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32.竜のドワーフ探し

「なぜこのわたくしが人探しを……」


 朝を迎え、太陽が真上に昇る、メタル大陸の街アイアン。その中を歩く、一人の少女。少女というには少し身長も高いので、どちらかと言えば"女性"だ。

 その彼女は、その身の丈に合わない、巨大な大剣を背負い、軽い鎧を身につけている。鎧と言っても、そんなにがっしりとしたものではないのだが。


 その長い黒髪は、どこかのおとぎ話の姫すら思い出させる容姿だ。おまけに、瞳の色は水晶のように赤く……人形のように美しい。

 そして、人形のように……というのも、あながち間違いでは無いだろう。


「……まったく。姉様にも困ったものですわ。あのような人間と共に居るなんて」


 なんてぶつぶつ言いながら歩くのは、"竜の姉妹(ドラゴン・シスター)"の次女であり、バハムートを異様なまでに慕っている竜──ティアマトだ。


「……いえ、人探し、というよりドワーフ探しですわね」


 そこまで言って──ティアマトは回想する。今朝、宿屋で起きたことを。



「──まったくお主というヤツは」


 窓から差し込む暖かな光。おまけに世界で最も信頼している"姉"の声。今日のティアマトの寝覚めは最高そのものだった。

 ……そこに居るのが、"姉"だけだったなら。


「悪い。だが仕方ないだろ? 少しでも手がかりを探さないと」

「……物は言い様じゃのう。口の回る冒険者じゃ」


 あぁ、なんて最悪な気分なんだ──ティアマトの頭の中にあるのはそんな感情。耳に入るのは、姉……バハムートの声だけで無く、あの"冒険者"の声も混じっている。

 玉石混合。宝石と砂利が混じっているようなもの。ティアマトにとっては、だが。


「……何ですの? 姉様に……ジーク」

「おぉ、ティア。まったく、寝坊じゃぞ? まぁ、傷を治すためには仕方ないがの」


 確かに、ドラゴン少女の言葉通り、ティアマトの体から傷は消えていた。だが、どことなく彼女はふらつきを感じる。


「……まだ本調子ではないようじゃな?」

「……すみません、姉様」

「気にするな。お主が無事ならそれでよい!」


 バハムートがティアマトの頭を撫でた。尻尾を振る子犬のようにティアはにやけ顔になって頭を手に擦りつける。


「……仲の良いこって」

「お黙りなさい、ジーク」


 ティアマトは冒険者の方をちらりと見た。そこで彼女は、あることに気がついた。ジークが何かを持っている。

 どうやら紙のようだ。それも、何か文字が書かれているもの。


「……一応聞きますけれど、それは?」

「あぁ、まぁ……"依頼"だ。ちょっと頼まれてな」

「依頼って……まさかわたくし達にも手伝えと?」


 ジークは窓際に行って、壁へよりかかる。紙をひらひらとなびかせながら。


「無理強いはしないさ。だが……"竜の姉妹(ドラゴン・シスター)"に繋がる情報が手に入るかもしれんぞ」

「……何です?」


 "竜の姉妹"というワードが出た途端、体をぴくっと震わせたティアマト。ジークは話を続け、バハムートはティアの隣へ座る。

 

「コウテツの話を聞くに、ドワーフ達は竜の何かを知ってる。それに、汚い話だが、恩を売れば情報収集がしやすいだろ?」

「……合理的、ですわね。腹の立つほどに」


 おいおい、とジークが言う。竜娘は、ティアマトの腕を触って傷の跡が無いか確かめているようだ。

 竜は考える。未だ見ぬ竜の姿。思い出せない"姉妹"の姿を。


「……言っておきますが。わたくしは姉様を手伝うだけですから」

「あぁ。ありがとう」

「……なぜあなたが礼を言うんです」


 ティアマトはその場から立ち上がった。ジークは竜娘を連れてその部屋から出て行く。竜は寝間着を脱ぎ、そのヒトの姿が露わになった。

 メタルに来たときは傷が残っていた身体だが、現在はすべて塞がっていて、しかも綺麗に治っている。


 そして、いつもの衣装を着て、立てかけていた剣を手に取った。女の手に、ずっしりとした感覚が生まれる。

 重いが、どこか手になじむ感覚。あらゆる魔物を屠ってきた対魔物用の強力な武装だ──。



 ──そして、ティアマトの回想は終わり、時間が元に戻ってくる。アイアンを歩くティアだが、彼女に向けられる視線は相変わらず冷たいもの。

 竜も"ドワーフ族が冷たい"というのは知識として理解していたものの……ここまでだとは考えていなかった。


「……まったく。どこから探せば良いのやら」


 そう言ってティアマトは、懐から一枚の紙を取り出した。そこには……図形のようなものが書かれている。地図だ。

 そこに点けられた赤い印。それが示すのは、ドワーフが失踪した場所。マーズからジークに伝えられた情報は、ティアマトとバハムートにも共有されていた。


「それにしても……息苦しい場所ですわね」


 よそ者である彼女達は、実際ドワーフに監視されているようなものだ。彼らをマーズが宿に泊めているので、直接何かをしてくるというわけではないが……そうでなければ、追い出されてそうなほどだ。


「……ここが」


 ティアは、地図の印の付いた場所に着いた。……しかし、周りに何かの手がかりはない。ただ、岩場の中に草が少し生えているだけ。ただの少し荒れた空き地だ。


「これで見つかれば依頼しない……でしょうね」


 ぼそぼそ言いながらも……ティアマトは五感を研ぎ澄ませた。一瞬が一時間に感じるほどに感覚を研ぎ澄ませ、全ての視覚や聴覚の情報が彼女を"襲う"。

 その彼女の"嗅覚"に、何かが引っかかった。


「……変な匂いがしますわ」


 ティアは、ある岩を見る。どうやらそれが怪しいと感じた彼女は……その周囲の岩だの何だのを砕き始めた。

 そして……その岩の裏側が露わになり、そこには……。


「……なるほど」


 血。べったりと付いた魔物の血だ。


「……ドワーフの血の痕跡は無い……やはり、連れて行かれたようね」


 ティアマトは考える。これはドワーフが殺されたのではなく……言ってしまえば"誘拐"された。

 目的は明確。つまり……"武器"を求めて。ドワーフの打つ武器は一級品だ。それを魔物が求めるというのは、理屈は通っている。


「……じゃあ、姉様に報告に──」


 ──その時。まだ感覚が敏感になっていたティアマトの耳に……かすかに声が聞こえた。ここから少し離れた場所からだろう。

 そしてどうやら──穏やかな状況では無いらしい。


「……何をやっていますの、まったく」


 ティアマトは、声の発生元へと向かう。彼女の聴覚が捉えたのは……ドワーフの怒鳴る声と……それをなだめようとする──ジークの声だった。

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