を考えていた。
それも……“騎士団長”達には極秘裏に、だ。
「……姉様、出発するようです」
「いよいよ、じゃの」
ザッザッ、という、甲冑のグリーヴが地面を蹴る音が多重に連なり、大きな音を奏で始める。
いわば“行軍”とでも言うべきその姿は……流石に荘厳。それは……帝都にあらずとも……帝国兵士ここにありと語る。
「俺達も行くぞ」
ジークは、その言葉と共に、天幕を出て行く。他の竜……バハムートとティアマトも同様に、冒険者の背中に続く。
行軍する──“鉄の軍隊”の後方に──兵隊とはとても思えない格好の“三人”がついて……野営地の千を越える兵士が──“帝都”奪還へと……向かっていく。
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幸いにも──“目的地”へ進む間に魔物の襲撃は無かった。これは単純に……アーサーやランスロットのルートの選定が巧みであったためだ。
ジーク達も──帝都の目前──そこにある草木の茂みに隠れて……“リヴァイアサン”の様子をうかがっていた。
“巨竜”とでも言うべきその竜は、確かに都の周辺から動く様子はない。だが……その“蛇”のような長い巨体で街を囲っており、少しでも街に近づけばすぐに気づかれてしまうだろう。
「……なるほどの……“置いておく”だけならエネルギーは使わぬな」
「えぇ、姉様。なぜ彼女が竜の姿を保っていられるのか謎でしたが……そもそも“動いていない”のなら……納得ですわね」
ジークにとっては、分かるような分からないような竜の理屈だが、人間も同じで、そもそも動かないのならエネルギーを消耗しない。ゆえに、竜への変身が解けない、ということなのだろう。
「ファフニールの気配もあります。姉様、そろそろ仕掛けますか?」
「……まったく。わらわ達が先陣を切ることになるとはの」
帝都へ突入するタイミングは冒険者達に任されている。いや……そう言えば聞こえは良いが、実際は万が一作戦が失敗した際の“トカゲの尻尾”というわけだ。
明らかに自分たちが作戦上の“駒”として使われているのに不快感を示すバハムートは、先ほどからイラついている様子。
そんな少女の様子を見て……ジークは竜娘の肩を叩いた。
「おい、そんなんじゃ出来ることも出来なくなるぞ」
「……おぬしに言われるとフクザツじゃの……まったく」
バハムートはため息をつくと──その場から立ち上がった。
「ゆくぞ──ティア」
ティアマトは──“姉”の言葉にただうなづき──。
「──」
──その姿を一瞬で竜に変え──冒険者達を乗せ、帝都へ飛び立つ。黒い体表に赤い紋様。まるで悪魔のような姿だが──それを見た兵士達も──一斉に“都”へ向けて突撃を始めた。
「──リヴァイアサンッ!」
バハムートが叫ぶ。ティアは“巨竜”へ突撃し──その脳天に一撃を食らわせた。だが──傷が付いている様子も──いや。
「……ここまでは作戦通り、か。“眠り姫”が目を覚ましたな」
「ジーク、ここからも、作戦通りに進めるぞ!」
都を囲む巨体が動き出す。地面が擦れ……大地が削れる。リヴァイアサンの──橙色の瞳が開く。 だがその瞳に映る“ティア”達の姿は──自らに攻撃してくるわけでは無く。
『……』
リヴァイアサンの巨体。その周囲を……飛び交う蠅のように飛行するティアマト。
つまり──バハムートはこう考えた。リヴァイアサンの巨体を動かし、エネルギーを消耗させれば──“人間の姿”に戻るのだと。ゆえに──。
「さぁ、追いかけっこの時間じゃぞ──リーヴァっ!」
ただ──リヴァイアサンの攻撃から逃げ続ける。それが──冒険者達の考えた作戦だった。




