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68.さらば、メタル大陸。また来る日まで

 メタル大陸……その大陸にある街……アイアン。そう──思えば、この大陸に来てからいろいろなことがあったものだ──冒険者……ジークはそんな感傷に浸っている。


 時刻はまだ朝。陽がようやく昇ってきた……そんな時に……冒険者達は宿屋の外に居た。


 ジーク達がこの大陸へ来たとき……彼らは戦に敗れた敗残者で……みな、傷を負っていた。だが──。

 このメタル大陸での出会い。コウテツやマーズ……ファフニール。あるいは──リュート。すべての“出会い”という“(えにし)”が……ジーク達を強くした。


 だからこそ……別れるのが惜しくなる、というものだ。


「本当に、行くのかい?」


 マーズの宿屋。その出入り口から出た場所で……不安げな表情をした女将が言う。

 彼女が心配しているのは──もちろん自分たちの身もだが──それ以上に……冒険者達の身を案じていた。


 だが、それも当然の反応だ。なにせ彼らは──魔物の本拠地に乗り込もうとしているのだから。

 ジークは、出発までの束の間の休みを楽しむ竜達の帰りを待ちながら……マーズに言葉を返す。


「ここまで首を突っ込んだ以上、途中で放り出すってのもすっきりしないからな」

「……強いねぇ、あんたは」

「……そうでもないさ」


 ジークは目を閉じて……今までのことを思い出す。ヴァリア大陸での一連の出来事。メタル大陸に降り立ってからのこと。

 確かに……それらの“経験”は冒険者を強くした。だが……彼が“強くなれた”のは……。


「……全部、あいつらのおかげさ。……バハムート達のな」


 そう──いつも冒険者の傍らには……竜が居た。竜達が居た。バハムート、ティアマト……そしてファフニール。

 彼女たちとの出会いが……“自分”を変えるきっかけになった。そう冒険者は……思っている。


「……マーズさん、ありがとうな。宿を……無料で貸してくれて」


 しんみりとした空気を変えるようにして……ジークは話題を変えて……“宿屋の女将”に対して感謝を述べる。

 そう言われたマーズは……笑いながらジークの肩をばしんっ、と叩いた。思わず冒険者の体が前へ前へと倒れそうになる。


「ツケだよ、ツケ。だけどね──」


 けれどマーズは──明るい笑みを浮かべ──。


「無事で帰ってきな。その時に払っておくれよ」



 ──マーズとジークの会話から少し後。竜達もそれぞれやるべきことを終え──宿屋の前へと集まってきていた。

 見送りに来ているのは……マーズとコウテツ。ほとんどのドワーフたちは未だ就寝中。


「……で、“帝国”については分かったのか?」


 ジークは……それとなく、竜達へ問いかける。それに真っ先に答えたのは……ティアマトだった。 リュート奇襲作戦で囮を務めた彼女は──既に体の傷は治り、体調も万全といったところ。


「……強大な軍事力を持つ国。けれども……わたくしが集めた情報では、魔物に関するものはありませんでしたわ」

「わらわもじゃ。そもそも、帝国とやらの情報が少なくてな」


 二人の言葉に……ファフとニールもうなずく。かくいうジークとて、何か有力な情報を持っているわけでは無い。

 あの──エリュシオンから届いたであろう手紙。そこに書かれていた……“帝国”という文字。


 このドラゴニアには……四つの大陸がある。そのうち……対外的な関係を持たず、それゆえに強大な軍事力を持っている……とされている(・・・・・・)のが帝国だ。


 “されている”、というのは……単純な理由で、そもそも帝国へ入国することが出来る者が少ないため。ヴァリア大陸ならば、騎士団長や王でなければ入れない。しかも、招待されたときに限り。


 だがそれでも──本当に魔物の居城が“帝国”にあるとするなら……冒険者達の進路が変わることは無いだろう。


 考えたくは無い話だが──もし魔物と帝国が手を取り合っていた場合……“帝国”は魔物にとって最高の隠れ場所になる。


「……藁にもすがる思い、ね」


 ジークは……懐からエリュシオンからの手紙を取り出した。いや……エリュシオンからのもの、と確定したわけでは無いが……状況から考えても

、“黒装束”の一派からのメッセージであることに間違いは無いだろう。


「にしても……」


 ジークは小声でそう呟きながら……自分の周りに居る竜達を見る。バハムートと二人で始めた旅……それももう、それなりの大所帯になった。


「……なぁ、竜娘」

「何じゃ」


 バハムートは、ジークの声に振り返り……その端麗な顔で冒険者を見る。


「これからも……よろしくな」

「……突然じゃのう。気味の悪いやつめ」

「……そこまでか?」

「そこまで。じゃが──」


 そう前置きをしたバハムートは──腰に手を当て、ジークの顔を見上げるように……体を前に倒す。


「……おぬしとおって、退屈はせんな」

「……ははっ、そうかい」


 ……そんな甘々なやり取りを見て……肩を落とすティアマト。彼女のジークに向けられる“どす黒い”雰囲気が次第に大きくなっていくのを感じ……ファフとニールは互いに抱き合って……震える。

 そんなティアが……おもむろにジークへ近づいたかと思うと──。


「──行きますわよっ!」

「え? お、おい──っ」


 ──ティアマトはジークの手を力強く握ったまま──空を見上げて“何か”を呟いた。──と。 急いで走ってきたファフとニールを巻き込んで──辺り一帯に“煙”が発生する。そこから少し遅れて……辺りを照らす閃光。


「──相変わらずとんでもない嬢ちゃんだぜ」

「……だが……あんたよりも人間らしいね」


 そんなやり取りをするマーズとコウテツが見上げるのは──巨大な“黒竜(こくりゅう)”ティアマトの姿。

 体に走る“紋様”は赤く光り……黒の体表に対して美しいバランスの色を作り出している──と。


『──お二方、お世話になりましたわ』


 そんな声が地表の二人の頭に響いたかと思うと──その“竜”は巨大な翼を広げて──空に浮かぶ雲の中へと消えていく。


「……達者でな」


 ヴァリア大陸の時は違う……平和な旅立ち。だが──彼らを待ち受けのは、それ以上に波乱に満ちた旅路。


 だが、彼らの行き先は変わらない。それが決して──“死”の待ち受ける場所だったとしても。

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