67.束の間の休息
「──何じゃ、まだ寝とるのか」
少女は──アイアンにある宿屋の一室で……そう呟いた。その……バハムートの指は……ベッドの上で爆睡しているジークの頬をつついている。 最初は面白がってちょっかいをかけていた少女だったが、冒険者が一向に目を覚ます気配がないことから……次第にその表情はいつもの顔へと戻っていった。
「──仕方ないですよ、お疲れのようでしたし」
「そうです。仕方ないです」
少女の後方でする……子供の声。二人一組……いや“二体一対”とでも言うべきか。
片方は……中性的な見た目で……バハムートよりも少し年上のような姿。もう片方は……対照的に少し幼い容姿。
「おぬしらこそ、まだ寝とるほうが良いのではないか?」
「……僕たちも、やるべきことがあるので。……姉さん」
ニールはバハムートに笑みを見せる。だがその表情は……どことなく曇っているようにも見える。 そんな“ニール”につかず離れずの“ファフ”は……以前と変わりない様子だった。
「それじゃ、またね、姉さん──」
ニールがそう呟き部屋を出ようとした瞬間……“片割れの兄”が扉に手を伸ばす前に……その戸はバハムートによって閉じられた。
「まぁ待て。妹の悩みを聞くのも姉の務めじゃ。話してみるがよい」
「……強引だな、姉さんは」
過去を懐かしむように笑うニール。どうやらファフニールの“兄”は……その妹とは違い、少し感性が豊かなようだ……と。
バハムートはジークの眠るベッドの上に座り……ファフとニールは机に付属している椅子へと腰を掛けた。
まばゆい朝日が部屋を照らす中……ニールが自分の考えを言葉にし始める。
「……また、魔物は戻ってくるかもしれない。僕たちは……ここに残らないと」
……バハムートは、黙って“弟”の言葉を聞く。整理するとこうだ。
ジーク達からすれば、逃げていった魔物を追いかけて追撃したい。
だがファフニールからすれば……アイアンおよびメタル大陸を守っていきたい。
些細な方針の違いだが……それゆえに……どうするべきか、ニールは決めあぐねていた。
「……確かに、おぬしの言うとおり……リュートはまだ死んでおらぬ。それに……魔物の残党もまだ居るじゃろう」
バハムートは、ニールの言葉の真意を確認していくかのように……言葉を紡ぐ。無論、少女にとっても、“弟”の言い分が間違ってはいないということは理解していた。──しかし。
「じゃがそれでも……わらわ達には、おぬしの力が必要じゃ──ファフニール」
少女は、真っ直ぐな瞳で、交互にファフとニールを見る。だがそれでも……この兄弟の意思は硬いようだった。
「僕は……僕たちを信じていた人達を守りたい。この大陸に生きる──」
そう語気を強めるニールだったが──その言葉は途中で止まる。彼ら彼女らが予期していなかった……外的要因によって、だ。
「──ちょっと、あんたら」
扉がノックされ……バハムートが返事を返す前に──戸が開け放たれる。そこにあったのは……この宿屋を仕切る女将……“マーズ”の姿だ。
「ったく。男の部屋で朝から元気なこったねえ」
「……言っておくが。言っておくが……わらわは決してそのような──」
「ま、若さも元気の内さね。それよりも──」
少女の反論を遮って自分の話を続けるマーズ。バハムートが耳を赤くして俯いているのも気にしやしない。
ニールは自分の姉が意外と“そう言う話”に弱い一面を知って内心面白がっているが……。
次にマーズの手から差し出された“それ”を見て──竜達はみな……息を呑んだ。
「これ、ジーク宛てに届いてたんだけれど……いかんせん差出人が書いて無くてねぇ」
一瞬……この部屋の空気が凍る。おそらくジークやコウテツ、それにマーズのような普通の人間ならば感じないのだろうが……竜達は、その手紙から──“恐怖”を感じていた。
手紙を遠目から見るバハムートの脳内に浮かぶのは……“黒装束”の魔法。あれと同じ“嫌な感じ”を……竜達は感じ取っていた。
「……? どうしたんだい? あんたたち──」
竜達がそれを受け取るのを尻込みしていると……その後ろから──寝起きのジークがぱっと噛みを取った。
「ありがとな、マーズさん」
「いいんだよ。あんた達のおかげで……なんとかなりそうだしねぇ」
「そうかい。なら良かった」
ジークは別れの挨拶と共に……マーズを見送って部屋のドアを閉める。
マーズの言う“何とかなる”とは……助けたドワーフたちのことだ。
あの夜──ティアマトに助けられ、アイアンに降り立った囚われのドワーフたちは……その卓越した技術をこの町の為に使う事に決めた。
それによって……この町を守る防衛用の装備は、急速に進化している。
「……人の部屋で何してんだ、お前らは」
呆れ気味に冒険者がそう言う。ニールもファフも……ジークから視線を外して……バハムートを指差した。
「……おい」
「……何じゃ!? わらわは何もしとらんからの! 絶対じゃからな!」
「……何で顔を赤くしてんだよ」
異様に慌てふためく少女の様子を見て……ため息をつくジーク。冒険者はそのまま……自身の手の中にある手紙の封を……開けた。
「……?」
ジークは中身を手で触るが……特に何かが入っているというわけではなさそうで……ただ紙が一枚入っているのみ。
「……これは?」
「……開けてみよ」
竜達も、何か何かと、興味ありげに冒険者の周りへ集まる。ジークがその薄い紙の折り目をほどいていくと──。
「──おいおい」
その紙にインクで書かれていたのは──。
“敵の居城──“帝国”にあり……竜の信徒より”という──メッセージだった。




