45.ルビーという街
「こりゃ……なかなかじゃのう!」
閑散としたルビーの街に──甲高い声が響く。“竜の姉妹”の長女であるバハムートのものだ。
少女はある店頭に飾ってある“宝石”を見て……それに見とれていた。
しかし……それ越しに見える店の中に……人影は無い。……この街の状態はやはり異常だ……と少女は考える。
バハムートに宝石の審美眼は無いが……それでも目の前に飾られている“宝石”が希少かつ高価であることは直感で分かる。
ゆえにこそ……これほど無防備に宝石を衆目の元に晒している状態に……少女は不気味ささえ感じていたのだった。
「──姉様。ここに来た目的は……それを見るため、では無いのでしょう?」
そんな風に考え込むバハムートへ──別の“竜の姉妹”が声を掛けてきた。
次女である──ティアマトは、長女のどこか見慣れない様子に、思わず口を開く。
「……何じゃ、お見通しか」
対して……“バレては仕方ない”……そう思ったバハムートは、街を見物するフリをやめ、その場から立ち上がって腕を組む。
「のう。ティアも気づいておろう? この街を包むこの……異様な違和感を」
「……えぇ」
実際のところ。ルビーの街中にあるこの宝石店へ来るまでの間……ティアマトは一度たりとも、背中に携えている剣の柄から手を離すことは無かった。
活気が無い街というだけならばそれでいい。しかし──コウテツの説明によれば、“ルビー”は本来メタルの中でも栄えている街だという。
しかし……わざわざ自分達をここまで連れてきたドワーフが嘘をついていると……どうしても竜には思えなかった。
「……嫌な予感がします。この肌にまとわりつくような空気は……しかしわたくし達の力に似ている」
ティアマトは、“長女”の背後に立って周囲を警戒しつつ、持論を述べる。
相変わらず……少女達の周囲に人影は無い。彼女たちが居る店は、ルビーの広場沿いにある店であり、ならば人通りがあってもいいはずなのだが……。
まるでゴーストタウンといった様相だ。
「……見てみよ、ティアマト」
「……何です? 姉様……」
バハムートは、店の中を指差してティアマトへ呼びかける。
竜の次女は言われるがままに店内を見ると……中には様々な“物”が置かれたままになっていたのだ。
おそらく客のものであろう荷物や、店主がカウンターに置いたままの“クル”が入った小袋。
おまけに、一部の商品が倒れていて……そのままになっている。
希少な品を取り扱う店で……商品を粗雑に扱うことがあり得るのだろうか──ティアマトはそう考える。
「……まるで、人が消えたみたいですわね」
彼女は、独り言か否か分からない言葉をぽつりと呟いた。
確かに……今の“ルビー”の状況は、彼女の言葉の通り。
人が逃げた……というより人が“消えた”という表現の方が正しいのだろう。
生活の延長線上で……“何か”が起こり、住民が消えた。
実際に消えたかどうかまでは、ティアマトにも分からない。
しかし……住民が消えたように居なくなった、というのが彼女の出した結論だった。
「……この街、早く出た方が良いかもしれぬのう」
「……“冒険者”が宿を取っているのでは?」
「……うむ。あやつのことじゃ。どこか変だとは思っておるじゃろうが……」
バハムートとティアマトは、共に歩き出し……広場にあるベンチに座った。
ルビーという街は少々豪華すぎる……というか大げさで、彼女たちの座るその椅子にすら、宝石の意匠が施されていた。
「……ここまでされると趣味が悪いのう」
「“富の象徴”、とでも言うべきなのでしょうね。わたくし達には理解しかねますが」
「そうか? わらわは綺麗だとは思うがの」
竜娘は、ベンチに施された“宝石”を撫でる。当たり前のように“建材”として宝石が使われる……という事実が、“ルビー”の豊かさを表しているのだろう。
ティアマトは、背中から下ろした剣をベンチに建てかけ、背中を伸ばす。
「……んーっ」
彼女の視界には……相変わらず青く白い空がどこまでも広がっていた。
竜ですら畏敬の念を抱く光景を目の前にして……ティアマトは口を開こうとするが……。
「姉様──っ」
瞬間。彼女達の肌に悪寒が走る。一瞬にして、先ほどまでの温暖な気候が“寒く”感じるほどに、だ。
「……やはり、来おったか」
少女はその場から飛び跳ねるようにして立ち上がり、自分たちが歩いてきた道……すなわち街の“入り口”の方を見る。
「……魔物か……? いや……これは──」
「──姉様! 行きましょう!」
バハムートの予感は、急ぐティアの言葉に遮られた。
だが……少女の予感は──当たることになる。しかも……最悪な形で。
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「……無いなあ、宿」
「おかしい。前来たときゃあったんだが」
時間は少し戻り──首をかしげるドワーフ……コウテツの姿。
その横を歩くのは……冒険者ジーク。
ドラゴンたちと別れた後の彼らは、宿を求めて
ルビーを彷徨っていたのだが……一向にそれらしき建物の姿は見えない。
「……ったく。どこへ消えちまったんだか」
半ば自暴自棄にそう言ってみせるコウテツ。ジークはそんなドワーフの姿を見て……口を開く。
「……なぁ。何で俺達に……力を貸してくれるんだ?」
「あぁ? 何だよ急に」
再び首を斜めにするコウテツ。しかし、ジークのまっすぐな目をみて……これがただの“ふざけた”質問でないことをすぐに理解する。
ドワーフは一瞬だけ周りを見て……相も変わらず誰も居ないことを確認すると……ジークの問いに答え始める。
「さてな。オレが着いていきたいと思ったからさ」
「……おい、コウテツ」
ジークは呆れ気味にそう言う。だが、ドワーフは態度を変えず……はぐらかすばかりだ。
そんな肩を落とす冒険者を見かねたのか……コウテツはしぶしぶ……言葉を紡ぐ。
「いつか……時が来たら教えてやるよ。今はまだ……その時じゃねぇ」
「……よく分からんが」
冒険者はため息をつくと……前を見ながら、ドワーフへ視線を配らせる。
「……その時まで待ってやるさ。頑固ドワーフ野郎」
「はっ。言うようになったじゃねぇか。ひよっこ冒険者」
互いに口をほころばせる。意外にも……この二人の相性は悪くないのかもしれない。
そんな時──彼らにも“アレ”が来る。
「──何だっ……!」
それは、ドラゴン達ほど明確な物では無かったが……それでも自分たちの五感が“異常”を知らせる物だと言うことは、感覚で理解していた。
ジークだけで無く、ドワーフも同じ“モノ”を感じ取ったようで──。
「も、戻るぞ! コウテツ!」
「あ、あぁ。分かった」
二人は駆け足で戻る。元来た道……ルビーの入り口へと。
ただ“竜に無事でいてほしい”と願う冒険者を待つのは──。
……彼らの予想を遙かに超える存在の登場だった。




