49.オニキスの“城”
「……そろそろですわね」
「おぉ! でかしたぞ! ティア」
竜の姉妹の次女は、自らの“姉”にそう言われると口をゆがめてにへらにへらと笑みを浮かべる。
先頭を歩く彼女の顔は他の誰からも見えないのが唯一の救い……と思いきや、今ティアマトがどんな表情をしているかというのは、コウテツですら察せられるレベルだった。
「……冒険者。お前の連れてる嬢ちゃん達、なかなかどうして面白いじゃねぇか」
「……これを“面白い”と言える時点で……あんたも相当だろうよ」
半ば呆れ気味に、コウテツの言葉にそう返す……“冒険者”ジーク。
こんなやり取りをする彼ら……ジーク一行がどこを歩いているかというと……牢獄から続く一つの道だ。
ティアマトの話によると、どうやらここから“オニキス”に続いているらしく……ジーク達はその言葉に従うようにして前へ進んでいる、という状態だ。
いくら牢獄よりはマシな場所とはいえ……肌で感じることが可能なほどに湿気はひどく、下水道に繋がっているのか──ネズミの鳴き声がそこら中から聞こえてくる。
明かり自体はあるものの……必要最低限といったレベル。それも……町の発展具合に反比例するように……置かれているのは“たいまつ”だ。
何か宝石を加工したもの……等ではなく、ただ木の棒を油に浸した布で包んだもの。
「……コウテツ。おぬしは、オニキスとやらへ来たことがあるのか?」
「……指で数えられるぐらいだ。中へ入ったことはねぇ」
「……じゃあ、何の用で来たんだよ」
ジークは、会話の途中で思わず疑問を投げかけた。
ここは“アイアン”からはかなり遠い場所だろう……であるにも関わらず、用も無いのに訪れるとは考えづらい。
「“素材”さ。質の良い鉱石……“アイン”で採れるモンは全部ここで卸してる」
「……アインって……竜が住んでるとか何とか、って山だったか」
コウテツは、ジークの言葉に頷いた。どうやら、ドワーフの言葉から推察するに、“アイン山”というのは豊富かつ貴重な資源の眠る場所で……そこは“オニキス”に管理されているらしい。
「……なるほど。“竜の加護”、あながち眉唾というわけでもなさそうですわね」
「……ティア?」
どこか暗く、強めの言葉でそう呟くティア。その独り言はジークにしか聞こえなかったようだが……。
……こつこつ、と彼らが歩く音と声が響く。竜の次女によれば、人……“看守”が来る様子も無いらしい。
思い返せば、確かにジーク達の牢へ、見回りが来ることも無かった。
「……お」
……と。冒険者の視界に……小さな“光”が差し込んでくる。
それは……彼らが牢獄からの出口に到達したことを意味するものだ。
「……気味が悪いですわ。人の気配ひとつ無いなんて」
「……なに、こっちからすればチャンスだろう。見つかってねぇならやりたい放題ってもんよ」
「……“やりたい放題”かは知らぬが……まぁ、人が居らぬのなら、それに越したことはなかろうて」
という会話を傍目から見るジーク。冒険者からすれば、少しでもバレる可能性が高まる行為は止めて欲しいものだが……。
ただ、本当にまずければティアマトが止めるだろう、ということで、彼も半ば諦め気味に放置していた。
「……ここですわ」
ティアマトが立ち止まる。彼女たちの前にあるのは……扉だ。材質は鋼で出来ており……かなり強固なものであるように見える。
ティアマトは、その扉に手を添えるように……そっと触れた。そして──扉が開く。
「……おいおい」
ここで……ジークの勘が雄叫びを上げるように危機を告げようとしていた。
いくらなんでも──ここまで上手くいくことがあり得るのだろうか──と。
「……」
ティアマトは、開いた扉から顔を半分だけ出して……周囲の様子を伺う。
外は……本当に“城”のように豪華な内装。眩しいほどに煌びやかで……照明の光が金で出来ている装飾物に反射している。
しかし……人の影はない。まさにもぬけの殻だ。牢獄の前だというのに……警備の兵士ひとり居ないというのは……どうにも変だ。
竜の次女は、自分の後ろへ首を上下に振り……そのまま牢獄から脱出する。
続くようにして……ジークやバハムート、コウテツも外へ出た。
「……こりゃ……すげぇな」
コウテツは、オニキスの“城”の内部を見て……思わず感嘆の声を上げる。
“職人”としての矜持がそうさせるのかは定かでは無いが……床から天井に至るまで……美しい装飾が施された内装を見るコウテツ。
「……誰かが助けてくれた……いや、そんな知り合いは居ない……はず」
冒険者はぶつぶつと独り言を言っている。ティアマトは……周囲を警戒し続けるままだ。
彼らが牢獄から脱してから……何者かがすっ飛んでくる、といったこともない。
「おーい! みなの者! こっちへ来るのじゃ!」
「お、おいっ! あんまり大声を出すなよっ!」
ジーク達は、声のした方へ急いで向かう。その主は十中八九バハムートであったが……少女の立っている部屋が……とりわけ目を見張る場所であった。
そこにあったのは──天井まで届かんほどの、無数の“本棚”。そして、そこに収められた大量の“本”。
おのおのが息を呑んで、本棚の本を見る。
「……これは」
ジークが見たのは……様々な魔物の情報が書かれた“辞典”だ。その棚には、他にも“冒険者”向きの本がずらっと並んでいる。
そんな中……バハムートはティアマトを、ある“本棚”の前に読んだ。ジークやコウテツに悟られないように。
「……何です? 姉様──」
そう質問を投げるティアマトの声が……一瞬停止する。いや、その瞬間においては、彼女の世界は本当に止まっていたのかもしれない。
バハムートが、次女へ差し出した本。その表紙には──こう書かれていた。
──テイルズ・オブ・ドラゴンズ──そんな文言。
そして……“竜”の脳内にはっきりと残っている……“ファフニール”の姿の……“絵”が。




