54.ファフニールの真実
「……随分と変わりましたのね、あなた」
ジーク達は場所を移した。雪景色の中であることに変わりは無いものの、近くにちょうど良い洞穴があったため、そこに一時避難している。
広さはほどほど。身を隠すには十分だ。そんな中で、ティアマトが“子供”へと目線を合わせて話しかけている。
見てくれは年の離れた姉妹のようだが……実際に“姉妹”であるというのが紛らわしい。
「……あ、あなたのこと、知りません」
「……そうですか」
とりつく島も無いといった様子のファフニールとの会話を切り上げて、ティアマトは少し離れた場所に居るジークとバハムートの元へ行く。
ファフニールはコウテツに懐いているようで……そういう意味では、落ち着いている。
「……記憶を失っているのでは? ……“目覚め”の衝撃で」
「……ありえるのう。強制的に“目を覚まされた”と考えれば、このような状態になっているににも説明が付く」
傍らで二人の話を聞くジーク。彼女たちの口ぶりから察するに……どうやら、普通では“ファフニール”のような状態にはならないらしい。
確かにティアマトやバハムートは不完全な状態だが……それは“力”を失っているためだ。記憶が全て消えていくわけではない。
実際、ファフニールは竜娘達を竜の姉妹とすら認識できていないようで……そう言う意味では、記憶の混濁具合は深刻だろう。
「……まさかコウテツが?」
「ありえぬ。竜を目覚めさせるには、それに応じた大それた“力”が必要じゃ」
「わたくし達は自然に目覚めましたが……彼女は、どうやらそうではないようですわね」
一人と二体は、洞穴の端からコウテツにちょっかいを出すファフニールを見る。
「……“リュート”、か」
「可能性が高いのはそうでしょうね。それにどうやら──」
ティアマトはそう言うと──突如ファフニールの元へ駆けだして……半ば強引にその手を掴む。
「やっ、やめて」
そんな声はティアに届いていないようで……彼女は目を閉じてその腕を握ったままだ。
そんな状態を見かねたのか……ジークが手を引き離した。
「あ、ありがとう、おにいさん」
「……ったく。何だってんだよ、ティアマト」
ファフニールは怯えているのか、コウテツの後ろに隠れてしまった。小動物のように体を震わせる少女に……竜の次女は告げる。
「あなた──ファフニールでは無いでしょう? より正確には──ファフニールの“完全体”ではない」
「……」
竜の子供は鋭い目つきのままティアを睨み……黙りこくる。その沈黙が、まるで“正解”だと暗に示唆するかのごとく。
「……それは、どういう……」
突然のティアマトの発言に戸惑うジーク。彼はファフニールの姿を知らないのだから無理はない。 だが……おぼろげにファフニールの姿を脳裏に浮かべているバハムートは……ティアの言葉を否定しない。
確かに──状況から見て不自然ではある。全て見てくれが示す、というわけでもないが……いかんせんこの“ファフニール”は幼すぎる。
バハムートの持つ幼さとも違う。竜の姉妹の長女は意図的な部分もあるが……こと“アイン山の守護竜”においては……そんな気配はない。
そんな──ティアマトの言葉によって、少し険悪な雰囲気が漂う場にで……コウテツが口を開いた。
「嬢ちゃん達に頼みてぇのは、それだ」
「……なんじゃ、“それ”とは」
バハムートは腕を組みながらドワーフへと問う。その背後に立つ、“子供”を見ながら。
コウテツは……深呼吸をして再び口を開く。吐いた息が……白く染まる。
「こいつの──“きょうだい”とやらを、助けてやってくれねぇか」
──“きょうだい”というワード。ドワーフの口ぶりから察するに……竜の姉妹とはまた違うことのようだ。
美味く状況を飲み込めないジーク達。コウテツは彼らに視線を配らせて……“ファフニール”との出会いについて語りはじめた。
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ある雪降る夜。“アイン山”に鉱物を採りに来たドワーフが一人。それが……コウテツだった。
オニキスが管理している山とはいえ、職人の立ち入りは限定的に認められていることもあり、時間のあるときには、この山にドワーフはたまに訪れていた。
なにせ、ここで採れる鉱石は一級品。どのような加工の仕方にも耐えるというのだから、確かにオニキスによって管理されるのも理解できる。
しかし──その日は違った。アイン山の鉱石を手にとったコウテツは、違和感に気づく。
ドワーフが手にした“それ”は、重くも無く、輝きを失い、まるで“石”のような材質のものと変化していた。
とても最高級の武器を生み出す素材とは思えないほどに変わり果てた姿で。
そして──ドワーフは出会った。鉱石の眠る洞窟の奥。そこに横たわる──弱った“ファフニール”の姿を。
その“子供”は、うわごとのように──こう呟いていた。
“おねえちゃん”──と。
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「……なるほど」
「……おい、今の説明で分かったのか?」
「えぇ。おそらく──」
ティアマトは続ける。“竜の次女”の話を掻い摘まむのならこうだ。
ファフニールは、おそらく誰かに強制的に“起こされた”。ゆえに……力が暴走してしまう危険性があった。
それを防ぐために……ファフニールは本能的に、自らの力を切り離した、ということだ。
つまり……自らの身を守るために、その身体を半分に分けた……というのがティアマトの仮説だ。
「……竜だから何でもあり……ってか? ったく……いくらなんでもだぞ、こりゃ」
「わらわも聞いたことが無い話じゃ。じゃが──そやつから感じるのは、紛れもない“ファフニール”の力。案外……ありえぬことでは無いかもしれぬ」
神妙な面持ちで頷くバハムート。少女は少女なりに事実をかみ砕いて納得したようで……その表情はすぐにいつものものへと戻る。
……と。そんな中で、考え込んでいたジークが言葉を紡ぐ。
「……で、これからどうする。助けてくれと言われても……手がかりが無いことにはちょっとな」
ジークの言うことは最も。実際、ファフニールの半身がどこに居るのか……それは見当も付かない……と。
コウテツが“それなら”と言って洞穴の出口へと歩き出す。
「着いてきな。多分、オメェらの力になれる所がある」
「……この山の中に、か?」
コウテツは振り向き、そう問いかけるジークの顔を見て──答えた。
「こいつ──“ファフニール”とやらが奉られてる、“神殿”だ」




