57.竜の姉妹、その三女
「……ファフニール、やはり、あなたが……」
ティアマトの言葉が……“部屋”の中に響く。時刻は昼。陽は空高く昇り……暖かな光がメタル大陸に降り注いでいる。
彼ら──冒険者一行は、アイン山にてリュートを退けたあと……“アイアン”まで引き返して来ていた。
彼らがこの街の様子を気にしていたのもそうだが……それ以上に、一度休める場所が必要だったからだろう。
幸い……アイアンにはマーズが居る。彼女に報告がてら……宿に宿泊しているというわけだ。
未だ街は健在。魔物の襲撃を受けた様子も無い。このままリュートが興味を失えば良いのだが……そう上手く行く保障も無い。
「……わたしは……“ファフ”。“ニール”おねえちゃんを探して……アイン山に居たの」
「……アイアンの魔物を倒したのは……お前か?」
そのジークの質問に……少女は首を縦に振った。どうやら正解のようだ。
「……どうやら、記憶喪失、ってわけでもないらしい」
「……あなたたちのこと……信用できなかったから」
何の気なしにそう言ってみせる“ファフ”。歯に衣着せぬ物言いは、どこかバハムートに似ている。
だが……仮に過去アイアンに現れた魔物を倒した……となれば、時間的にはおかしなことになる。 というのも……魔物の襲撃の際に力を貸したとなれば……その時には“完全体”のファフニールであったはず。
アイン山の神殿で見たとおり……“少女”となったファフニールの力は未だ健在だが……アイン山からアイアンまでの長い距離を攻撃できるとは、とてもじゃないが考えづらい。
ジークが──そのような疑問を胸に抱いていることを察したのか……“ファフ”が冒険者達の前に出てきた。
「……あなたたちを助けたのは……多分ニールおねえちゃんだよ」
「……ニール……お姉ちゃん?」
竜娘……バハムートは、ファフニールの半身であるファフの言葉をオウム返しするように口を開く。
ファフニールは、力が分裂するばかりか……その分裂した“ファフ”と“ニール”が姉妹の関係になっているという。
“竜の姉妹”の中の姉妹……まるで入れ子のような構造だが……むしろ、“竜の姉妹”の影響を受けたもの、と考える方が自然だろう。
「……それが“きょうだい”ってわけか。で、お前達が居た痕跡があの神殿にあった……そんなところか」
「うん。わたしたちは……あそこに住んでたんだ」
「……住んでた? ……?」
ファフニールの半身から発せられる言葉は……以前ティアマトが立てた予想とは少し異なっていた。
つまり……“竜の姉妹”の三女が“バラバラ”になったのは……リュートのせいでは無かったらしい。
「わたしたちは……気づいたら二人だった。だから……あの中で過ごしてたの。そしたら……」
「リュートが、来た」
順序が逆だった、というわけだ。だが……リュートが少女達の元に現れ、そして“ニール”の姿が無いということは……。
「……攫われた、か」
「ニールおねえちゃんは……わたしを庇って……連れて行かれちゃった」
マーズの宿屋……その一室で話し込む一行。椅子に座りながら……少女とは思えないほど神妙な面持ちで話を続けているファフニール……と。
そこまで一言も言葉を発していなかった人物が……口を開いた。
「……ま、待ちなよ。それじゃアンタが……“守護竜”だってのかい?」
「うん、そーだよ? お姉さん」
「……はぁ、こんな子供がねぇ」
マーズは……半信半疑と言った様子で……“ファフ”の頭を撫でた。少女は、恥ずかしそうな表情で照れている。
宿屋の女将……彼女にとって、もはやジーク達の会話は理解に苦しむ無いようだが……それでも“半分は”信じている。
内容は現実離れしているが……起こった事実にフォーカスすれば……“嘘”とは言い切れない話だからだろう。
むしろ……竜がどうこうよりも……マーズにとって衝撃だったのは、オニキスの様子の方だったらしい。
「……“教団”だったっけ? そんなうさんくさい連中と……まさか手を組んでるとはねぇ」
「……忠告しておくが、“アレ”には関わらぬ方が身のためじゃ。実際に対峙したわらわ達が言うのだから間違いない」
それまで、部屋のベッドに腰掛けていたバハムートがそう言った。実際……オニキスという場の中で……“教団”の存在だけが異質だ。
「……これから、どうするかねぇ……」
マーズは……自身の身というよりも……アイアンを案じているようだ。オニキスへの助力は断られた。頼みの綱の竜も……半分は行方知れず。
「……せめて、“ニール”ってヤツがどこに居るか分かれば、な」
藁をも掴むような思いでそう口にする冒険者。その言葉に対しファフは──。
「……わかるよ?」
「……は?」
……その場に居る全員が気の抜けたような声で困惑する。一人を除いて。
「“竜の力”目当てで攫ったのでは無い。リュートは……“玩具”としてニールを攫ったのでしょう」
「……嬢ちゃん、なぜ分かるんだ?」
コウテツ……ドワーフは、この場に居る冒険者達が抱く当然の疑問を口にする。だがティアマトは……淡泊に続けた。
「“半分の竜”。見てくれは人間の子供。でも“竜の力”を持っている。……これほど、リュートの関心を引きそうな存在がありまして?」
ティアマトの声を聞き……頷きながらも、ジークは言葉を返す。
「だが……仮にそうだとすれば──ニールはリュートの居城に居ることになるぞ。今の俺達にはまだ──」
そう続けようとするジークの言葉を……ティアマトが人差し指で遮る。彼女にしては珍しく──顔に笑みを浮かべながら。
「あら──戦力なら居るではありませんの。ほら、ここに──」
ジークの言葉を止めた指でティアは──。
「……?」
未だ状況を飲み込めていない少女──“ファフニール”を指差した。




