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73.出撃の日─Ⅰ

「──作戦は、こうです」


 魔物の物となった帝国。その領地の中にある森──の奥深くにある兵士達の野営地。

 そこに張られた、ひときわ大きな天幕の中に……冷静な声が響いている。中性的な整った顔で……ともすれば性別の分からない存在……アーサー。その傍らに座すのは、その右腕であるランスロット。


 ヴァリア王国から追われた“元”騎士団長自ら……天幕の中にある“地図”を指す。


「私たち、そしてあなた方で──敵陣へ突っ込む。敵の注意が私たちへ向いている間に……“帝都”を包囲する兵士達が一斉に攻勢をしかける、というものです」


 ……その……あまりにも“単純”なアーサーの作戦を聞いた竜達は……その場で考え込む姿勢を取った。

 ……しばらく沈黙が続いた後で……口を開いたのは……冒険者だった。


「……シンプルだな。あまりにも」

「ですが、確実です。この作戦における障害は──例のリヴァイアサンをどうするか、にあるのですから」

「……だが、兵士とはいえ……倒せるのか? ……魔物を」


 冒険者……いや、この場に居る全ての者の頭の中に浮かぶ……“血の戦場”の様子。

 兵士の亡骸がそこら中に転がる……地獄のような光景がフラッシュバックのように浮かび上がってくる。


「……えぇ。ですが、我々とて──何も対策をしない、というわけではありませんよ」


 そう言ってアーサーは──ランスロットへ目配りした。そのアイコンタクトを受け取った“右腕”は……天幕から出て、すぐに戻ってくる。


 その手には……何やら剣のような物が握られていた。ランスロットは──アーサーの対岸に座るジーク達の目の前に、それを置く。


「これだ」

「……ほう?」

「バハムート姉さん、これは……」


 その置かれた“剣”を興味津々といった表情で見るのは、ファフニールの片割れであるニールと竜娘だった。

 二人は……ランスロットの顔を一瞥したあと……実際に刃を手で触る。ジークも……その“刀身”を見て、この剣がどのようなものか察したようだ。……ファフを除いて。


 ちなみに……ティアマトはというと、天幕の外で壁によりかかりながら、腕を組んで立っている。 彼女によれば……“この方が落ち着くから”だそうだ。……それに、天幕に寄りかかる彼女にも中の声自体は聞こえているので……さほど問題は無いのだろう。


 話は戻り……アーサーは、そんな少女達の……ある意味で賑やかな様子を見て……口元を抑えながら笑った。


「……アーサー様?」

「いえ、大丈夫です。……なにせ、これほど賑やかな状況は久々ですから」

「……はい」


 竜娘達を置いて……会話をする騎士団組は……どこか重苦しい雰囲気を纏っている。それもそのはず──“竜の信徒”に乗っ取られたヴァリアから逃げ出してきたのだ……何があったとしても無理は無い。


 ……と。すぐにいつもの硬い表情へ戻ったランスロットが、竜娘達の前にある“剣”を取り上げて口を開く。


「これは──“退魔”の力を持った剣だ。冒険者──お前の持つ剣と近しい存在と考えろ」

「……おまけに、そやつ、なかなか強い魔力を持っておる。魔物相手なら案外通用するかもの」


 先ほど触っただけで──バハムートはその剣の持つ破壊力を何と無く察していた。……ニールは、そんな“姉”へ羨望の眼差しを向ける。


「すごいです……お姉様。僕は全く分かりませんでした……」


 肩を落とすニールを……バシッと叩いて励ますバハムート。少女のこういう姿は……確かに“姉”らしい部分ではある。


「じゃが──まだ問題は残っておる。肝心の──リヴァイアサンについてじゃ」

「……あの“竜”はあなた方に任せようと思っているのですが」


 そう“騎士団長”に言われたバハムートは……椅子に座りながらも、テーブルの上に前のめりになってアーサーへ詰め寄る。


「買いかぶりじゃ。わらわ達とて──何でも出来るわけでは無い。例え、深き血で繋がっている同族と言えどもの」

「“何でもやってくれ”と言っているわけではありませんよ。僕たちはただ──リヴァイアサンを無効化して欲しいだけです。……手段を問わず、ね」


 それを聞いた竜娘の顔が……更に険しい物になった。バハムートは騎士団長をにらみつけ……大してアーサーも、笑顔ながらもその奥に“圧”を隠しながら少女に相対する。

 そんな一触即発の雰囲気を察したのか──ランスロットが話を切り出した。


「……これを確認しておけ」


 騎士団長の右腕から冒険者達へ配られたのは……一枚の紙。そこには……天幕の中の地図を簡素化したものが書かれており……赤色の矢印が目立つように描かれている。


「これは?」

「攻勢のルートだ。赤色の矢印が……我々の辿るルートになっている」

「……ったく。本当に正面から突っ込むとはな」


 ジークとランスロットのやり取り。冒険者の見る簡易地図の矢印は……確かに“帝都”に正面から突っ込むように描かれている。


 ジーク達は……ふと竜達の顔を見る。こんな状況にあっても楽しそうにしているファフや……どこか自信ありげなバハムートの姿。

 確かに作戦だけ見れば……めちゃくちゃだろう。だが──“竜”という存在であるならば──全て無理な話というわけではない。


「……今日はもう休め。明日は早いぞ」

「……ふん」


 少女はその場から立ち上がり……天幕の外へ出る。ジークらも……それに続いて外へ出て行った。 冒険者は……自らの手をぐっと握る。次は自分も──力になる。


 その願いを込めて──ジークはまた一歩を歩き出した。



「良いのですか?」


 静かになった天幕の中に、低い男の声が響く。話しかけられた対象であるアーサーは……いつも通り笑みを浮かべながら返す。


「何がだい?」

「……彼らのことです。これではあまりにも──」


 そこまで言って──“騎士団長”は自らの口二人差し指を当てて……ランスロットの続く言葉を遮った。


「本当に“竜の信徒”の言うとおりであれば──彼女たちは、あるいは──」

「……」


 アーサーらは思い出す。混乱を極める王宮。竜の信徒一派によって行われた、王党派への迫害と粛正。一晩にして変貌した、ヴァリアの姿を。


「見極めるんだよ。彼ら彼女らが──本当に、“信用に足る人物”なのか、をね」


 アーサーの表情はいつもと変わらない。だがその笑みはどこか──不敵なニュアンスを……見た物に与えていた。

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