65.竜信仰
「おや……どうされたのです」
“黒装束”を身に纏った男は……不思議そうにそう告げる。リュートとジークの決戦に突如割り込んできたその男に対して……この場に居る全ての存在が警戒心をむき出しにしていた。
その“男”によって天井がぶち抜かれ──空から“光”が差し込む。部屋の床中には……おそらくリュートの血とジークの血が入り交じり……水溜まりのようなものを作り出していた。
「……あやつ」
「……あぁ。……“オニキス”で見た黒装束──」
……と。そこまでジークが言うと──発現を遮るように……黒装束の男……“エリュシオン”が冒険者とバハムートの前へ“移動”してきた。
「っ!」
咄嗟のことに……思わず二人は動揺する。だが、黒装束に危害を加える意図は感じられず……ただ、その口を開いて、
「違いますよ。あなた達が見たのは……まぁ、いわば私の“部下”です」
「……部下……だと?」
屈託の無い笑顔でそう言ってみせるエリュシオン。好青年……よりも少し年上の見た目をしているが……その姿はどこからどう見ても……“人間”とそっくりだ。
アリアのように角や尻尾が生えているわけでもない。
「……ふん。ならお主は“親玉”か。どうりでうさんくさいと思ったわ」
「おや、酷いですねぇ。私はまだ……あなたに何もしていないではないですか。──バハムート様」
「……」
当たり前のように“少女”の名前を当ててみせるエリュシオン。まるで子供と遊ぶ父親のような振る舞いを見せているが……対するバハムートは……明らかに不機嫌そうな表情になっている。
「──待ちなよ、キミ」
……と。エリュシオンが冒険者達へ絡むその後方から……吹き飛ばされたであろう“魔物少女”の声がした。
瓦礫ががらがらと落ち……埃にまみれたリュートの姿が露わになる。その姿を見たジークは……思わず言葉を漏らした。
「……おい、嘘だろ……」
少女の体は先ほどとは異なり……華奢な体についた傷は殆どが止血していて、傷も塞がろうとしていた。
魔物はもとより体が丈夫であるが……ここまでのものは流石に冒険者も見たことが無い。おそらく……リュートの“血の力”が関係しているのだろう──と。
「おや──」
魔物少女は──言葉を発することも無く──“血の刃”をエリュシオンへと放つ。だが……その黒装束の男は、赤子の手を捻るかのように……その“刃”を手で払い飛ばした。
より正確に言えば……手から生み出した“魔方陣”によって。
「……こいつ」
その様子を見て……リュートの目つきが、今まで見たことも無いような鋭いものへと変わった。今までの冒険者達へ見せていた表情とは違う……殺気を感じる本気の顔。
だがその瞳を向けられてなお……エリュシオンはその温厚な表情を崩さなかった。
「いけませんねぇ、“暴力”は──」
瞬間──エリュシオンの体は──ジーク達の目前からリュートの前に移動する。人知を超えた術。まさに……“魔法”の力によって。
「私があなたを──罰しましょう」
そう言うエリュシオンは──再び自分の手のひらから“魔方陣”を生み出し……それを魔物少女へと向ける。
対してリュートも……黙って敵の攻撃を受けるだけでは無い。手に持つ小さな“刃”によって片方の腕を切り……そこから流れ出る“血”によって盾を生み出そうとするが。
「……あーあ」
残念そうな顔で自分の血を見るリュート。その流れ出る血は……ただ地面に零れるのみで……何の形を成すことも無かった。
それに構うこと無く……エリュシオンの展開する“魔方陣”は次第に光を増していき──。
「さようなら──魔物」
黒装束の言葉と共に……魔方陣の周囲に“光の剣”が生まれ……その鋒は全て魔物少女へと向けられている。
あまりに唐突な状況に……言葉を発することが出来ないジーク達。
魔方陣の“剣”が回転し──リュートの首を音さんとしたところで──“それ”は来た。
……空間と大地が揺れ……再びこの部屋に“影”が差す。それはつまり──巨大な存在が……現れたということ。
その“巨体”はところどころ血を流しながらも──力を振り絞り、ジークやバハムート、ファフをその手のひらに乗せた。
「て、ティアか!? おぬし、どうしてここに!」
『この場を離れます……全員掴まって……“ニール”も』
そう……竜の手のひらには“先客”が居た。彼女の姿を見たファフは──近くに駆け寄り、その倒れた体を抱きかかえる。
「お、おい! なんでお前がニールを連れて──」
だがティアマトは──ジークの質問に答えることもなく……いや、答えられずに、その巨大な翼を広げて飛び立つ。
その様子を笑みを浮かべながら見る……エリュシオン。
そして──ティアマトが離脱したと言うことは──この存在も……この場に来ていた。
「──っ」
黒装束がジーク達に目を奪われている一瞬の隙をついて……リュートは“影”に包まれて消える。 アリアが……魔物少女を逃がした証拠だった。
エリュシオンはその場でため息をついて……やれやれとでも言いたげな表情で肩をすくめる。だが……彼を襲う魔物は……どこにも居ない。
それは……ティアマトが倒したわけでも……アリアが逃がしたわけでもない。
この“要塞”に存在していた魔物は全て──。
「あれが……“竜”だというのですか?」
要塞の外に広がる──無数の魔物の死体。その体についた傷は──魔法によるものだった。
そう──ティアマトとアリアが、戦闘を放棄してこの場に来たのは──エリュシオンと呼ばれる“黒装束”が……魔物を壊滅させうるほどの力を有しているからだった。




