40.新たな武器
「……暑いのじゃ」
だらんとした体勢で足を動かすのは……竜を自称するバハムート。ここはメタル大陸。その中にある街のアイアンから少し離れた場所にある道。
太陽から照らされる光は、じりじりとその下にあるものに熱を与える。それは……街道の外れを歩くこの三人に対しても例外では無い。
雲一つ無い空。美しい空模様だが……風も何も無い今日という日においては、陽の光を遮る唯一の障害物が無いというのはなかなかどうしてつらいものだ。
「……暑いのじゃー!」
再度バハムートが声を荒げる。少女のように甲高い声……いや見た目も少女そのものなのだが。
「……我慢しろ」
そう少女に返すのは……冒険者であるジーク。彼も少なからず“冒険者”という職業である以上、暑さ寒さには慣れているのだが……それでもヴァリアでは経験したことの無い気温だった。
竜娘の中に湿度の高い暑さに対しての怒りがこみ上げてくる。炎を操る“竜”であるのに暑さに弱いというのもおかしな話ではあるが……それも彼女が“人”の姿を模していることに関係があるのだろう。
彼女“たち”と表さなかったのは……バハムートとは対照的にティアマトは平然とした顔で歩いているから。
「暑い……暑いのじゃっ!」
「姉様っ! 見えてきましたわよ!」
「なにっ!」
バハムートは目を輝かせながらティアの言葉に反応した。彼女たちの視線の先にあるのは……新緑の森。
竜娘は、先ほどのまでの弱っていた態度はどこ吹く風で、木陰へと走って行った。正確には……木陰の中にある“小屋”へと。
そう。彼ら──ジーク達は以前出会った“コウテツ”という名のドワーフの元へ来ていた。ジークにとって、もちろん武器を預けていたという背景もあるが……それ以上に、このメタル大陸の“守護竜”──ファフニールの情報を求めてだ。
コウテツは明らかに……他のドワーフとは違う。はみ出し者かはぐれ者か……いずれにせよ、こんな森の中に一人で生活している時点で“普通”ではないだろう。
先日、冒険者はマーズからファフニールの情報を手に入れたが……しかしそれでは不十分だった。
そんな思い──“コウテツ”が何か知っていないか──そう考えながら、ジークは小屋の扉をノックする。
コンコン、という木の扉を叩く音。しばらくして、ガチャという鍵の開く音と共に、中から小柄な人影が姿を現した。
「よう。おめぇらか」
「……あぁ。俺の剣はどうだ?」
「入りな。驚いて腰抜かすなよ?」
ジーク、そしてバハムートとティアマトは、コウテツに言われるがまま小屋の中へと入っていく。
その中はほどよく涼しく……竜娘は服をぱたぱたとさせて全身に風を送り込んでいた。
ティアマトは……珍しくジークの横に居る。それは単に、彼女がコウテツの“腕”を見たいという知的好奇心によるものだった。
「これだ」
小屋の中にある机。その上に置かれた……ひとつの剣。
「……へぇ」
ティアマトは思わず息を漏らす。ジークも、その剣に……一目惚れをしたかのように刀身を無言で見ていた。
以前の刃こぼれしていた冒険者の剣とは違う。刃はしっかりと研がれ……魔物ですら一刀両断できそうなほど……鋭い刀身へと姿を変えていた。
柄も同様で、ジークの手に合わせたサイズにしっかりと作り直されていた。冒険者がドワーフへ手の大きさを伝えたことは無いのだが……それでも正しく寸法が合っている……というのは、流石ドワーフ族と言ったところ。
「持ってみな。手に馴染むように作ってる」
「……あぁ」
期待半分、怖さ半分。胸の鼓動を高鳴らせながら……ジークはその剣を手に取る。“それ”は──彼の予想以上にその手に馴染む。
何より軽い。それが“剣”で出来ていることを忘れてしまいそうなほど……腕に負担がかからない。
「……何で出来てるんだ?」
「“竜の牙”だ」
「……は?」
一瞬、コウテツが何を言ってるのか分からないと言いたげな表情になるジーク。まさか本物の竜の牙を使っているのか──ティアマトはどう思っているんだ──そう思考を巡らせるジークだったが……。
「……」
ティアマトは、黙ってジークの握る剣を見ている。特に声を荒げることも無く。彼女は……知っていたからだ。
「竜の牙。メタル大陸で採れる希少な鉱物……でしょう?」
「あぁ。お前さんのそのでっかい剣に使われてるモンと同じさ」
メタル大陸にあるアイン山。その中に眠る……非常に希少な鉱石が“竜の牙”と呼ばれるものの正体だ。
なぜティアマトがその存在を知っていたのかというと、それは彼女の振るう武器に同じ者が使われていたから。
「……“竜の牙”で作られた武器には“竜の加護”が宿る。オレたちドワーフの間じゃ有名な話さ」
「……“加護”ね。随分迷信じみてるな」
ジークは半分疑う気持ちでそう言葉を漏らす。実際、“武器に加護が宿る”なんて話を、冒険者は聞いたことが無かった。それも──その加護は“竜”がもたらすというのだからなおさらだ。
だが──コウテツは珍しく、落ち着いた様子で言葉を返した。
「武器が売れなきゃ、オレ達はただのぼんくらだ。鎚を握ることしか知らないヤツらにとっちゃ……迷信も信じたくなる」
「……そうか」
ジークは、コウテツが加護を知っている──つまり“竜”についての知識があることを再度確認すると──ドワーフに疑問を投げかけた。
彼の言葉に、ティアマトもバハムートも、少しだけ肩をふるわせる。
「──ファフニール。この名前、聞いたこと無いか?」
「……」
ドワーフ族の男コウテツは、しばらく顎に手を当て考える素振りを見せたあと……机の近くにある椅子に深く腰を掛けた。
ティアマトは一歩下がった位置から、ジークとコウテツのやり取りを見ている。バハムートも……涼む振りをしながら、聴覚は男二人へと向けていた。
「おめぇら、“アイツ”を探してんのか?」
「……そうだが……随分と親しそうだな?」
「……そうか」
コウテツはああでもない……こうでもないと唸りだしたかと思うと──突如椅子から立ち上がった。
「分かった。オレが案内してやる」
「……案内って……おいおい。まさかとは思うが……」
ジークは嫌な予感がして……無意識にため息をついていた。そしてその“嫌な予感”は……見事に的中することとなる。
「オレに着いてこい。“守護竜”様のもとへ連れて行ってやる」
冒険者は──心の中で安堵していた。なぜなら──ようやく見つけたのだ。ファフニールへと至る道──リュート攻略への手がかりを──確かに掴んだのだから。




