46.ルビーに迫る黒い影
「──っ!」
──竜の姉妹の長女……バハムートは息を呑む。
天高く日昇るメタル大陸の街──“ルビー”。宝石の街と呼ばれるこの都市に……忍び寄る“魔の手”。
ルビーの入り口へと辿り着くやいなや、そのせわしなく動かしていた足を一瞬で止め、地面と摩擦を起こしながら慣性で動く。
そのまま──少女は拳を構える。炎によって赤く燃える拳は──その先に立つ“黒い影”へ向かって放たれた。
「──ッ!」
ルビーの入り口に立つ魔物達は──自らの身に何が起こったのかを理解する時間も無いままに──その身体を“灰”へと変貌させる。
少女の攻撃から間一髪逃れた魔物達が──竜娘の方へ叫ぶ。
だが……それも遅い。バハムートの攻撃に隠れながら接近していたティアマトに……魔物達は文字通り“一刀両断”される。
つまり……彼女達の攻撃がストレートに魔物に届く……ということは、この場に限っては“リュート”が居ないということを意味している。
幸いと言うべきか……ルビーを襲おうとしていた魔物達は、竜娘によって未然に防がれた。
「おーい! 竜娘っ!」
……と。ティアマトが“姉”を褒め称える声にかぶせるようにして、彼女たちの耳に男の声が入ってきた。
冒険者ジークとコウテツの姿だ。流石に“ドラゴン”の動きには追いつけなかったのだろう、彼らは少し遅れての到着となった。
息を切らしながら前屈みになるジーク。対して、コウテツは以外にも息すら上がっていない。
……そんな冒険者へと駆け寄っていく少女。ティアもしぶしぶといった様子でバハムートの後ろへとついていく。
「……ったく。突っ走りやがって」
「じゃが、勝ったであろう? ふふん?」
腰に手を当てて鼻を伸ばす少女に、心配していた自分が馬鹿馬鹿しくなる冒険者。
相変わらず自信家なバハムートに、ある意味でジークは安堵すら感じていた。
「……手応えがありませんわね」
「そりゃ、嬢ちゃんのデッカい剣で斬っちゃあなぁ」
「……汚い言葉遣いはやめてくださる?」
ティアマトとコウテツも……何だかんだ言いながらも仲良くやっている。
確かに……“ルビー”という大きな都市を攻めるにしては、あまりに戦力が心許ない。
以前リュートがアイアンを攻めた際とは、比較にならないほど敵も弱く……数も少ない。
ティアマトの脳内には、どうにもそれが引っかかるようだ。
「……まさか陽動? ……ですが、魔物にそのような知能は……いえ……でも」
「……? どうした、ティアマト」
ぶつぶつと独り言を呟くティアマトの姿が目に入り、何事かと心配したジークは声を掛ける。
だが、ティアマトは思考の渦に呑み込まれているようで……冒険者が声を掛けても反応が返ってくることは無い。
こうなったティアマトに話しかけても意味は無いだろう……そう考えたジークは周囲を見る。
一応、人影は無いようで、魔物の痕跡も“バハムートの炎”が全てかき消したため……何が残っているわけでもない。
……そんな時だった。“人一人居ない”というのは確か。だが……それはジークの目線からみたから。
「……」
ふと……冒険者は気配を感じて下を見る。わけあいあいと談笑している後ろの竜やドワーフ達と異なり……どこか不穏な雰囲気をはなつ影が、そこにはあった。
身長や背丈から考えて、その人影はドワーフだった。だが、何やら怪しげな服装に身を包んでおり、フードと外套で、その姿はよく見えない。
だが……その謎のドワーフは、そんな冒険者から見てもわかるほどに……肩をふるわせている。
「……お主ら……」
ぽつりと呟くドワーフ。そこで一斉に──バハムート達もジークの方を向いて……その人影を見た。
「……お主らのせいで……この街は……終わりじゃ──」
──瞬間。目にも見えないような早さで、ジーク一行へ“魔法”が飛んできた。
光で作られたロープのようなそれは、警戒するジーク達を……一瞬にして縛り上げる。
バハムートとティアマトは怒りの言葉をあげ、ジークとコウテツは突然変わった状況に困惑している。
それぞれ、腕を後ろに回した状態で……“縄”に縛られたような格好。
ティアも竜娘も、腕に最大限の力を込めて、自分に駆けられた“束縛”をほどこうとするが……むしろ、力を込めれば込めるほどキツく締め付けるように出来ており……抵抗することが難しくなっていた。
それでも力を入れ続る少女の腕には……その白い肌に“魔法”の拘束具が食い込んでゆく。
「……っ!」
「ね、姉様! おやめください!」
ティアマトの切実な叫び。実際、バハムートの腕は、縄の当たっている場所だけ赤みを帯び始めている。
そんなパニック状態の彼らへ……。
「──そいつの言う通り、抵抗しない方が身のためだ」
低い声。おそらく……ドワーフの声だろうか。ふと、ジークが先ほどのローブを被ったドワーフを見ると……“魔法”が飛んできた咆哮へ身体を丸めて“土下座”している。
「……はっ。気に入らぬしゃべり方じゃ」
「同意見ですわ、姉様」
「お前ら……」
こんな状況に合ってもいつものやり取りをする三人。
それを見た“ドワーフ”は……笑った。
「……ガハハハ! 面白いヤツらだ。ずいぶんと子供っぽくもあるがな」
「……そもそもアンタは誰──」
ジークは──声の主へ問いかけると──自分たちの足下に──魔方陣が生まれたのが見えた。
「なっ……・!」
四人は、思わず身を寄せ合う。魔方陣は次第に光を帯びていき……その隅に“黒い装束”を着た黒い人影が現れた。
そして……魔方陣の中に入ってくるドワーフが一人。コウテツはその姿を見て……息を呑む。
「オレゃ、──オニキス防衛隊の隊長、“クロガネ”だ。一緒に来てもらうぜ──不穏分子どもが」
「……くそっ!」
ジーク達は身動きが取れない。光を帯びる魔方陣に──視界を奪われていく。まばゆい光に包まれて──ジーク達の姿は光の中へと消えていく。
……その中にあっても、バハムートは……“竜”達は……そのクロガネと名乗ったドワーフでは無く……魔法を制御している“黒装束”の人間達を……鋭い眼光で睨んでいた。




