47.転移の果て
「──」
冒険者ジーク達の目の前にあるのは……ただただ真っ黒な空間。
彼らの存在するこの“空間”では平衡感覚が全くはたらかず、上下左右がどちらであるのかすら分からない。
彼らが感じるのは──互いの身体が持つ熱のみ。それによって──自分以外の存在を感じ、安堵する。
「……クソッ」
ジークは目の前の黒い空間に吐き捨てるようにそう呟いた。彼が目を閉じている……わけでもなく、彼の視界は暗闇に包まれている。
あの──“魔方陣”によって発動した魔法。それに巻き込まれたせいだ、というのは火を見るよりも明らかであった。
まるで──身体が宙に打ち上げられているような感覚。重力を失った存在が、ただ何も無い場所にたゆたうような……感覚。
そんな──全身を包む不快な感覚がしばらく続いたかと思うと──突如、ジーク達の身体が“止まる”。
「……何だ?」
「……最悪じゃ、まったく」
ジークやバハムート、ティアマトにコウテツ。彼らの身体に少しずつ……元の感覚が戻ってきた。 そして……どうやら自らが、どこかの地面に立っているということを悟る。
次第に視界も戻っていき……暗闇に包まれた瞳に光彩が宿っていく。
そこに映し出される光景は──。
「……おいいお。何だよ……ここは」
ジークは思わず、困惑の言葉を紡ぐ。それもそうで……“ルビー”の入り口で襲われたかと思えば、今度は──ルビーよりも巨大な街に居るのだから。
冒険者以外の者も、次第に自身の置かれた状況を理解し始める。
彼らが居るのは……どうやらかなり巨大な街らしい。そこにそびえ立つ巨大な“城”は、君主がいないにもかかわらず……その荘厳さを遺憾なく発揮している。
「……オニキスだ」
「……は?」
「ここは……オニキスだ。信じられん」
ドワーフ……コウテツが目の前の景色を見てそう言う。その声色は……まるで幽霊でも見たかのような雰囲気だ──と。
「──ッ!」
瞬間──ジーク達の周りを“剣”がなぎ払った。彼らの中で剣を使えるのは二人しか居らず……一人は抜いた様子すらない。
つまり──。
「随分とやってくれましたわね。“魔術師”風情が」
その剣の主……ティアマトは、地面に刻まれた“魔方陣”から飛び退いた“黒装束”を見てそう言う。
“ルビー”の時点でもそうだったが……竜達が黒装束に向ける敵意は尋常では無い。
自分たちを捕らえるよう命令を下したと思われる“クロガネ”ではなく……黒装束に鋒を向けているのがその証拠だろう。
「おやおや、穏やかじゃねぇなぁ」
「……何じゃ? 手荒な真似をしたのはそっちじゃろうて」
バハムートも拳を構える。竜の姉妹達はいつの間にか拘束を解いていたようで……流石“ドラゴン”だ、と言わざるを得ないだろう。
「……おい、やれ」
「……」
クロガネは、抵抗する意思を見せるジーク達に目もくれず……黒装束へと命令を下す。
彼らは、先ほどと同じように“魔方陣”を生み出し……冒険者へ魔法を──。
「ッ!」
……魔法を、ティアマトの剣が払いのけた。いや……“相殺”した……と言った方が近いかもしれない。
ティアの剣に触れたそれは、空中で雲のようにかき消えた。
「……あなた方に聞きたいことがあるのだけれど」
「……」
竜の姉妹の次女は──クロガネではなく、黒装束へ問う。
「この力──“竜”の力を、なぜ使役しているのかしら?」
「……」
ジーク達も息を呑む。ティアマト達が彼らを敵視していた理由。
それは──見ず知らずの“人”が、自分たちの種族の力を用いていること。
竜の力は強大である。それはティアマトが竜に変身することからも分かるように──竜にしか扱うことを許されない、大きく危険な力だ。
そして……“竜の力”を生み出すのは、それぞれのドラゴンが持つ“心臓”。
つまり、だ。“竜の力”の存在は……そのまま“竜”の存在を意味する。
「……やはり、かの竜──“ファフニール”が存在しているというのは、真実のようですわね」
「……おぉ。あんたら、“守護竜”のことまで知ってんのか」
「……それが何か? ドワーフ族」
半ば悪態をつくティアマトに挑発めいた事を言われた“クロガネ”は……自身の懐からある“紙”を一枚取り出した。
何やら長ったらしい文章が記載されているようで……それを見たコウテツは……顔を青くする。
「あんたらは“反乱分子”だ。何やらメタルを嗅ぎ回ってるようだが……あいにく、“よそ者”に好きかってさせるほど、ウチも自由じゃない」
その紙に書かれていたのは……冒険者達の情報だった。ヴァリアから失踪した彼らを探すものならまだ良かったのだが……実際はもっと悪い。
「……お尋ね者、ってか?」
コウテツの話によれば──“オニキス”はここら一体を支配する巨大な街。
ジークのようなよそ者が“竜”について調べていると聞けば……ただ手をこまねいているわけにもいかない。
「あぁ。理解が早いな。さすが、“ヴァリア”の冒険者」
「……気持ち悪いヤツめ。こっちのことは全部お見通し……最悪だな」
ジークがため息をついてそう言うと──隣に立つバハムートが足で地面を踏む。大地が揺れそうなほどの揺れだったが……。
「……止めろ」
「……は、はぁ? 何でじゃ──」
──冒険者の手がバハムートの身体を後ろへ押した。すると──少女の身体が“あった”場所に……矢が落ちる。
「……姑息なやり方だな」
「なんとでも。危険分子を捕らえるのがこっちの仕事だ。さ、こいつらを地下牢に入れるぞ」
黒い鎧を身に纏ったクロガネは……冷徹な声でそう言い放つ。
そしてそのまま……黒装束を従えながら……“城”へ歩き出す。
「……行くぞ」
「……ジーク。あなた、自分が何を言っているのか分かってますの?」
「分かってるさ。まだ脳みそは元気でね。ちょっとした“考え”に付き合ってくれないか」
そう言う冒険者に……ティアマトは肩を落としながら……横を通り過ぎる。
言葉こそ返さなかったものの……返事は良い、ということなのだろう。
「……オニキスを知る絶好のチャンスだ」
地下牢。それはつまり──自分たちを城まで連れていく、ということだ。
確かに危険な場所だが……しかし“オニキス”が何を抱えているのか……何を隠しているのかを知るには絶好の機会。
黒装束の魔法に囚われながらも……ジークは希望を胸にして前へ進む。
堅牢な“鉄の塊”。オニキスの街に無機質に佇む……“城”へと。




