61.魔の居城
「──見えてきたぞ」
空を飛ぶティアマトとファフニール。後者の腕に乗る……バハムートとジーク。
彼らの目前には……いよいよ“魔物の居城”が迫っていた。
真下に広がる険しい山脈。その最中に築かれた……天然の要塞が……魔物の“巣”だ。
実際……ジークらが近づくまでも無く……その石造りの堅牢な要塞の周囲には、有翼型の魔物が巡回している。
魔物達に……これほど高度な要塞を作る技術があるとは考えづらい。おそらく、この場所に囚われているドワーフ達を使ったのだろう。
そして“ここにドワーフが居る”ために……ティアマト達は慎重にならざるを得ない。普通ならば、その顎から放たれる業火によって、居城ごと焼き払えばよいのだが……そう簡単にはいかなさそうだ。
『……では、みなさん──姉様をお願いします』
そう言い残して……ティアマトがファフニールの元から離れ、その姿を雲の中に消す。
まるで今生の別れのような言葉だが……しかしそれが“別れの挨拶”でないことは……この場に居る全員が理解している。
誰も──誰も欠けずにアイアンへと戻る。それが……ジーク達とマーズの交わした約束だ。無論──ティアマトも、死ぬつもりではないのだろうが。
ティアマトが完全にその場を離れたことを確認すると……ジークは剣の柄に手を伸ばす。
「……」
鞘から刃を抜き……冒険者はその真っ白な姿を見る。確かに、何か装飾が施されている……というわけではないが、それでもジークは、この剣から力を感じている。
「……もっと肩の力を抜け。緊張癖がこっちにも移りそうじゃ」
「……緊張するぐらいがちょうど良いんだよ、こういうのは」
そのジークの答えを聞いたドラゴン少女は……思わずため息を吐いて肩を落とす。そのまま……少女の顔は冒険者へと向いた。
「そんなに強ばっていては力を出し切れぬぞ? ここ一番という時ほど、気楽に行く方が良いのじゃ」
……まるで“人生の先輩”のように──いや実際そうなのだが──冒険者へと説くバハムート。半ば半信半疑で聞いていたジークだったが。
冒険者は今までの戦いをふと思い返す。確かに……その時はどれも気を張り詰めていた。肩に力が入りすぎて固まりそうな程に。
……もちろん、少女とてふざけろと言っているわけではない。適度な緊張も必要だとは思っている。
だが……身体を強ばらせるあまり……それで動きが鈍れば本末転倒だ。ティアマトやアリア……少なくない数の魔物。
それらとの戦いを……ジークは思い出す。
「……お前のその気楽さ、少し欲しくなるね」
「……おぉ? 何じゃ? お主がこのわらわを褒めるとは珍しいのぉ? うん?」
……にやにやしながら冒険者へと詰め寄るバハムート。“褒めたわけじゃ無い”とジークは続けようとしたが──。
──突如鳴る轟音。大地がうなりを上げているかのような……低い叫び声。冒険者達の間に流れていた和やかな空気に──亀裂が生じる。
「──ティアじゃ! ファフ!」
『……わかった、お姉ちゃん』
竜娘がファフニールへと叫ぶ。同時に──冒険者達の脳内に語りかける……幼き声色の竜の言葉。
「うお──っ」
ファフニールは──大きな翼を一気に開いて──その身体を倒し、“居城”へと一目散に飛んでいく。
ジークは思わずバランスを崩しそうになるものの……バハムートに手を引かれてなんとか立ち止まる。
風を切る竜の巨体。周囲の景色が残像のようにぼやける──そんな中に……冒険者はティアマトの姿を見出した。
「あれは……っ!」
吹き付ける風をかき分けながら、ジークはその瞳を開く。“竜の次女”は──“要塞”の近くへと降り立ち、その身体一つで魔物の注意を引いていた。
リュートの居城の周囲を飛んでいた魔物も、ほとんどがティアマトの対処へと動いている。やはり“火”を使うことは無く──その鋭い爪を持つ手で戦っている様子だ。
大量の魔物がそちらへ動く姿。ファフニールは──その背後を突くようにして、一度低空まで高度を落として──そのまま“居城”へと侵入していく。
要塞の裏手。そこで──ファフニールは人間へと姿を変える。ジーク達も、周囲を最大限警戒しながら──物陰に隠れた。
「入ったはいいが……どうやって探すかね」
「……」
悩み思案するジークの腕を掴む……ファフの姿。その“子供”の言いたいことをフォローするかのように、バハムートが間に入ってきた。
「竜の姉妹は強い絆で繋がれた存在じゃ。とりわけ、元々同じ存在であったならば……」
「“気配”を辿れる、ってわけか」
およそ人間業とは思えないが……もうジークもこういったことには慣れ始めていた。
物陰からちょこん、と顔を出したファフニールは、かがみながら要塞の中へと入っていく。ジーク達も……それに続いていく。
「……う」
要塞の中はそれほど暗くなく……壁に開けられた窓から光が差し込んでいた。しかし……それゆえに……“要塞”の真の姿が露わとなる。
「……悪趣味のレベルを越えてるぞ……こりゃ」
リュートの居城は……外から見れば至って普通の石造りの要塞だったのだが……中の造りは全く……全く異なっている。
──壁一面にうごめく……“肉塊”。まるで命を持っているかのように“もぞもぞ”と……壁全体が動いている。
そう──この“要塞”の中は──まるで生き物の体内のようになっていた。
「……くそっ、吐きそうだ……まったく」
「気色が悪いのう。まぁ──“あやつ”の家ならば……何があろうとおかしくはないが」
ぐちょ、ぐちょ……と冒険者が歩く度に嫌な音が響く。意外にもファフニールは平静を保っているようで……普通に歩いている。
「……こっち」
分かれ道にあっても……特に迷うことも無く、彼らは前に進んでいく──と。
「……ん?」
ジークの耳に入る……肉のうごめく音。冒険者は思わず……音のした通路の天井を見る。すると──。
「……っ」
そこにあったのは……二つの目玉。ピンク色の“肉塊”の中にある……黒い球体。その瞳はまっすぐにジーク達を見つめ──。
「まさか──バハムート! ファフ!」
「何じゃ? ジーク──」
“目玉”に気づかず進んでいた竜娘を呼び止めるジークだったが──既に遅かった。
目玉は姿を消し──地面が大きく揺れる。大地が……揺れ動かされたかのように。
「……くそっ! 敵にバレた! 走れ!」
「え……わ、わかった」
「……ちぃっ!」
ジークの言葉によって──ファフを先頭として三人は一斉に走り出す。バハムートがふと後方へと目をやると──。
「こやつら……!」
そこには……地面の“肉”から……無数の魔物が生まれる光景があった。そう──ここは。
「……ここは……魔物を生む為の場所か……っ」
──ジーク達はただ──前に走る。振り向かず、振り向くこともできず──まっすぐに、“ニール”……そして“リュート”の元へと。




