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37.竜の三女、ファフニール

「何なんだよ……一体」


 アイアンで魔物達と対峙するジーク一行。その相手であるリュート麾下の魔物達は──突如空から降り注いだ“光”によって一瞬にして灰と化した。

 “雷”のようなそれは……まるでジーク達を助けているかのようだった。


「……へぇ」


 だが──リュートはその“光”をものともせず……身体についた埃を払いのける。……と、魔物少女はそのまま刃を収めた。

 小型の刃物は“黒い闇”に包まれて少女の手から姿を消す。


 バハムートはその行動を訝しむが……リュートは覇気の抜けたような声で続ける。


「せっかくいいところだったのに。何か飽きちゃったなぁ」

「……こちらとしては聞きたいことがあるのじゃが?」

「知ーらない、っと」


 リュートはため息を吐いて──バハムートへ手を振る。驚く竜娘は戦いの構えを崩さず、その場に佇む。


「バイバイ。それなりに楽しかったよ。ドラゴンちゃん」


 ──口角を上げてそう言う魔物少女は──どこからともなく現れた“黒い空間”に呑み込まれて消えた。

 その後には何も残っていない。彼女がいた痕跡すら何も。


「──姉様ーっ!」


 身に纏う炎を解除するバハムートの元へ……竜の姉妹(ドラゴン・シスター)の次女が走ってきた。

 いや、走ってきたというよりかは……その勢いのまま彼女へ飛び込んでいった。


「て、ティア! おぬしというヤツは……おわっ!」

「良かったです姉様ぁ! ご無事で何よりでしたぁ……」


 ティアマトは目に涙を浮かべながらそう告げる。やっている事だけ見ればふざけたものだが……彼女の姉を心配する気持ちは本心から来ているものなのだろう。


「無事か……って、相変わらずだな……お前ら」


 ティアマトの後を追ってきたジークは、半ば呆れ気味でそう言った。彼の進んできた道に既に魔物は居ない。

 彼らによって、何とかアイアンは護られた。そして……ティアマトに無理矢理抱きつかれているバハムートが口を開く。


「ティア! お主の力でヤツを追ってくれ!」

「……姉様の頼みであれば、良いですわ」


 確かにリュートは闇の中へと消えた。どこにあるのかも分からない空間の裂け目へと。だが──その力の痕跡が完全に消えたわけでは無い。

 戦闘に特化した竜であるティアマトは──僅かな力の残滓であろうと“それ”が向かう先を理解する。


「……来なさい、ジーク」

「……おいおい、今度は何──だっ!?」


 手のジェスチャーだけでティアマトの元へ呼ばれたジークは、その指示通りに竜の身体の近くへ行く。

 すると──彼女たちの居るアイアンの広場が、その姿を覆い隠されしまうほどの“煙”に包まれた。


 あまりにも一瞬のことに、屋内に逃げていたドワーフたちも何が起こったのかと外へ出てくる。宿屋のマーズも外へと出てくるが……少し先に何があるのかすら分からないほどに視界は制約されている状態だ。


 続いて──轟音。ぶわっ、という“何か”が風を切る巨大な音と……巨大な質量が移動したことを証明する衝撃波。

 アイアンが揺れる。広場の噴水はまるで津波のようになり……家屋は右へ左へと玩具のように振れる。


「あれは──」


 周囲が晴れる。鮮明になった視界。そこで宿屋の店主であるマーズは目撃した。鉄の街アイアン。その広場から飛び立つ──。


「竜神様──?」


 空を覆い尽くすほどの巨大な翼を広げ、天高く飛び立ってゆく──“竜”の姿を。



 ──メタル大陸上空。澄み渡る青い空に点在する白色の雲。そんなキャンバスに描かれた……竜の姿がひとつ。

 その上空で羽ばたいたまま静止している竜──ティアマトの手のひらには、バハムートとジークが乗っている。


「ティア、傷の方はどうじゃ?」

「……グァ」


 バハムートは、後ろを振り返り、“竜”の顔を見上げてそう言う。ティアマトはただうなり声を上げるだけだが……普段の彼女の様子からして実際の反応は予想できる。

 ティアマトは、その蛇のような細長い瞳を閉じ、まるで瞑想でもしているかのような状態。

 ジークは膝を突いて下を見るが……男の足は震えていた。


「……おぬし、高いところが苦手なのか?」

「……流石にここまでだと、な」


 彼らは文字通り空を飛んでいる。そこには命綱も何も無い。うっかり足を滑らせたが最後……地上へ真っ逆さま。地面に激突して肉塊になる。

 そんな下ばかり見ているジークの頭を横から手でサンドした竜娘は、そのまま男の顔を正面へと向ける。


「ほら、見てみい。綺麗じゃろう? この空は」

「──」


 ニヒヒとはにかみながらそう言うバハムート。対してジークは……言葉を失っていた。空の雄大さ……美しさ……恐ろしさ。

 様々な感情が入り交じりながらも……圧倒的な光景を前に冒険者は心を躍らせていた。


 彼にとって──いや殆どの人間にとって──これほどまでに美しい空を、これほどまでに近くで見る機会など無い。


「……お前らはいつも、こんな景色を見てるのか?」

「うむ! わらわのお気に入りの景色じゃ」

「……そうかい」


 ジークは思わず笑ってしまう。彼女たちの物事のスケールの大きさに。そして改めて頭で理解する。自らの目の前に居るのが──“竜”であるのだと……と。


「──」


 突如──ティアマトが翼を動かし──飛んだ。突然のことに少しぐらつくジークだったが……ティアが手を動かさないようにしているためか、あまり揺れは感じていないようだ。

 そして──なぜ彼女が突然動き出したのか──その“理由”がジークや竜娘にも見えてきた。


「……おいおい」


 そこにあったのは──自然の峡谷に建てられた──堅牢な要塞。そこを護るのは……翼を持った無数の魔物。

 数え切れないほどのそれらは……ひときわ大きな建物を守るようにして飛行している。


 自然の要塞。ジークは察する。ここが──。


「──リュートの……居城」


 禍々しいほどの威圧感を発しているその“城”は……空を飛ぶティアマト達の前に……不気味に佇んでいた。

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