58.決戦へと至る道
「──リュートを、倒す」
静寂に包まれる……アイアンのマーズの宿屋の一室。背中に剣を抱えるその“竜”は……口角を上げながら、しかし至って真面目な表情で……そう言って見せた。
彼女の指し示す……“ファフニール”。その力は……冒険者達の知るところで……バハムートやティアマトとは別の“強さ”を持っている。
だが……しかしだ。それを加味しても……ティアマトの提案はよく言えば大胆であり……悪く言えば“無謀”そのもの。
「……冗談か? だとしたら笑えないな」
「まさか。わたくし、冗談は嫌いですわ」
宿屋の一室が……また静まりかえった。特に……ジークとバハムートからすれば、言葉には出さないものの……とてもティアマトの提案を受け入れられそうには無い。
彼らの脳内には……未だ“アリア”に敗北を喫した際の記憶が根強く残っている。それはもちろん……ティアも同様の筈……なのだが。
「アイアンを守る。ならば……リュートを倒すのが一番良いでしょう?」
……ジーク達とて、ティアマトの意見が全て荒唐無稽で無理筋だ、と考えているわけでは無い。 実際、オニキスの助力を得られなかった以上……ジーク達だけでやる必要がある。となれば……敵の大将を叩くのが最も効果的だろう。
だが、言うは容易し行うは難し。“リュートを倒す”と言っても……実際に出来るどうかは定かで無い。
「……いくら“ファフニール”が居るとはいえ……俺達じゃ無理だ。お前だって見ただろ──あのリュートの居城を」
ティアマトの背に乗って見た……無数の魔物がドワーフを酷使しているあの“要塞”。天然の地形を使って建設された……難攻不落の“城”。
おそらく“ニール”もあそこに居るのだろう──しかし近づくことすら難しいとなれば、敵地に乗り込むのさえ至難の業だ。
ジークの口ぶりから、コウテツやマーズも“居城”の様子が壮絶な物であることを察し……思わず俯く。
「……辛気くさいこと。言い訳を並べ立てる前に試してみてはいかが?」
「……試して見るったって……どうやってだよ」
ジークの言葉を聞いたティアは……窓際へ移動して壁にもたれかかる。皆がティアマトの答えを待つなか……彼女は息を吐いて……目を見開く。
「──わたくしが陽動を行います。その隙に……姉様達がリュートを倒す。それが、作戦です」
冷静な……冷たい声でそう言い放つティアマト。自らの身を囮とするその作戦に……待ったの声がかかる。それは当然……“実の姉”から。
「おぬし……本気か? ティアよ」
「言い出したのはわたくしです。ならば……その責任を担うのも、わたくしの使命でしょう──」
作戦として見れば、確かにティアマトらしい合理的なプランだろう。彼女が抜けたとしても、ニールが居るのならば、トータルでは変わらない。 おまけに……安全のために力を分割したということは、それだけ“竜の力”を持っているということ。
バハムートやティアマトも力が戻り始めているが……そのスピードは遅い。ならば……ファフニールという即戦力に頼る。
とはいえ──どれだけ“合理的”で非の打ち所がない作戦だったとしても──バハムートには受け入れがたいものだった。
“妹”が囮となって……命を危険に晒す。ただでさえ……世界から消えた竜という種族が……更に失われるリスクを孕みながら。
竜娘にとって……それは耐えがたいことだ。
「──っ!」
バハムートは……ティアマトへと詰め寄り……首元を掴む。その焦りや怒り、悲しみに満ちた表情とは違い……ティアマトの表情は、至って冷静なものだった。
「……姉様、これは必要なことなんです。わたくしも、姉様の為にこの命を使えるのなら──」
そこまで言って──バハムートはティアマトを離して、全速力で部屋を飛び出した。その瞳に……一粒の涙を浮かべながら。
「お、おい! 竜娘!」
すかさず……ジークが竜の姉妹の長女を追いかけていく。他の面々は……重苦しい雰囲気に足を絡み取られているかのごとく……その場から動けずにいた。
「……姉様」
ティアは、自分の胸に手を当て……空高く広がる……“青色の海”を見上げ、そう呟いた。
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「……ったく。やっと見つけたぞ」
安堵したような……そんな声色で言葉を呟くジーク。
冒険者の居る場所は……アイアンの中にある高台。ただ、舗装がされているわけではなく、人の出入りの痕跡も無い。せいぜい小さな動物が何匹か居るぐらいだ。
「……」
「……心配掛けさせやがって」
ジークの額から汗が垂れる。冒険者は、バハムートを探してアイアン中を走り回ったのだが……それはまた別の話。
男の声に少女が反応することはない。地べたに座り……俯いたまま。
「あやつが……あれほど頑固じゃとは思わなんだ」
そう告げる竜娘の脳内に浮かぶのは……もちろんティアマトの顔だ。
容姿端麗。人間として見ても宝石のような美しさを持つ彼女は……今回ばかりは折れなかった。
二言目には“姉様”と言い、常にバハムートに付き従ってきた……ティアマト。
“姉の心妹知らず”と言うべきか否かは定かで無いが……少なくとも……竜娘がティアを心配している気持ちは本物だ。
「……ティアの案しか無いのは分かっておる。じゃが……わらわは……どうすればよいのじゃろうな……」
顔を上げるバハムート。その顔は……涙でぐしゃぐしゃになっていた。丘から空を見るその表情は……強ばっていて、どこか儚げだ。
「……っ」
ジークは……かけるべき言葉が見つからないことに苛立ちを感じながら……頬を掻く。今の彼女に……出来ることが本当にあるのか──そう悩む冒険者に……。
「……不思議じゃろう? わらわがなぜ……妹を大事に思うか。“竜”などという……不可思議な存在だというのに」
「……そんなことはない……と、言い切れない俺も確かに居る」
「……ふんっ、なんじゃそれは」
竜娘は一瞬だけ口角を上げて……また元の表情へと戻った。
「おぬしを信じて語ろう。わらわ達──“竜の姉妹”が……“何”であるのか、を」




