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56.空より降りし、竜の雷

「──クソッ!」


 メタル大陸、アイン山。そこにある真夜中の遺構の中に……冒険者の嘆きの如き叫びがこだまする。

 リュートに加え……アリアの出現。一体でも手に負えないというのに……魔軍の長が二体現れたとなれば……苦戦は必死だ。


 実体の無い“影”という敵。そこから現れる……神出鬼没のリュートの刃。一撃は重くないものの、それが蓄積すれば無視できない痛手となる。


 防戦一方、苦戦必死。反撃の一手を決められないまま……ジーク達はじわじわと体力を削られていく。


「……っ」


 ──と。ジーク達が防戦を繰り広げる最中……“影”を斬り払っていたティアの手から──剣が落ちていく。ガシャン、という金属が地面に当たる音。


 冒険者達の中でも消耗の激しかったティアマトは……かなり厳しい状態にあった。立てないほどではないが、力が思うように腕に入らなくなっている。


「ティアっ! ちいっ!」

「……っ、姉様……」


 ここぞとばかりに、“竜の次女”へと襲いかかる“影”。その一群を……バハムートがなんとかくい止めた。その“竜の炎”によって一時的に“明かり”が生まれ……影が消える。


「クソッ……“光”さえあれば……っ!」


 影の攻撃を受け止めながら……ジークがそう呟いた。彼の纏う衣服には多くの切り傷の血が付着している。


 彼らが“影”に遅れを取っているのは……何も力不足であるからではない。

 この場において、影と戦う力を持たない存在……コウテツとファフニールの半身……彼らを守るためだ。


 他者を守りながら戦うことは、冒険者にとって初めてのことだ。守りながら剣を振るう。攻めれば隙が生まれる。生まれた隙に敵が割り込み……守るべき者達へ刃が向かう。


 この危機的な状況を脱する方法は──ジークの頭の中には浮かんでいる。だが……実行に移せるかはまた別の問題だ。


 “光”。バハムートの炎によって生み出されたそれは影を退ける力を持つ。だが……遺跡の中という閉所で本気で炎を扱えば……冒険者達もただではすまない。


「……“無駄”、だよ。ボクの策は完璧。キミ達は……ここで死ぬのさ」


 “影”の中から語りかけてくる……心底楽しそうな“魔物少女”の声。だが──それに臆すること無く、ジークは剣を構え続ける。バハムートも。、ティアマトも……退く気配は無い。


「──悪いがこちとら、諦めの悪さだけは一流でね──」


 そう言いながら──ジークは懐から“ある物”を取り出した。球体の形状をした……小さな道具。それは……“マジック・ガジェット”と呼ばれる……魔法道具だ。


 強大な魔法の力を、素人にも扱えるようにしたものが……この“魔法道具(マジック・ガジェット)”だ。


 ジークは“それ”を──“影”へ投げつける。地面へ着弾したその球体は──瞬く間に破裂して──。


「──っ」


 ──辺り一面が……一瞬だけ光に包まれた(・・・・・・)。冒険者の必需品──“フラッシュ”と呼ばれる魔法道具。


 本来は洞窟の中を明るく照らす道具だが、この魔法道具は──一瞬だけ──全方位に対して光を放つ。


 だが──。


「……な」


 冒険者の下腹部に残る……熱と違和感。身体の中に異物が入ったかのような感覚を感じるジーク。それは……間違いでは無かった。


「──“無駄”だって、言ってあげたのにさ?」


 リュートの刃が……ジークの腹を刺す。薄ら笑いを浮かべていた魔物少女は──甲高い笑い声を上げ始めた。


「はははっ! これがキミの“味”かあ! なかなかどうして──美味しいじゃん」

「ジークっ!」


 ティアマトとバハムートが、影の中から姿を現したリュートへと攻撃を仕掛ける。その様子を見ながら……笑う魔物少女。


 リュートは竜の姉妹(ドラゴン・シスター)へ向けて……ジークの腹から引き抜いた“刃”を振るう。


 急激な激痛に襲われ、地面へうずくまる冒険者をよそに──リュートの刃からは“血”が衝撃波となって竜へと放たれる。


 それに直撃したバハムートとティアマトは……後方へと弾き飛ばされ……崩れた壁の下敷きになる。

 遺跡の中に響き渡る轟音。しかし、そんな中でも……冒険者は立ち上がろうと顔を上げた。


「……へぇ? 意外としぶといね。ま、それだけだけどさ」

「……はっ、言ってくれる……魔物野郎」


 ごっ、という鈍い音。ジークは目の前の魔物少女に蹴られて……仰向けになる。血を吐く冒険者の視線は……コウテツとファフニールへ向けられれた。


 ドワーフはその震える手で護身用の剣を握り……ファフニールの半身は──。


「──」


 冒険者は……“それ”を見た。身体を宙に浮かせ……祈りのような言葉を唱えながら……背に翼を生やし、額に一本の角を生やす……“人”の姿を。


 それに気づき──アリアとリュートは、目の前の“敵”を無視して……ファフニールの元へと向かう。


「ま、待て──っ」


 魔物達の注意を少しでも引こうとするジークだったが──すぐにその必要が無いことを知る。


 ──天より降り注ぐ……一筋の光。遺跡の中どころではない。アイン山……あるいはメタル大陸全てを照らし出すほどの……まばゆい光が──魔物達に向けて落とされる。


 先ほどのような瞬間的な光ではない。それは持続し……“影”の中に潜む者達を暴き出す。


「──」


 魔物達の声にならない叫び。“影”を失った敵の姿が──光の下に晒され──。


「──姉様ッ!」

「いくぞ、ティアっ!」


 放たれる炎。瓦礫の下で好機を待ちわびていた竜の姉妹が──一斉に攻撃を放つ。

 ……辺りは爆炎ばくえんに包まれ……粉塵が全てを覆い尽くす。


 夜空に照らされ──煙が次第に晴れていく。そこにあったのは──。


「……やらかした、なぁ」


 リュートの生み出した“血の壁”の向こうで身体に傷を負っている……アリア達の姿。


「まさか……影が破られるとは」


 アリアは攻撃をもろに受けたのか……左手が動かない様子。リュートも自らの“血”を使ったのか……腕から大量の血液が流れている状態だ。


「戻るわよ、リュート」

「……はぁ? ボクはまだやれ──」


 文句を垂れるリュートに、有無を言わさない様子で……アリアは再び影を生み出し、その身体を影で包む──と。


「──全員伏せやがれェッ!」


 コウテツの重く低い声が遺跡中に響き渡る。冒険者達は虚を突かれたような顔で背後を見て──すぐに地面に這いつくばるような姿勢を取る。


 淡い青色の光と、閃光。ファフニールが──リュート達へ二撃目を放つ。


 光の筋となって魔物達へ向かうそれは──。


「……遅い」


 すんでのところで──魔物達を仕留め損なった。……魔物達が姿を消し……思わずその場に倒れ込む冒険者。


「……はぁ……はぁ……」


 かつてバハムートが分け与えた力の恩恵か──ジークは見た目ほどに痛みは感じていない。

 冒険者だけで無く……その場に居る全員が緊張の緩和からか……その場に座り込んだ。


 そんな中……ティアマトはコウテツを見る。正確には……ドワーフの抱える、ファフニールの姿を。


「やはり彼女は……本物の……」


 ファフニールは……本物の“竜の姉妹”だった。その少女が居る場所に──魔物達の姿があった。少なくとも……無関係では無いだろう。


 ファフニールと、魔物のつながり。冒険者達のメタル大陸での冒険も……佳境を迎えようとしていた──。

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