30.メタル大陸を脅かす者
ヴァリア大陸を追われ、ティアマトの力によってメタル大陸へと降り立ったジークとバハムートは、その道中で"コウテツ"という名の変人ならぬ変ドワーフと出会う。
ジークは、半ば強引にそのドワーフに武器を奪われ、なんやかんやで剣を打ち直してもらう流れになった。
とはいえ、一日二日で剣を打てるわけでもないので……ジーク達は何をしているかというと、そのコウテツから聞いた"アイアン"という街へ向かっていた。
彼の話では、そこまで大きくは無い街だが、宿に食事と一通り旅人に必要な施設が揃っているらしい。
「……おいティアマト、ちゃんと着いてきてるか?」
「わたくしが姉様の姿を見失うわけが無いでしょう? あなたこそ、暗闇の中で"わたくしたち"を見失わないように気をつけることね」
「……分かったよ」
陽はとっくに落ち、あたりは暗闇に包まれている。少しでも離れれば見失いそうになるほどの暗さだ。
ドワーフの家では休めそうにない、というジークの判断のもとに"こう"なっているわけだが、当の本人はその選択を少しだけ後悔していた。
もちろん、"アイアン"までたどり着けるかどうか不安……いくらバハムートのガイドがあるとはいえ、というものもある。
だが何よりも……夜は"ヤツら"の時間。だから、誰もこんな時間に外に出ようなんて考えもしないし、行動に移すことも無い。
「……竜娘。本当にこの道で合ってるのか? 俺には何があるのかすら見えないぞ」
「何じゃ? 妾の"がいど"が不安であると?」
「ただの確認だ、確認。で、どうなんだよ」
戦闘を歩くバハムート。その後ろにジーク。更にその後ろにティアマト、といった陣形で進む三人。
不安がる後列の二人に対して……先頭の少女はどこか自信ありげな様子。
「うむ。道はあっておる。暗闇の中でもそれなりに見えるのでな。妾の瞳は」
「……"竜の力"ってやつか? 便利なことだ」
「これは妾の力じゃ、妾の。妾の目の力といったところじゃな」
そうかい、とジークが言って会話は終わる。既にドワーフの小屋を出て少なくは無い時間が経過しており、全員どこか疲れた様子だ。
それも当然で、特にティアマトは、ヴァリアから飛んできて休まず動いているのだから、今立って歩いているだけでも、人間ではありえないことだろう。
"竜"の持つ治癒能力の恩恵か……と。
「……待て、バハムート」
道かどうかも分からない場所を歩いている最中……ジークが先頭の少女を呼び止めた。バハムートも、男が何気づいたのかを察したかのように、すぐにその場に立ち止まる。
ティアはその二人の様子を見て、背中の剣の柄を握る。
「……聞こえたか?」
「……うむ。動物であれば良かったのじゃが──」
──三人の歩く道の横に生える草むら。そこから──"二つの影"が飛び出してくる。ジークが気づいたのは、その"影"の出す音もそうだが……それ以上に、だ。
「これほどまでに"血の匂い"を漂わせる輩は、動物ではなかろうて」
瞬間、周囲に"鉄の匂い"が充満していく。──魔物だ。それに気づいたティアマトは、すぐさ自らの剣を地面に突き立てる。
ガシャン、という大きな音がしたかと思うと──その地点を中心として──"炎の壁"が生み出された。
「お、おい」
「ご心配なく。この森は燃えはしませんわ。これは"悪しき者"だけを焼き払う炎。まさに、そこにいる存在のような」
ティアマトが指差す先──先ほどまでの影が、ティアマトの放った"炎"に照らされた姿を露わにした。
二匹共に、二足歩行の魔物だ。だが……"アリア"のように完全な人型というわけではない。いや、むしろ。
「……ゴブリン、か?」
見にくく、岩のようにゴツゴツとした肌。額から生える角。醜悪な外見。"小鬼"とでも言うべき存在。
そのゴブリン達は、何やらジーク達の顔を何度も見て、声を荒げている。
やがて……片方の筋肉質なゴブリが──その手に持っている棍棒で指しながら──ジークへ話しかけてきた。
「オマエ、ジーク、オマエラ、ドラゴン」
「オマエラコロス! アリア、サマ、"ホウセキ"クレル!」
ジークは剣を構えようとするが──その手で掴んだのは虚空だけ。彼はすっかり、自分の剣をドワーフに預けていることをど忘れしていた。
「もうわたくし達の情報が流れていますのね。腹の立つこと」
「……ティア。お主はさがっておれ──」
バハムートがそう言って、ジーク達の前に出ようとした瞬間──彼らの目前に"居た"ゴブリンは、瞬きをする間に文字通り消し炭になっていた。
地面に落ちる"真っ黒な灰"が、ゴブリンがここに居たということのただ一つの証拠となっている。
「……あいにく、わたくしは疲れてますの。行きましょう。姉様。ジーク。雑兵に構っている時間はありませんわよ」
有無を言わせぬ物言いで、そう言うティアマト。そのまま剣を納め、"炎"が消えたかと思うと、バハムートの横を通って進んでいく。
「ま、待つのじゃティア! お主は道を知らぬであろう!」
ジークは呆然。一瞬にして消えたゴブリンの姿を視界に入れつつ……ともすれば、ティアマトとの戦いの際に自分がこうなっていた可能性を、彼は頭に巡らせる。
「……こ、怖ぇ……」
思わずその手は……震えていた。……と。ジークも急いでドラゴンたちの後を追う。だが
、すぐに急ぐ必要は無くなった。
「……あれが」
森を出た三人を出迎えたのは……"光"。肌を焦がすほどの熱と光が、三人に降り注ぐ。それは"アイアン"から発せられたもの。
目と鼻の先まで迫るその街が、なぜ"鉄"の名前を冠しているのか、ということを、ジークはこのとき理解した。
そして三人の足跡は……アイアンへと続く。




