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35.新たな魔軍の将

 ここはメタル大陸。そこにある街──アイアンは危険な雰囲気に包まれていた。確かにこの街は閉鎖的だが、そういう意味合いでの危険では無く……。

 街の中心──美しい造形の噴水が置かれたその場所に……人間の街にはふさわしくないであろう様相の者達が姿を現す。


 魔物。魔の者に襲われるはずのないこの街に……今にもこの場所を攻め落とそうとしている“魔軍”の影が落ちる。

 だが、アイアンに姿を露わにしたのは魔物達だけではない。それはこの──。


「何やら物騒じゃのう──魔物よ?」


 その背から、赤色の炎のような翼を生やし……拳には火炎を纏い……そのまっすぐな姿で魔物の前に立ちはだかる──バハムートも同様だった。

 普段の少女の様子とは異なり、今の彼女は言うなれば戦闘に特化したような状態なのだろう。


 その鋭い橙色の瞳は目前の“敵”を捉えている。対して──“魔軍”を率いる魔物──アリアと同じように人の姿を持つ存在は、怖じ気づくことも無く──竜娘の元へ近寄ろうとする。


 外見は……人間の少年のようなもの。だが、フードを被っているためか、その表情はよく分からない。

 暗闇によって隠された顔。そこに広がる“闇”はまるで──深淵のようだ。


「止まれ」


 バハムートの冷たい声。その突き放すような声がしたかと思うと、彼女の前方──正しくは少女と“少年”の間に炎の壁が現れた。

 以前ティアマトが用いたものと同じようなものだ。違う点があるとすれば、ティアの炎が黒みを帯びていたのに対して……竜娘の炎は網膜が焼けそうなほどに“紅い”ということ。その緋色の炎は“障壁”となって魔物の歩みを止める。


 ふと──“魔軍”の中に居る魔物が純粋な興味からかその“壁”に触れた。すると──炎は一瞬にして魔物の身体へと燃え移り……その身体を“灰”へと変貌させる。


「へぇ?」


 ……と。魔軍を率いる人型の魔物はその“灰”を拾う。


「……何じゃ──っ!」


 次の瞬間──その“少年”は“魔物だったもの”を飲み込んだ(・・・・・)。文字通りに、地面から掬った灰を。その口から。

 竜娘も、その異様な光景に思わずたじろぐ。


「……やっぱり美味しくないなぁ。キミたち」


 少年は魔物達の方へ振り返ったと思うとおもむろにそう告げて、再びバハムートへ向き直る。


「……いやだなぁ。そんな目でボクを見ないでくれない?」

「……ドン引きじゃ。同族喰らいなどおぞましいにも程がある」


 魔物が魔物を食べる。他の種族に置き換えれば……竜が竜を喰らい、人間が人間を……とにかく恐ろしいことではある。一種のカニバリズムとでも言えば良いのであろうか。

 だが、少年の魔物は至って冷静だ。取り乱す様子もない。それどころか──。


「いやいや、ボクたちはこうやって強くなるのさ。ま、キミには分かんないんだろうね──バハムート」


 少年はバハムートを指差す。この魔物は──竜娘の事を知っている。おそらくあの“アリア”が情報を共有したのだろう──そう少女は考える。


「分からぬな。分かりたくも無い。魔物の道理など理解したくも無いわ」

「あーらら。傷つくなぁ。ボク、これでも慈愛のある方なんだけど」

「ふん。なーにが慈愛じゃ。ぬしらから一番遠い言葉じゃろうが」


 バハムートは言葉を返すが……その拳には力を込めたままだ。それは単純に……対峙している相手の“殺気”を直感で感じているからこそ。

 こんなふざけたやり取りをする中で……“少年”はバハムートの力量を測ろうとしている。油断できない相手。魔軍を率いるだけはある……と。


「──ッ」


 ──瞬間。少年の身体がゆらりと揺れたかと思うと──炎の壁が一瞬にして消失した。身を見開くバハムートの視界には──自らへ向かって突撃してくる魔物の姿が映る。


「ちっ!」


 少女は炎を纏った拳を胸の前で交差させて即席の“炎の盾”を生み出した。少年の攻撃をなんとか受け流したバハムートは……後方へと下がる。


「……おぬし、何をした?」


 先ほどの魔物がそうであるように──少女の生み出した“壁”に魔物が触れれば、その身体は一瞬にして灰になる……はずだ。

 だが、少年が触れると灰になるどころか壁の方が消えてしまった。戸惑うバハムートに──けらけらと笑いながら魔物は言う。


「何も? ボクはただ手をかざしただけ。キミの“炎”が弱かっただけでしょ?」

「……やりづらいやつじゃ」


 少女も否定はしなかった。実際のところ──ティアマトも同様に──彼女たちの“流の力”は完全に回復してはいない。

 だとしても……その力を無害化されるほどに弱いというわけではない。


 バハムートはアリアと戦い、彼女を退けた。それは事実だ。そこから導き出される結論は──バハムートが弱いのでは無い。

 彼女の対峙する魔物が──強い。


「っ!」


 ──“少年”が再び竜娘の懐へと飛び込んでくる。手に持っているのは……小さな刃物。超が着くほどの近距離特化の魔物で……そこは竜娘も同じ。

 少年の刃は、少女の“炎”は斬るが“肉”にまでは到達しない。


 その刃と拳が互いに交差していく。だが、互いに相手の攻撃を裁くのに精一杯で、攻勢に転じることができない。


「……っ! 全くやりづらい……っ!」


 少女の言葉通り……少年の太刀筋はメチャクチャだ。いくらナイフとはいえ……デタラメに振り回すだけでは当たらない。

 だが……この魔物は違う。太刀筋も型もメチャクチャ。それでも──バハムートを的確に狙い……仕留めようとしている。


 態度から何までふざけている魔物だが……それが放つ殺気は“本物”だった。極めて純粋で……生物が誕生と共に持つ“無垢な残虐性”。

 笑いながら、まるで遊びのようにバハムートと戦う少年の姿は──子供のようだった。


「……つまらないなぁ」


 ぽつり、とそう呟く魔物。竜娘の右ストレートを刃で弾いたかと思うと……その身体を使い後方へと飛び退く。


「……何じゃ?」


 拳を構えたまま、相手の様子をうかがうバハムート。魔物はおもむろに──。


「……っ」


 自分の腕を……“斬った”。いや……傷を付けたと表現した方が正しいかもしれない。その瞬間に、少年の被っていたフードが取れ……その顔が露わになる。

 少女だ。バハムートと変わらない背丈。だがその瞳は……闇のように暗く、見ている者を引きずり込もうとする。


 “少女”の腕についた一筋の傷から血が流れる。腕を伝い、地面へと零れる血。少女は腕を掲げて……垂れる血を飲む。自らの血液を。


「……感じる。ボクの全てが流れ出る味を……ケヒッ」

「……狂っとる」


 竜娘はそう呟くが──すぐにその顔は険しい表情へと変貌する。その理由は、対峙する魔物の刃が……“赤色”に染まっていくからだ。

 赤黒い色の刃は……竜娘に恐怖を与える。生理的嫌悪と言うべきか……理由の無い根源的恐怖。それが……バハムートを襲う。


「あぁ……熱い。これがボク──“慈愛”のリュートの力さ」


 そう言い終える少女。その手に持つ小さな刃物の刃は……完全に赤黒く染まっている。固まった血の色だ。


「ボクの記憶が……流れ出ていく。身体全て……何もかも」

「……っ」


 魔物は、自らの腕から流れ出る血を恍惚とした顔で眺める。狂った少女の力量を測りかねているバハムートは拳に更に力を入れ──炎の勢いを強める。



「さぁ……踊ろうよ、バハムート。ボクの血の上で、ボクの全ての上で──ッ!」


 ──そんな中。竜娘と魔物少女が再び刃と拳を交えようとしていた時──魔物の軍家の中に、二つの人影があった。

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