59.“竜の姉妹”はかく語りき
「わらわ達は、かつて常に共に在る存在だった」
「……」
──バハムートの記憶がまた回復している。それに対して内心驚くジークだったが……今は口を挟まず、竜娘の言葉に耳を傾けていた。
アイアンにある小さな丘の上。竜娘は……そこにある木の近くに寄りかかるようにして座っていた。
冒険者も……バハムートと同じようにしてその木の幹にもたれかかった。ちょうど木陰になっており……涼しげな場所にもなっている。
「竜の姉妹とは……竜の中でも、濃き血によって繋がれた“盟友”達を指すもの」
「……本物の姉妹、ってことか?」
「いや──あくまでも血を分け合った、というだけじゃ。“高貴なる竜”の……血をな」
血は繋がっているが……姉妹ではない。だが、“竜の姉妹”という。何が何だか分からないが……実際に“当事者”がそう言うのだから仕方ない……とジークは何とか自分を納得させる。
「……“高貴なる”……何だって?」
「知らぬ。わらわも名前を思い出しただけじゃ」
「……お前なぁ」
木陰の下で、ジークはため息を吐いた。バハムートの力と同時に記憶も戻りつつはあるが……それでもやはり完全な状態にはほど遠いようだ。
脳内に存在する記憶が“点”として存在し、それが“線”繋がっていない現状では……核心に迫るような情報は期待できないだろう。
しかしそれでも……“竜の姉妹”がどういった存在なのかを、言葉の節々から察することは可能だ。
──かつてこの世界に存在したであろう……“竜”という種族。その中でも力を持った“グループ”が、バハムートやティアマト、ファフニールの属する“竜の姉妹”……。
「かつては七体居た竜も……今となってはわらわ達だけじゃ」
「……なるほどな」
ここでジークは……合点がいく。なぜ……バハムートがティアマトをあそこまで心配するのか。それは……単に“姉妹”であるという感情だけでない。
滅びかける“竜”という種族そのものの存亡に関わる……という背景も無視できない要素としてあるのだろう。
「……分かっておる。今はティアの力に頼るほかない。あやつの強さは……お主も知っておるとおりじゃ」
「……あぁ、痛いほど分かるよ」
ジークは少し笑いながらそう言ってみせるが……彼は文字通り“痛み”によってティアマトの強さを知った。
いくら“竜の次女”が加減をしていたとはいえ──竜と剣を交えた冒険者は……ジークぐらいのものだろう……と。
バハムートはそこまで言って……座りながら、足に頭を埋めた。少女らしくない……弱気な姿を見て、冒険者は少し調子が狂いそうになる。
……そんなバハムートへ……ジークは言葉を投げかける。
「……俺に兄妹は居ないが──姉が妹を信じてやることも……大切な事じゃ無いのか?」
「……ティアを……信じる、か」
少女は、埋めていた顔を上げて……空を見ながらそう呟く。
「ガラス細工のように扱うことだけが……“姉妹”じゃない……ってことだな、要は」
「……分かるようで分からん例えじゃの、相変わらず」
言葉では呆れているように見えるバハムートは……その場から立ち上がって、背を伸ばす。
木陰に吹き付ける、涼しげな風は……少女の持つ悩みすら洗い流していくようで──。
「……まさか、おぬしに諭される時が来るとはの」
「……褒め言葉として受け取っとくよ」
いつものように、冒険者に笑ってみせるバハムート。その姿を見て冒険者は……安堵を覚える。
「行くぞ、ティアマト達が待ってる」
「……うむ」
冒険者は──首を縦に振るバハムートとともに──アイアンの宿屋へと戻っていった。
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「──姉様、申し訳ありませんでした」
冒険者達が宿屋へ帰って来るなり、ティアマトが開口一番その口から発したのは……謝罪の言葉だった。
ティアは頭を下げるが……バハムートは、笑いながらその頭を撫でる。
「よい。わらわも……おぬしを信じてみることにした。──“姉”として」
「……はい」
……と。その二匹の竜の間に……もう一体の竜──ファフニールの片割れである“ファフ”が入ってきた。
“半身”は……その小さな腕で長女と次女の腕をとり……互いに“握手”させる。
「……“お姉ちゃん”達には……仲良くして欲しいから」
「……感謝する……って……うん?」
そんな中……バハムートは、脳内にひとつの疑問を抱いた。……ファフが……自らのことを“竜の姉妹”だと認識している……と。
「──お前さん達の話を聞いて──何やら思い出したみてぇだ」
少し戸惑う冒険者達の元に……じゃらじゃらと金属音を立てながら……見慣れた顔のドワーフが姿を見せた。
そのドワーフ……コウテツは、何やら大きな……“風呂敷”を背中に担いで宿屋に入ってきた。マーズが色々言う中、お構いなしに男はその風呂敷を机に広げる。
「……おぉ」
思わず……言葉を漏らすジーク。目の前に広がるのは……どれも一級品の武器。少なくとも──そこらの店に並ぶような品質ではない。
「オレは一緒に行けねぇ。こりゃ、せめてもの手向けだ」
「……俺の剣と同じ……なのか?」
剣を眺めながら疑問を口にする冒険者に、コウテツは答える。
「あぁ。アイン山の“金属”で打った武器だ。手に馴染むヤツをいくらでも持ってけ」
バハムートは小さな剣を、ファフは短剣を。ティアマトは……大きな“大剣”を手に取って……少し降る。
面白いほどに、それらの武器はティアマトらの手に馴染む。……馴染みすぎて……素振りで宿のテーブルを斬ってしまうほどに。
「……あ」
「……はぁ……アンタらねぇ」
やれやれ、と頭を抑えるマーズ。ため息をつく者の……その目から光は消えていない。それどころか……むしろ増している。
「……この町の運命は……アンタ達の手にかかってる。どうか──頼んだよ」
マーズは……ジーク達に頭を下げる。ドワーフ族として……コウテツも、同様に。
「──あぁ」
──バハムートやティアマトが宿屋の外へと出発するなか──宿屋の女将の耳には……ジークの力強い言葉が入ってきた。
「美味い飯と寝床の用意を──人数分頼む」
マーズの方を見て……笑いながらそう言うジーク。力強く握られたその拳が……魔物に対峙する意志の強さを表す。
「──まったく──待ってるからさ、アンタ達の帰りを」
ジークは言葉を返さなかった。しかし──それは、わざわざ言葉にする意味も無いからだ。
全員で──この場所に帰ってくる。リュートを倒し──メタル大陸に平和をもたらして。
冒険者はそんな決意を胸に──宿屋を飛び出した。




