62.魔の中
「──っ!」
冒険者──ジークは、持てる力を全て使って……全力で走っている。それは、その横に居るバハムート、そして前方のファフニールも同様だ。
彼らは──“魔物を産む機構”であるリュートの要塞の中を、ただひたすらに進んでいた。
文字通りの“肉壁”は……まるで命を持っているようにうごめく。その窓から見えるのは──。
「……ティア!」
バハムートが小声で発する。その視界に映っていたのは……“囮”となっているティアマトが……“影の竜”と戦っている姿。
ティアマトと比べものにならないほど全身が黒い“それ”は……誰が見ても“アリア”によって生み出されたものであることは明らかだった。
おまけに……“影の竜”はお構いなしに炎らしきものを吐いている。ティアマトは……その攻撃からドワーフたちを庇ってもいた。
ティアの疲労は蓄積している。万が一、敵陣のど真ん中で“変身”が解けたならば……魔物達がどのような行動を取るのか、想像に難くない。
だからこそ、ジーク達は素早くニールを救出し……リュートを倒さなければならないのだが。
「あれ?」
「おい……さっきも通らなかったか……?」
「何じゃと?」
三人が通過したのは……また二股に分かれた道。確証は無い。なにせ“壁”が動いているのだから……同じ場所だという保障はないが……。
それでも確かに……ファフは違和感を感じていた。
「……ニールお姉ちゃんの気配が……遠くなってる」
「……おいおい、冗談だろ?」
ジークはため息を吐いてみせるが……冒険者も、胸の内ではこうなる可能性を感じていた。
もし──この“要塞”自体が“生きている”のだとしたら──。
壁がその血肉だと考えると……動かすのも自由自在。であるならば……彼らが似たような場所を堂々巡りしている理由にもなる。
「……八方塞がり……かの」
竜娘は背後に視線をやり……魔物が追いかけ続けていることを確認する。前にも進めない。後ろに戻ることも出来ない。
だが──ジークはこの状況を悲観すること無く……むしろその表情には……“笑み”が浮かんでいた。
「──二人とも、俺に──賭けてくれないか」
「……何か策でも?」
走りながらそう言うバハムート。彼らもずっと走りっぱなしで……体力が何時尽きてもおかしくは無い。
「話は後だ──とにかく──やってみるしかねぇッ!」
──瞬間。ジークは足を止め──一気に後方へと体を向ける。冒険者は、前方から迫り来る魔物達……ではなく──。
「──なるほどの……ファフ、手を貸せ!」
「う、うん」
半ば戸惑っているファフとバハムートも──冒険者に続いてその足を止める。
ジークは──腰の鞘から、コウテツの打った“剣”を取り出し──。
「──ッ!」
全力を振り絞り──それを地面の“肉”へと突き立てた。その“意思”に呼応するかのように──刃は光を帯び……力を増す。しかしそれでも──反応が無い。
「クソ──っ」
ジークが迫る魔物に攻撃されそうになった瞬間──通路全体の“肉”と魔物へ向けて──“炎”と“雷”が放たれた。
もしこの要塞が生きているのならば──“攻撃”が通るはず──冒険者の予想は──見事に的中した。
ジークの剣に続いて……竜達の攻撃が“肉壁”に直撃したかと思うと──要塞全体が強く振動し始めた。
大地全体が揺れているような地響きのなかで──“肉壁”がその形を変えて──ジーク達を呑み込む。
「──っ」
何とか手を伸ばそうとするジークだったが──すでにその体は……“肉”の中に呑み込まれていた。
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・
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「……う」
暗闇の中で……ジークは目を覚ます。ふと周りを見渡してみるが……冒険者の周囲に先ほどのような“壁”はなかった。
「……助かった……のか? ……いや」
ジークはその場から立ち上がり……再度周囲を見る。確かに“肉壁”の姿は無いが……同時にバハムートとファフの姿も消えていた。
嫌な胸騒ぎを……何とか抑える冒険者。
「……あいつらがやられるはずは……」
そう──竜が二体居る以上……生半可な事では倒れることは無いはずだ……そうジークは自分に言い聞かせ……周囲を歩く。
どうやら……冒険者の居る部屋はかなり広そうだ──と。
「──なんだ、もう起きたんだ」
「……っ!」
声のした方へ向けて“剣”を構えるジーク。その声の主はバハムートでも無ければ……ファフでもない。しかし……聞き覚えのある声。
“それ”が指を鳴らすとともに……部屋の“窓”にかけられていたカーテンが閉じられていく。
光に晒されたその姿は──。
「……リュート」
バハムートぐらいの背丈でありながら……魔物を統べる実力を有する、“魔軍”の将──リュートが……そこには居た。
「……怖いなぁ、ボク、刃物とか嫌いなんだよね」
「……じゃあその手に持ってる物を置けよ」
やれやれ、と肩を落とすリュート。とても……魔物とは思えないコミカルな動き。
そのまま……“魔物少女”は刃物を持っている右手を、その体の前に差し出す。
「やだね。これはボクの一部みたいなものさ。命の次の次の次くらいに大事にしてるもん」
「……あーそうかい……」
そう言いながら──ジークは“少女”の腕を見る。その手首から流れる……血。
その滴る血液は……地面にこぼれ落ちていて──。
「……まさかっ!」
ジークは……自分の足元を見る。ぴちゃ……ぴちゃ……という微かに聞こえる“水”の音。
いや……水では無い。暗がりで見え無かった“それ”は……確かに──“赤い”色。
冒険者は、はっとした顔でリュートを見る。少女は……その顔に似つかわしくない──醜悪な笑みを浮かべていた。
「──さよーなら、冒険者」
冒険者の足元から──“血の刃”が生じる。無数の刃は、まるでドームのような形を成して──その血潮でジークを包んだ。




