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43.ドワーフの決意

「……こりゃまた……すごい見た目だな」


 メタル大陸にある街──ルビー。宝石の名を冠するこの街へ辿り着いた冒険者は……思わずそう言葉を漏らした。


 険しい山道を越えた一行は、ドワーフの先導の元、西へ東へ行ったり来たりを繰り返し……いつの間にかルビーへ続く街道へと出ていた。


 ジーク達は、その傍らで休憩している。ちょうど良い空き地があり、かつ人の往来も少ないため、少し休む程度なら問題ないと冒険者が判断したためだ。


 ティアマトは立ったまま。コウテツとバハムートは地面に座って話し込んでいる。

 ジークは、相変わらず“ルビー”を見て、その光景に圧倒されていた。


 この街は遠方から見た際には、街全体が赤く光って見えたものの、近くに行くと異なる見え方となる。


 この街全体が宝石で出来ている……というわけではない。


 街の建物や防壁、道路に至るまで、ありとあらゆる建築物に“ルビー”の意匠が施されており、それが陽の光に反射して、まるで宝石のように光り輝いている……というのがカラクリだ。


「コウテツ、少しいいか?」

「どうしたよ、冒険者」


 ジークは、地べたへ座るドワーフに声を掛けた。何かを察したバハムートは、その場から立ち上がり、ティアマトの元へとゆく。


「ルビーを越えたらオニキスへ行けるのか?」

「……いーや。ここから馬車が出てる。それで行こうと思ってなあ」


 ……確かに、山道を降りてからというもの、道は平坦で起伏も少ない。確かに馬車が運行できるレベルだろう。


 だが……馬車便を使うとなれば……ジークの頭には心配事がもうひとつ。


「……クルは……結構高いのか?」


 あいにく──冒険者はヴァリアを離れてからというもの、財布から出て行くものはあっても入ってくるものは少ない。


 というのも、これは大陸ごとにギルドの管轄が異なるためであるのだが……それは置いておいて、だ。


 冒険者にとって、日銭が尽きるということは、魔物と戦うよりも切迫した危機なのだろう。だが、コウテツは落ち着いた様子でジークへ言葉を返した。


「心配するな。オレのようなドワーフの職人はただで乗せてくれる。お前らは付き添いだと言えば大丈夫だろうよ」


 それを聞いた冒険者は、いまいち納得している様子ではなかったものの……ひとまず安心している事は確かだ。


 ……と。冒険者も、羽織っているクロークを少しだけ持ち上げて、コウテツの横へ座った。


「……見てきた。リュートとかいう魔物の居城を」

「……そうか」


 ドワーフ……コウテツは低い声でそう言うと黙りこくる。


 彼も“はぐれ者”とはいえ……ドワーフ族のひとり。となれば、現在のメタルのこの状況に責任を感じているの無理は無い……。

 そう冒険者が考えていると、コウテツが再び口を開く。


「……オレゃあ、もともとアイアンに住んでる職人でよ。昔は“打てない武器”なんて無い……本気でそう思ってたもんさ」

「……そりゃ、随分と自信家だな」

「……あぁ。本当に……大馬鹿者さ」


 コウテツは自虐気味に……いや、まるで自分を戒めるかのようにそう告げる。

 ドワーフの目はどこか曇っていて……いつものハキハキとして……遠慮の無い様子とはどこか違う。


「……自分の作った武器が、人間を殺す為に使われる。オレは……怖くなった。今までもそうであったはずなのに。笑えるよな」


 ジークは何も言わない。かける言葉が見つからない……とはまさにこの事だろう。

 コウテツが元々アイアンの住民だった……というのは冒険者も考えていることだった。なにせ、あれだけ住んでいる場所が近いのだから。


 ただ……。今もアイアンで武器を打つドワーフ達と違い……コウテツは耐えることが出来なかった。


 確かに……みな好きでやっているわけでは無い。“魔物”に武器を売るなど……正しくは無いということは誰もが分かっている。

 だが……ドワーフ達は命を握られている。しかしそれでも、コウテツは……“魔物”の為に武器を作ることを拒否した。


「……良いとも悪いとも言える立場に……俺はない」


 ジークは、そう前置きをしたうえで、


「……だが。アンタは自分の鍛冶の腕を分かっているからこそ……魔物に利用されるのを拒んだ。それは少なくとも……“良いこと”だとは思う」「……結局“良い”と言ってるじゃねぇか」


 コウテツは瞳を閉じる。彼の中には……様々な思いがあるのだろう。

 アイアンを逃れた思い。自分だけ逃げたという引け目。


 しかし……それも全て、“自分が良いと思うこと”の為に、信念を貫いた結果だ。

 ジークの言葉に、ドワーフは思い直す。このいびつな状態のメタルを──どうにかしなければならない。


 少なくとも、このままで良いわけが無い。……コウテツは、目の前の……“魔物”を倒す者達をの姿を見て……そう“決意”した。


「……行こうぜ。あいつらが待ってる」

「……わーったよ。……ありがとな、冒険者」


 ドワーフは背伸びをして……自分の頬を叩いた。そうして気合いを入れ直し……コウテツは竜達へ呼びかける。


 以前のように──鼓膜が破けそうなほど大きく元気に満ちた声で。

 いよいよ──彼らを待ち受ける“紅色の街”の門へと──冒険者達は進む。



 ──暗闇。深淵のような黒。常人が見れば“の見込まれそう”になるほどの闇に……影がふたつ。 ここは……どこにでもあって、どこにもない空間。言うなれば……“偏在する闇”。


「──無様なものねぇ。ノコノコと逃げ帰ってくるとは」


 そんな闇の中に、響く声がある。それを発しているのは……まるで人のような姿をした……魔物。 かつてジーク達を苦しめた──“アリア”だった。


 そして……二つ目の影が姿を現し……口を開いた。


「……キミだって同じようなものじゃないか。結局あの“アーサー”とかいうヤツとも引き分けだったんだろ?」


 ……メタル大陸を統べる“長”……リュート。傷の付いた腕で……アリアを指差す。

 身長だけ見れば、まるで姉妹のような関係だが……この二者の間に流れる空気は、そのような生やさしいものではない。


「……ボクたち、二人そろってお叱りかもねー」

「冗談でしょ? 私に非があるとでも?」

「……めんどくさいな、キミは」


 リュートはため息をつき……“やれやれ”とでも言いたげに手を動かしてジェスチャーをする。 かと思えば──その体勢のまま……高笑いをし始めた。“闇”に異常な乾いた笑いが響いていく。

「ちょ、ちょっと──」


 アリアは困惑し、リュートへ呼びかけるが──今の“魔物少女”の状態は……アリアでさえ手を出すことをはばかるほどの……状態だった。


「……ボクの前から逃げるなんて……面白い人間達じゃないか……ひひ……ひゃはっ!」


 リュートは笑う。ただ……笑い続ける。その笑っていない瞳の奥に……ジーク達に対する明確な敵意を潜めながら。

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