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72.小休憩

「……はぁ」


 すっかり陽は落ち……真っ黒な空に小さな光が点々と輝いている。その星が瞬く空の元──野営地にあるテントの中で、ジークは思わずため息をつく。


 彼ら──冒険者がアーサー達に協力する意向を示すと、ランスロットの敵対的な意思も消えたようで……竜達は野営地の中を自由に歩き回ることを許された。


 とはいえ、時間は夜。おまけに帝国に渡ってきたばかりで、しかも“濃い血の匂い”を嗅いでストレスのたまっている竜達は……“あっ”という間に寝てしまった。

 ……ティアマト、ただ“一匹”を除いて。


「……聞いていますの? ジーク」


 ティアマトは……テントの中で小声でそう呟いた。広さはそれほど大きくなく……せいぜい三人が入れる程度。

 そんな狭苦しい場所になぜ彼女が来たのかといえば……単純に、ジークに問いたいことがあったためだ。


「聞いてるさ。だがな、こっちも混乱してる途中なんだよ」

「あなたの事情は聞いていませんわ。姉様以外の事情に興味などありません」

「そうかい。それじゃあ──」


 そのまま……冒険者は目の前に居る少女……寄りも少し背の高い女を指さす。


「お前がここに居る理由も分からなくなるな」

「……」


 眉をひそめ、あらかさまに不快そうな表情になったティアは……自分に向けられているジークの手をばちんっ、と払いのけた。


「……もう一度聞きますわよ。本当に──魔物との戦いに加わるつもりですの?」

「……」


 今度はジークが黙りこくった。ばつが悪そうな顔で頬をかく冒険者。“魔物との戦い”。その言葉を聞いて……明らかに冒険者の態度が変わった。 しかし、無理のないことだろう。なにせ──アーサー達が攻勢をしかけるのが……“三日後”だというのだから。


 あまりにも短い期間。それに加え……“アルディート”と呼ばれる……謎の魔軍の長の存在。アーサーの話によれば……あのリュートでさえ凌ぐ存在だという。


 対してジーク達は……いや──ジークは。変わらず……コウテツの打った剣ひとつが、魔物と戦う唯一の手段だ。

 アーサーの“聖剣”のように、特別な魔力が込められているわけでもなければ、ランスロットのように基礎的な技量に長けているわけでも無い。


 ジークは……確かにここまでやってきた。だがそれでも──彼は一介の冒険者で……それ以上の存在では無い。例え──バハムートの血が分けられていたとしても。


 ティアマトの相談とは、それに関わることだ。つまり──“ジーク”に……問うている。本当に──“魔都”の攻略に参加するのか、と。


 ティアマトは理解している。今度の戦いは──今までのようにはいかない。おそらく、苦戦は必死。となれば──冒険者を守る余裕は無い。

 ファフとニールも、確かに力は弱い。だが──彼ら彼女らは……“竜”だ。冒険者とはわけが違う。


 もちろん、ティアマトとて、ジークは排斥する目的でこのような提案をしたわけではない。だが──冒険者は……答えを出せずにいた。

 そんな──黙っている冒険者の様子を見て……ティアマトは目を伏せながらテントを出る。


「また──前日にお聞きしますわ。その時までには……決めておいてくださいまし」


 どこか重い声色のティアマト。そのせいかは定かで無いが……冒険者のテントの中には……その場に居るだけで潰れてしまいそうなほど……重苦しい雰囲気が流れる。


「俺は……」


 冒険者は──自分の手を握り……それを見る。彼の頭の中は──ある思いでいっぱいだった。


 ──自分に果たして──何が出来るのだろうか……と。



 ──作戦開始まで、今日を入れてあと二日。ジークは──以前訪れた、野営地の中の高台で……座りながら空を見ていた。

 魔物が跳梁跋扈するこの大陸の空は──それが嘘であるかのように……澄み切った星空をしている。


 考えをまとめるためにここへやってきたジークだったが……しかし、そう簡単に結論がでるわけもなく……ただ、輝く星の煌めきを目で追っていた。

 野営地から聞こえる……多くの声。詳しく聞き取れるほどではないが、それでも、この場所に多くの帝国兵が居ることが分かる……と。


 そんな喧騒のなかで……“誰か”が座る冒険者の肩を叩く。


「──辛気くさい顔をしおって」


 そこに居たのは……古くさい言葉を放つ……竜の少女。……竜娘バハムートの姿だった。


「……お前、何でここに」

「おぬしの姿が見えたので来た。暇じゃしの」


 少女は“食べるか?”という言葉と共に──兵士からもらってきたであろう……獣肉の串焼きをジークへ見せる。

 だが……食欲もない状態の冒険者には……その香ばしい肉の塊も……魅力的には映らない。


「ほう、悩み事か? もしかして……コレかの?」

「……馬鹿か」


 竜娘はジークの隣へ座り……肉を頬張りながら……自分の手の“小指”を立てて見せた。ジークはそれを鼻で笑う。


「どうせ、ティアのやつに何か言われたのじゃろう?」

「……妹のことはお見通し、ってか」

「ま、あやつはおぬしに厳しいからのう。案外、ぬしのことを一番考えておるかもしれんが」


 ……どこからかくしゃみの音が聞こえたような気がするが……気のせいだろう。


「なぁ……。お前は何の為に戦ってるんだ? ……やっぱり、妹のため……なのか?」

「藪から蛇じゃな」

「棒だろ……じゃなくてだな」


 ジークが頭を抱える横で、もぐもぐと肉を食べ……終えた竜娘は、すっとその場から立ち上がった。

 体型が小柄なので、その様子もいささかコミカルだ。


 立ち上がったバハムートはめいっぱいに背を伸ばすと……星空を見上げた。


「戦う理由なんてない。わらわは……誰かが苦しむ姿を見たくないだけじゃ」


 ……ジークにとって、この答えは予想外だったようで……男は少女を見上げた。


「……わらわには戦う力がある。ティアには敵わぬが……それでも、この力を、無駄にはしたくはない」

「……お前」


 そう言葉を紡ぐバハムートの表情は……ともすればティアマトよりも大人びているように見えるほどに……達観した表情だった。


「……“力”か」


 ジークは……暗闇の空の下で、拳を握る。確かに──ジークは竜の血を分け与えられた普通の人間。けれども……それでも、“力”はある。

 かつてティアマトと戦ったときのように……譲れない物の為に戦えるという……“強さ”が。


 冒険者は──バハムートに続くようにして──その場から立ち上がった。


「……多少はマシな顔になったの」

「……ありがとな、竜娘」

「……ふん」


 竜娘は──ジークに背を向けて……野営地の方向へと歩き出した。小柄な体が右へ左へと揺れている。

 そんな少女は──一瞬だけ振り向いて──。


「──はよう調子を戻せよ、“ジーク”」


 そんな少女の顔は──あるいは星よりもまぶしいほどに──輝くような笑みを浮かべていた。

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