36.魔物少女、リュート
リュート。アイアンを今にも襲うとしている魔物達の頭領は──端的に言って異常そのものだ。
自傷行為に快楽を見いだす、狂った魔物。しかし、子供のように無邪気な心を持ちながらも……その内に秘める“殺意”は本物だ。
それは……魔物と退治しているバハムートも直感的に感じ取っていたことで──だからこそ彼女は全力でリュートと戦っている。
普段は暑いアイアンだが……今日ばかりは“熱い”。燃えるような熱気──バハムートの炎から放たれるそれがこの街を覆い尽くしている。
幸いにも……ドワーフたちは魔物が訪れた時点でおのおの家に戻った。戻っていないのは──彼らだけだ。
「──ティアマトっ!」
少女同士──竜と魔物が命を削り合う後方。魔物の軍勢の中から聞こえる声がひとつ。それは平凡な冒険者……ジークのものだった。
その場にはもちろん……彼に呼びかけられた“もう一匹の竜”も居る。
長い黒髪を持つ……どこかの国の姫のような外見をしているその女性は……自身の身の丈ほどもありそうな大剣を振り回して魔物をなぎ払っている。
血。血。血。空中に血しぶきが飛び……彼女の剣は真っ赤に染まる。
「何です!? わたくしは姉様の所へ行くのに忙しいのだけれど!」
「こっちだって同じだ! ……クソッ! 次から次へと……!」
ジークとティアマトはバハムートを探しているのだが……魔物の“肉壁”に阻まれて少女の元へ行くことができない。
剣のないジークは“アイテム”を使って魔物を退けている。対魔物用の“聖水”や“マジック・ガジェット”を使いながら。
聖水をかけられた魔物はその部分の体表が焼けただれる。そこへ“マジック・ガジェット”と呼ばれる“魔法”を誰でも使えるようにした……“廉価版の魔法”で追い打ちし、仕留める。
だが、二人が魔物を倒し続けているにも関わらず……その数が減っているようには見えない。いやむしろ増えているような気さえする。
「このままじゃジリ貧か……っ」
ジークは鞄の中を探る。買いためていた“万が一”の時用のアイテムは残り少ない。おまけに……彼らが居るのは魔物の本陣の中。
つまり、攻撃手段が無くなれば……それはそのまま死に繋がる。
「黙って戦いなさい! 姉様の所まで行くのがわたくしたちの使命ですわ!」
そう言うティアマトは大剣を振り回す。だが……その動作はどこか重い。かつてジークとの戦いで見せた動きとは違う。
彼女の傷は治っているものの……一泊した程度では体力が戻っていないのだ。
ティアマトは……歯ぎしりをする。こんな時に限って──全力を出せない自分を許せないために。
「無事で居ろよ……竜娘!」
そんな──願望にも近い言葉を発して──ジーク達は更に魔物の“波”へと呑み込まれてゆく。
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「──ッ」
アイアンの街に──炎が舞う。血が舞う。竜と魔物が舞っている。バハムートとリュートの戦いは──未だ終わること無く続いていた。
「ちぃっ!」
──瞬間、リュートの“刃”が竜娘の腕をかすめた。血に染まった赤黒い刃は……本来ならば動けないほどの苦痛を敵に与えるのだが……。
バハムートはその精神力のみで意識を失いかねないほどの苦痛に耐えていた。
「うわぁ、いたそーな傷。ほら、ボクに降参した方がいいんじゃない?」
「……ぬかせ。竜は魔物に頭など下げんよ」
「強情だなぁ。……でも、楽しいからいいや──」
一瞬だけ止まった戦いの火花が、再び散る。相変わらず、けらけらと笑いながら刃を振るうリュート。
そのデタラメな動きのせいか、竜娘の攻撃は当たっていない。逆に、リュートの動きはバハムートへ当たる。
「ほら──死んじゃうよ?」
「──ッ!」
予想だにしない角度からの攻撃。少女はすんでの所で躱したが──もう一秒判断が遅れていれば、その目を刃物が貫いていた。
神経を張り詰めた戦い。少女の鼓動は早くなり……自然と呼吸のペースも上がっていく。
たっ、という地面を蹴る音。互いの攻防。炎と血の戦い。その“血の刃”の合間を──竜娘の拳が縫っていき──。
「──“ドラゴニック・インパクト”ッ!」
少女は、その右手にひときわ大きな炎を纏う。近づくだけで火傷しそうなほど熱を持っているそれは──リュートの身体めがけて放たれた。
炎……つまり“面”としての攻撃であるそれを魔物は躱すことができず──もろに直撃を喰らう。
爆炎と轟音。周囲には土埃が舞い……両者の姿を隠す。
「……なっ」
風が吹き──鮮明になった竜娘の視界に映るのは──装束が少し焼けただけのリュートの姿だ。
少女は決して手を抜いたわけでは無い。しかしそれでも──魔物少女に傷を付けることはできなかったのだ。
「……なぁんだ。期待して損したなぁ」
リュートはそう言うと──刃を自分の胸に突き立てる。
「これがボクからのお返しだよ。──自刃・壊──」
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「──姉様っ!」
魔物をかきわけ、竜の声が響く。無限にも思えた魔物の軍勢を何とか退けたティアマトとジーク。
リュートとバハムートの戦闘音は彼女たちの耳にも入っており……ティアは慌てた様子で竜娘の元へと走って行く。
だが、彼女がそこで見たのは──リュートでも、バハムートでも無い。
「……何だ、これ……」
それを見たジークも──思わず声を漏らす。それは──人知を超えた光景だった。魔物の軍勢に対して……“雷”とでも言うべき光が降り注ぎ──下級の魔物達を一瞬にして消し飛ばしたのだ。
アイアンが、光に包まれていく。そんな様子を見て──ティアマトが呟いた。
「……まさか──ファフニール、貴方ですの……?」
未だ見ぬ──竜の姉妹の名前を。




