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31.鉄の街、アイアン

 メタル大陸の"ある街"は、真夜中であるにもかかわらず、街の光を絶やすこと無く灯し続けている。

 普通ならば、魔物達を寄せ付けないために、夜は全ての明かりを消すものだ。これは王都ヴァリアや港湾都市リーベも例外では無く──点けることが許されるのは最低限の明かりに限られている。


 にもかかわらず、だ。それらの都市に比べて、防衛設備も貧弱なこの街が、なぜ光を絶やさずいられるのか。

 それはひとえに──。


「……あ、暑いぞっ!」


 ──竜娘が"暑さ"を感じるほどの熱を、常に放出しているからだ。理由はこれだけではないが、少なくとも、魔物達を遠ざけていることは確かだろう。


「ね、姉様! 大丈夫ですか!? じ、ジーク! み、水……いえ氷を探してきなさい!」「……大げさすぎだろ、ドラゴン」

「……妾はもうダメじゃ……あいたっ!」


 ジークは竜娘の頭を軽く叩いた。


「ったく。ちょっとは緊張感ってヤツをだな……」

「ゆくぞっ! ジークっ!」

「あっ! おい、竜娘!」


 子供のように奔放に振る舞うバハムート。少女としては、"コウテツ"が接しやすかったのもあり、アイアンに訪れるのを楽しみにすらしていたのだが……。

 ジークがこれほどまでに慎重なのには、理由がある。ドワーフというのは元来、排他的な民族だ。むしろ、"コウテツ"が例外のような存在。


 彼のようにドワーフが、ましてや旅人に話しかけてくる、なんてことは少ない。全くないと言って良いレベルだ。

 ドワーフたちは"和"を重視する。特に非ドワーフ族の人間に向けられる目は……冷たく、厳しいもの。


「……?」


 竜娘は、村の門を通ったところで足を止めた。それまでの様子とは異なり、何かを不思議がるような感じで、村の中を見渡している。


「……どうした。本当に暑さにやられたのか」

「……いや、これは何か……」


 バハムートは言葉に詰まる。それを代弁するかのように、ティアマトがジークの横へ来て口を開いた。


「お気づきかしら? ジーク。周りを見てご覧なさい」

「……なるほど」


 ジークが周囲を見ると──そこにはドワーフたちが夜であるにもかかわらず出歩いており……冒険者の一行は、その全てから睨まれていた。

 中には鎧を着込んだ者もおり……万が一の場合には戦闘になりそうな、一触即発の雰囲気。


「……行こう。変に目立つとまずそうだ」

「……うむ」


 ジーク達は、外套を身に纏い、フードを深く被った。そのまま、素早く"コウテツ"から教えられたという宿屋の場所まで、竜娘が案内する。

 その間にも町中に鉄を打つ音は響き渡っており、ドワーフたちの視線も変わらずジーク達に向けられている。


「……ここじゃ」


 なんとか三人が辿り着いたのは、至って普通の木造の宿屋。一応、店には宿屋を示す看板が掛けられているが……。

 村人達の様子を見るに、どうも歓迎されそうにはない……と。


「──入りな」


 宿屋の中から聞こえる声。コウテツのように渋い声ではなく……むしろ女性の声。ジーク達は、その声の主に、半ば無理矢理、宿屋の中へと引き込まれた。

 建物の中は涼しく、とても"アイアン"に居るとは思えない気温だ。


 そして……ある意味でジーク達を"助けた"存在は……彼らの前に立つ。

 

「……おぬし」


 真っ先に声を上げたのは、バハムート。彼女たちの前に居るのが……ドワーフの街であるにもかかわらず、非ドワーフ族……つまるところ普通の人間であったためだ。


「大丈夫だったかい? すまないね、野郎共が冷たくしちまって」

「……失礼ですが、あなたは?」


 ティアマトは、いつものように壁によりかかりながら、そう質問した。それに対して、その女性は腕を組んで答える。


「アタシか? アタシゃ、マーズ。この宿屋の女将ってところだな。それで……あんた達は?」

「……俺達は旅をしてる。ヴァリアから来たんだ」

「珍しいねぇ。こんなところにかい? まぁ、こっちにゃ関係ないか」


 そこまで言って、マーズという名の宿屋の女将は、カウンターの裏へ回る。


「で、泊まりたいんだろう? 何泊だい?」

「数日だ。クルは前払いで頼む」

「数日……数日ね。ま、それさえ払ってくれりゃ文句は言わんよ」


 そう言って、マーズは宿屋の鍵をジークへ手渡す。……渡されたのは鍵だけでは無く、一枚の紙も含まれていて。

 そこには、"ちょっと話せるかい"と書かれていた。間違いなく、女将からのメッセージだろうと考えたジークは、


「ティア、竜娘と一緒に先に上がっててくれ」

「えぇ。ではお先に」


 そう言って、ティアマトはバハムートと談笑しながら階段を上り、二階の客室へと入っていく。

 ……で、残されたジークはというと、カウンターの前に残って、女将が話を切り出すのを待っていた。


「……それで、初対面の冒険者に話したいこととは?」

「あぁ……あんたらは強そうだし……これはまぁ、依頼みたいなもんさ」

「依頼ね……」


 それならなぜ、近場の組合(ギルド)に依頼しないのか、と思わなくも無いジーク。冒険者ギルドというのはドラゴニア全域にあるはずで、ある種の治外法権というか、最も"自由"な場所。


 正確には……"冒険者ギルド"という国の領域として扱われているケースが多い。いずれにせよ、女将がそこを通さずに依頼をしてくる、というのは、冒険者にとって不可解なことだった。


「……何をしろと?」

「内容は簡単さ。──失踪したドワーフを探して欲しい。この村がこんな雰囲気なのは……それが原因なのさ」


 そう言って、ため息を吐くマーズ。だが、ジークにとってもこれは、メリットのある行いだ。

 なにせ、これから"竜の姉妹(ドラゴン・シスター)"を捜索する上で……頼れる現地の存在を作れるというのはかなりの恩恵があるだろう。


 男は二つ返事でそれを承諾すると、二階に上がり、寝た。騒がしい竜達と共に。この依頼が──彼の思うよりはるかに面倒であることなど、未だ知らない幸せな寝顔で。

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