48.脱出
「暗いのじゃ……!」
狭く暗い空間に、少女の高い声が響く。ジメジメとした空気に、地面を這うネズミ。
腐ったような水の匂い。何もかもが最低なこの場所は──“オニキス”の地下にある牢屋。
クロガネと呼ばれるドワーフと黒装束の二人組に連れてこられたジーク一行は、この狭っ苦しい牢屋にぶち込まれていた。
たいまつの一つすら周囲には無く、明かりと言える明かりもない。まるで夜のように暗いこの場所。
「ティアマト、どう思う」
「どうも何も、最悪ですわ。服も汚れましたし」
「……そりゃ悪かったよ」
ジークはティア……の声がした方へ向いて頭を下げる。
竜の次女は牢屋の中で仁王立ちをしている格好で……他の者には見えていないのだが……ただ、感覚を研ぎ澄ませていた。
ティアマトは、戦闘の能力に長けた存在だ。もちろん、背丈ほどもある剣を振り回す身体能力もそうだが……。
それ以上に、魔物を探す能力……いわゆる“探知能力”とでも言えば良いのか、そうした力がとりわけティアマトは強い。
だからこそ……こんな暗闇の中に居ながら、彼女は“気配”だけでこの場所がどこにあるのかを探っていた。
「……微かに人の話し声がしますわね」
「……上、か?」
「えぇ。男……と女。内容までは分かりませんが……上に空間があるのは確かでしょう」
ジークは神妙な面持ちで頷く。彼の“案”はこうだった。
要は、彼らの目的はオニキスの中に入り、助力を得るよう懇願すること。
どんな形であれ、入り込めさえすれば問題ない……というのが彼の考えだ。
しかし……それ以外にも思惑はあった。
「……おい、竜娘」
「何じゃ! 湿気で肌が腐りそうじゃぞ!」
「……腐らねぇよ。……お前、あの“黒装束”に心当たりは?」
ジークが気になっているのは、あの黒い装束に身を包んだ存在だった。
冒険者としても、あのような者はヴァリアでも見たことが無い。
そもそも、“魔法”が使えるのは……王に使えるような立場の“魔道士”だけ。
一般の人間が“魔法”を理解するなら、その生涯を費やす必要がある。使うなどもってのほか。
……つまり、“魔法”とは、そこらの素性も分からない人間がおいそれと使えるものではない。 実際に、“魔法”に関する書物は、ドラゴニアの各国が厳重に管理している。
しかし……彼は実際に目にした。魔法を扱う謎の人物達を。
「……さてな。じゃがあれは……」
そこまで言って言いよどむ竜娘。代わりを務めるように……ティアマトが続ける。
「あれは、わたくしたちの力です。“竜の力”をなぜあの者達が使役できるのかは分かりませんが……」
そう言うティアマトの語気から……怒りに近い感情を冒険者は感じた。
彼女達“竜”にしてみれば……竜の力は同胞の力。それを利用されたとなれば……確かに良い顔をしないのは当然だろう……と。
「……おい」
そこまで黙りこくっていたドワーフ……“コウテツ”がようやく口を開いた。
暗がりで互いの姿は見えないものの、ジークやバハムートは言葉を返す。
「何じゃ」
「……竜がどうたらっつー話、オレに聞かせていいのか」
「……今更じゃのう。本当に、今更じゃのう」
バハムートは腕を体の横に動かし、“やれやれ”とでも言いたげなポーズをして見せた。……見えないが。
「お主のようなドワーフが、他の誰かに話すとは思えぬしの。くくく」
「……おい、冒険者。オレゃあ喧嘩売られてんのか? これは」
「……知らん」
ジークはため息をつき……再び言葉を紡ぐ。
「ティアマト、外へ出るぞ。ここはおそらく……城の地下だ」
「……そうでしょうね」
ジークは、自らの予想をティアへと語る。この牢獄へ移送された際に、彼らは目隠しをされていたものの……街の外へ出たとは考えられない距離だった。
くわえて……“オニキス”は繁栄している街だ。そんな“街の地下”に牢屋は作らないのでは無いだろうか。
“城”の地下にあった方が兵士のローテーションもやりやすく……メリットも多い。
主にそんなことを考え……ジークは、ここが“オニキス”にある城の地下だと予想した。
「……で、なぜわたくしに頼むのです?」
「……お前なら……ほら、その拳でも壊せるだろ。壁の一つや二つ──」
ジークがそう言うと……暗闇の中であるにも関わらず……何か鈍い音と共にジークの顔に打撃が加えられた。
「痛ぇっ!」
「わたくしのような可憐な女性ににそういうことを言わない方が良いとだけ伝えておきますわ」
「……女性って、お前はドラゴ──」
二発目の鈍い音。そして、ティアマトは息を吐くと……牢獄の壁を手で探していく。
ちょうど冷たい“何か”の感触を感じた竜の姉妹の次女は、そのまま思い切り──“壁”に向かって拳を振るう。
そこに続く、鈍い衝撃音。幸いにも……牢屋の外に明かりがあったようで、部屋の中に少量ながらも光が差し込む。
「……い、急ぐぞ。兵士が来る前に」
「……えぇ。言いたいことは色々ありますが……後にしておきますわ」
ジークとティアマトが並んで先頭を歩き……その後ろをバハムートとコウテツが行く。
竜娘とドワーフの見てくれの身長はそこまで変わらず……顔さえ見なければまるで兄弟のようだった。
「……ティアマト、さっき声がした方へ案内を頼む」
「分かりましたわ」
声がした方とは──つまり、この牢獄の上。それは──オニキスという街の中枢……“城”。
彼らは“アイアン”を守るためにここまで来たものの……実際、半ば無理だろうと考えていた。
もちろん、“オニキス”が軍事力を持っているであろうことは、街の規模から考えても、冒険者達は理解している。
しかし……“よそ者”に向けられる視線と、例の“黒装束”の存在を考えれば……オニキスに助けてもらうというのは、難しいかもしれない。
しかし──ここまで来たことが無駄になるというわけでも無い。
ジークはこうも考えていた。それならば──“竜”と“黒装束”に関する情報を──オニキスの内部から探ろうと──。




