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69.帝国

「……意外だな」


 冒険者は──“竜の姉妹(ドラゴン・シスター)”の次女、ティアマトの“手のひら”から地面に降り立った。

 彼に続いて……バハムートやファフとニールも降りてくる。


「えぇ。“魔物の本拠地”……と言う割にはすんなりと入れましたね」


 落ち着いた様子で……しかし周囲を警戒しながらニールはそう言う。いかにも“冒険者”らしい服装をしているジークやバハムートに比べると、いささかファフニールは軽装に見えるが……“流の力”で補えるのだろう。


「だが……帝国が軍事力をもっているとはいえ、それが魔物と手を結ぶ理由になるか?」

「……さてな。じゃが──」


 ちょうどティアマトが、竜への変身を解き…その体を冒険者ほどの身長へと戻す……と。

 バハムートは、自らの手で遠方を指差して……顎をくいっと動かしてみせた。


 ジーク達の居る場所から、少しだけ見える……少女の指差した先。冒険者達はその場から移動して──その“光景”を目にする。


「どうやら──手を組んでいるわけでは無さそうじゃ」


 バハムートは……自身の手で口を押さえながらそう言う。そこにあったのは──あまりにも凄惨な光景。

 ニールは思わず、“妹”であるファフの目を手で隠した。


 青色の空の元に広がる……戦場の跡。多くの人間が死体となって地面に転がり……それが絨毯のようになって地面を覆い隠している。

 周囲に広がる、鼻孔を刺激する濃い“血”の匂い、普通の商人などであれば、ここに居るだけで気絶してしまいそうなほどの、不快な匂い。


「……惨いな」


 そんな光景を見ながら……ジークは不自然な状況に気づく。というのも……。


「……帝国が劣勢か」


 多くの“人”の死体に対して……魔物の死骸は数えられるほどしかない。しかも、そのどれもが……人の身長を遙かに超える、“化け物”ばかりだ。


「……行くぞ」

「え? ま、待つのじゃ、ジーク」


 顔を布で覆いながら、“戦場”の跡地へと歩きだすジーク。竜達は……困惑しながらも冒険者の後に続く。


 冒険者達は、自分たちの降り立った岩陰から姿を出して……死体にまみれた大地へと足を踏み入れた。

 彼らが歩く度に鳴る……ぴちゃぴちゃという音。死んでいる帝国兵の“血”が……地面へこぼれ落ちている証だった。


「……やっぱりか」


 ジークは、一人の倒れている“兵士”の鎧を、かがみながらまじまじと見て……納得したようにそう告げる。


「何か分かったんですか?」

「あぁ……“これ”だ」


 疑問を投げるニールへ……ジークはその“鎧”に刻まれた“紋章”を指差した。鷲が力強く描かれ、一対の斧が交差しているモチーフ。


「……帝国の紋章だ。やっぱりこいつらは……人間らしい」

「……」


 それを聞いたティアマトは……黙って数少ない“魔物”の死体へと近づいていく。真っ白な体を返り血で染めるその“魔物”も……一切動く様子はない。死体には蠅がたかり……辺りには腐臭が立ちこめる。


「……魔物三体に対して、この損害は多すぎますわね」


 魔物の体を見ながら……そう呟くティア。その傍らにバハムートが歩いて生きて……ティアマトへ“ある物”を見せた。

 少女の手の中にあるのは……帝国兵が持っていたであろう“武器”だ。しかしそれは……至って平凡な剣に見える。


「こんな武装じゃ。こやつら相手に善戦したほうじゃろう」


 ──というのも、この世界において“魔物”と想定されているのは……至って小型の存在だけ。ジークにとっても……これほど大きな魔物を見たのは初めてだった。アリアの“影”のような、特殊な場合を除いては、だが。


「……ジーク、少し話が」

「何だよ、ティア」


 ティアマトは、離れた場所でファフニールの傍に居た冒険者を、自身の元へ呼んだ。ジークの姿がこちらへ来たことを確認すると……ティアマトはそのまま話し始める。


「あなたは、どう考えます?」

「……どうって、何が」

「いいから」


 ティアにそう言われるジーク。冒険者は、顎に手を当てて……凄惨極まる戦場を見渡す。


「少なくとも、魔物と帝国が手を組んでる、ってのは無いらしい」

「……えぇ」


 ジークは……どこか煮え切らない様子のティアマトを見て……それを不思議に思うが、とはいえ声を掛けるほどでもないと判断し、その場を離れる。


「……(みやこ)にまで行けば……何か分かるか」


 状況的に考えれば──リュートが逃げた候補は三つ。一つは帝国、二つは別のある大陸、三つがどこの大陸でも無い場所……すなわち海。

 だがどうやら──この“巨大な魔物”の姿を見るに、ここが魔物と無関係である、というわけでもないだろう。


 それに──。


「バハムート、“姉妹”の気配はどうだ」

「……分からぬ。血のにおいが濃すぎて倒れそうじゃ。じゃが……これほど魔物がいる場所ならば……“あやつ”は居るかもしれぬな」

「……“あやつ”って?」


 竜娘の口ぶりから察するに……どうやらまだ、竜の姉妹(ドラゴン・シスター)は居るらしい。バハムートは顔を覆ったまま──しかめっ面でその“名”を呼んだ。


「わらわと直接関わりのある最後の“竜”──“リヴァイアサン”じゃ」

「……本当か?」


 開口一番、冒険者の口から飛び出したのは疑いの言葉だった。無理も無いだろう。人々にとって、“リヴァイアサン”という名前は──海で商船を襲う怪物の名前だ。


 “冒険者”のギルドを訪れる商人の中には、その“リヴァイアサン”に舟を襲われ、積み荷を全て失った者がたまに訪れる。

 ゆえに……ジークもその名を聞いたことがあったのだ。恐ろしい……“怪物”の名として。


「リヴァイアサンと言えばそりゃ──」


 続けようとするジーク。だがその声は──対外的な力によって、強制的に止められた。

 冒険者の喉元に突き当てられる……短剣。


 ジークだけではない。この場に居る全員──戦闘に長けているティアマトですら──“血の匂い”に感覚を惑わされ、気づくことが出来なかった。

 彼らを取り囲む……“兵士”の姿を。


「──報告。不審人物を確保。数は──」


 甲冑に身を包んだ兵士が……曇った声でそう言う。だがすぐに──“通信機”らしき装置からは大声で怒鳴り声が飛んできて……鎧を纏う兵士は、その手をすぐに離す。


「──お、お前ら……何者だよ」


 咳き込みながら言葉を何とか絞り出すジーク。それに対して……“兵士”は深く腰を曲げ、謝罪の姿勢を取りながら口を開く。


「申し訳ありません──かのお方の“客”とは知らず」

「……きゃ、客だと?」


 ジークがそう言うと同時に──冒険者の周りに“竜”が一瞬にして姿を移動させる。真っ先に武器を構えたのは……ティアだった。


「やってくれましたわね、あなた達」

「申し訳ない」

「……ティア、待ってくれ」


 ジークの言葉を聞いて……矛を収めるティアマト。しかし警戒は解いていないようで……自分たちを取り囲む“兵士”を変わらず、鋭い視線で見ている。


「……俺達を知ってるヤツか?」

「えぇ。おそらくは」


 そして兵士は──自分の懐から……紙を取り出した。そこに書かれている人物の人相を──冒険者は知っている。


「こいつは──」


 その顔の下に書かれた……“ヴァリア騎士団長──アーサー”という文言。


「私たちの指揮官──“反竜連合軍”のリーダーです」


 アーサーという名前。そして──“反竜”という言葉。頭が混乱するジークの代わりに……バハムートが兵士へ言う。


「付いてこい、とでも言うつもりか?」

「そうしていただけると助かるのですが」


 少女は……他の皆の顔を見る。ティアマト意外は……不安げであったり……あるいは困惑している表情ばかりだ。

 少女は自身の手を力強く握り……兵士の前に出る。


「わらわ達の身の安全の保障。それがついてゆく条件じゃ」

「……えぇ。そうせよとの命令です──“アーサー”様の、ね」


 ぴちゃぴちゃ、という音。再び──竜達は歩き出す。何がどうなっているのか、何が起こっているのかも分からない……帝国で。

 そして──ジークは知る。かつて自分が身を寄せていた──。


 ヴァリア王国が、崩壊の危機にあることを。

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