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64.血を知り知を得て血は巡る

「──ッ」


 リュートの“血”が作り出した球状の空間の中で……無数の刃に刺されるジーク。今まで感じたことの無いような痛みが──冒険者を襲う。


 痛みは既に熱さへと変わり……身を焦がすほどの熱が……ジークの体を包み込んでいた。旅人用のいつもの装束の下に着ている“コウテツの鎧”のおかげで、多少はマシになっているが……それでも焼け石に水といったところ。


 そんな──常人ならば意識を失いかねないほどの痛みと攻撃の中で──ジークはただ、その自身の血(・・・・)に塗れた手で──“血の刃”を掴んだ。


「──そこか、リュートッ!」


 その霞んでいる……しかし力強い瞳を──冒険者は見開いて叫ぶ。そしてあろうことか──“血の刃”を掴んだ腕に──剣で傷をつけた。


 “血の刃”の内部で……リュートの血とジークの血が溶け合う。そして──冒険者が気を失って倒れようとしたその時──。


「──ジークッ!」


 冒険者が囚われている“血のドーム”へ──雷の混じった“炎”が放たれた。その燃えさかる“赤色”は……勢いを保ったまま、ジークを覆っていた血をかき消した。

 そのまま“火”はリュートへと向かうが──。


「甘いね」


 少女は“傷”の付いている手を前へ突き出し……“血”によって盾を作り出して、炎を止めた。 そうしてリュートの意識がバハムートに向く一瞬の隙をついて……小柄なファフがジークの元へ駆け寄る。


「じ、ジークさ……」


 その“竜”は……冒険者の体についた無数の傷と流れ出る“血”を見て……言葉を失った。だが──ジークは痛むどころか──笑っている。


 そのまま……冒険者は、剣を地面に刺して立ちながら……剣を握る腕とは反対の腕を上げて……魔物少女を指差した。


「……なに? で、どうだった? ボクの血は暖かったでしょ?」

「……」

「……はは、口を開く力すら残ってないんだ! じゃあこの勝負、ボクの──っ」


 “勝ち”と──リュートは続けることはできなかった。それは単純に──。


「え──?」


 信じられないと言った顔で……自分の手のひらを見るリュート。そこには……今し方彼女が吐いた“血”が……べっとりと付着している。

 故に……彼女は続けることが出来なかった。自分の……“勝ち”だと。


「今だ──バハムート!」


 息を切らし、声を霞ませながら……冒険者は叫んだ。その叫びに呼応するようにして──竜娘がリュートの懐に飛び込む。


「しま──っ」


 反応が遅れたリュート。時間にすれば一瞬のこと。だが今は……戦いの最中。たった一瞬、瞬きよりも短い時間ですら──命取りになる。


 反応が遅れれば……当然“血の盾”を生み出す速度も遅れ……敵の攻撃との間に時間差が発生する。その隙を──竜娘は見事についた。


「──食らうが良いッ!」


 “炎”が少女の手を包み──その拳はリュートの腹部へと当たる。瞬間……大規模な衝撃波が発生し、バハムートもリュートもその場から吹っ飛んだ。


 地面……いや“要塞”全体が揺れている。この部屋が崩れ落ちそうなほどの衝撃がおさまり……立ち上がった“魔物少女”の姿は。


「……っ」

「ちぃ、外したか」


 バハムートからすれば、腹部の真ん中を貫いたつもりだったのだが……リュートが寸前で防御態勢をとったせいか、攻撃の軌道は横にそれ……少女の脇腹には虚空が広がっている。


「……はぁ……はぁ……やって……くれるじゃん」


 少女は──傷口から垂れる血を何とかせき止めながら……そう呟く。普段ならば……この傷ですらどうとでも無いのだろう。だが今は──違う。


「……ジーク。キミは本当に……イライラする」

「……簡単なことだ。タネさえ分かればな」


 ジークは、その傷を負った体で……続ける。つまり……冒険者の話はこうだ。

 リュートは常に自分の血を失っているにも関わらず……倒れる様子は無い。それは……“自分の血”を再利用しているからではないか、というのがジークの仮説だった。


 そして……“魔物少女”が操るのは……常に自分の血だけ。仮に冒険者の“血”を操れるのならば──出血させるだけで十分だろう。しかし……その方法はとられなかった。


 ジークの仮説は二つ。リュートは自分の血を循環させていること。そして、操れるのは自身の血のみであること。そこから彼が導き出したのは──。


「俺の血を……お前の血液にぶち込んだ」

「……ははっ」


 荒唐無稽な論理に基づいてメチャクチャな行動を取ったジークを……思わずリュートは笑う。

 おそらく、返り血では意味が無いのだろう。だから彼は……“血の刃”を直接つかみ……そこで自分の血を流した。


「……めちゃくちゃだなぁ、キミ」

「……それしか、取り柄がないんでね……っ」


 そこまで言うと……ジークは咳と共に血を吐いた。その姿を見たバハムートとファフが賭け寄り……体を支える。


「……無理しおって」


 ジークの痛々しい体を見たバハムートは……思わずそう口にした。冒険者の脚は震え……既に立っているのもやっと。だがその目は……しっかりとリュートを捉えている。


「……終わりだ、リュート。お前の技のカラクリは……既に分かってる」

「……へぇ」


 薄ら笑いを浮かべる魔物少女。だが決してリュートも……無事というわけでは無い。

 ジークは……剣を深く握る。ついに──リュートを斬る時が来た。アイアンのため、メタル大陸のため──ファフニールのため。


 対してリュートも──その手に持つ刃に“血”を纏わせ……剣を生み出した。両者互いに──にらみ合う。バハムートとファフの手から離れ……力を振り絞って立つジークと……腹を押さえるリュート。


「──ッ」


 ──刃が交わる。鉄と鉄がぶつかり合う音。だが──。

 リュートとジークが対峙した瞬間──天井が、壊れた。


「……な、何だ……」


 互いに退く二人。辺りは土煙に覆われるが……崩れた天井から降り注ぐ“光”によって……すぐにその“主犯”が明らかになる。


 リュートとジークの間に割って入る……全身黒色の装束を身に纏った……“黒装束”。顔はベールに包まれ……表情を伺うことすら出来ない。


「お前は──」


 ジークは……その姿を知っている。かつて──オニキスから脱した際に見た──魔法の使い手。

 その“黒装束”は……魔物少女と冒険者に目を配らせたかと思うと……頭を深々と下げる。


「──お初にお目にかかります。私は──竜を信じる者。あるいは──エリュシオン」


 そう言って──ベールを取る“黒装束”の顔は……至って普通の人間の男の顔だ。

 だがしかし──この場に居る誰もが──リュートですら──感じていた。


 “エリュシオン”と名乗る存在が──自分たちの対峙している相手よりも……強力であると。

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